薬師ののんびり旅紀行 五十二話
地下二十五階と二十六階の境目の階段で休憩をしていた私達は、そろそろ私の心も治まってきたし、たぶんもう大丈夫と思ったから、また先に進むことにした。
私も感情に蓋をして、見ないようにしていかないと。出ないとこの先にいけない。そう考えたら、感情を殺さずにはいられなかった。そしてなにより、アグニに心配をかけさせらくない。
慣れることはまだまだ当分無理だけど、蓋をするくらいならなんとかなるかも。
「遭遇したら、私がまた矢を放つわ」
「……わかった」
心配そうに私を見るアグニだけど、私の気持ちを汲んでくれて、了承してくれた。
今度は一人でできるところまではやっていこう。……できれば、倒すところまで。
アグニが気配を探りつつ先頭に立って歩く。私は羊皮紙にマッピングしながらアグニの背中を見つめる。とても安心できて、ほっとする。
アグニのそばにいれば、怖いものなんてそのうちなくなるかも。だけど、私は対等でいたいと思うから、自分の足でちゃんと立って、アグニの後ろではなく、隣で共に歩んでいけるようになりたい。だから、今回の、人間によく似た魔物を相手にすることを乗り越えられれば、私はもう少し強くなれる気がした。体ではなく、心が、ね。
「見つけたよ、ユーリィ。いけそう?」
「やる」
私はそう言って弓を構える。今度は肩や二の腕ではなく、心臓を目掛けて。
ヒュンっと放たれた矢は、心臓には当たらなかったけど、腹部には突き刺さった。突然の攻撃に驚いた様子の蜥蜴人。駄目。あれは人間じゃない。魔物なんだから。
ヒュンと、もう一度、今度こそ確実に心臓をと、私は一呼吸置いてから矢を放った。腹部を押さえて動けなかった蜥蜴人は、二つ目の矢を心臓に受けて絶命した。
できた。
私はその場にしゃがみ込んでしまう。でも、できた。これでいいのよね?
立っているアグニを見上げると、私の目線まで屈んで、頭をぽんぽんと撫でてくれる。そうしてもらうと、なぜか私は涙が溢れてくる。
「頑張ったね、ユーリィ」
うん。
私は立ち上がって、倒れてる蜥蜴人の元へと向かう。そして、死んだのを確認すると、蜥蜴人が装備していた剣と胸当てを外した。
この装備は、この蜥蜴人が冒険者を襲って殺して手に入れたもの。迷宮から出たら、冒険者ギルドに持っていかないとね。淡々とその行為をこなす私は、ちゃんと感情に蓋をすることができたようだった。
そうして私達は先へと進むことができて、地下二十九階と三〇階の境目まで来ることができた。
「俺たちは三番目だね」
「うん。主ってアースドラゴンなんだね」
「鱗を持って帰ることができれば、竜鱗の鎧が作れそうだね」
「そうね。竜の鱗は硬いって聞くし、アースドラゴンは火に強いらしいし、防具を作れれば、火属性の攻撃を受けてもだいぶ平気になるんじゃないかしら」
「そうだね。できれば欲しいところだよ」
順番に並んでた前二つの冒険者さん達のパーティの話を聞くと、どうやらここの迷宮の主はアースドラゴンらしい。私は鱗の中でも、特に貴重な竜の逆鱗が欲しい。錬金術の材料の一つなのよね。
何の、というと。作るのはアクセサリなんだけど、首飾りのなの。
これは、重たい装備をしない、私みたいな職業や魔法使いなんかが持っているといいとされる物なのよね。首にかけているだけで火系の攻撃を受けてもずいぶんと楽になるんですって。
だから、それ以外の素材は特にいいかな。竜の肉は滋養強壮にいいらしいし。あ、こっちの滋養強壮剤は文字通り、体の機能を強化させるためのものよ。あっちのとはまた違うほうだから。
それにしても、今回の迷宮探索は素材がたくさん入手できてすごく有意義ね。アースドラゴンを無事に倒せたら、モルストで一日はゆっくりしたいわね。薬を作りながら。
そんなことを考えていると、今まで戦っていた冒険者達が地下三〇階の広間から戻ってきたみたい。結構装備品がボロボロになっているところを見ると、激戦だったのでしょうね。
私達の向かいに座ってた彼らは、しばらく休憩して地上へと戻っていった。
あと二番目。
今のうちに何かできることはないかしら。あ、そうだ。火に強いんだから、水属性の魔法石を矢じりに付けないといけないわ。
「アグニ、矢を作ってもらってもいい? アースドラゴン対策で、水属性の矢をたくさん作りたいから」
「ああ、いいよ」
私達は並びながら矢を作り始める。すると、目の前で並んでいた冒険者達も、武器の手入れなどをし始める。その顔つきは緊張しているように見えた。
それもそうよね。アースドラゴンっていったらはるか昔、迷宮とは違う、地下にある大空洞を住処にしていたって話で、すごく体も大きいらしいし。
御伽噺のようなくらいの昔の時代では、竜は私たちと同じ大地に暮らしてたそうよ。なぜか今は迷宮にいるけども。
まあ、その話も本当かどうかなんてわからないんだけどね。
矢じりに水属性の魔法石を付けていき、あとは投げる用にも魔法石を作っておく。
普通は水の魔法石は料理なんかに使ったりするんだけど、今回は魔力を多めに籠めて、アイスニードルが使えるようにしておいた。これで結構なダメージを与えることができるはずよ。
「ユーリィ。この剣にも魔法石ってつけられる?」
「剣に? うーん、剣の耐久力が落ちるかもしれないよ。それでもいいならやるけど」
「じゃあ、五本頼むよ。どの道このくらいの剣ならば使い捨てだからね」
「わかったわ」
なら、切り口を氷結させるくらいの威力でいいかな。斬撃で氷を飛ばすこともできるようにしておこう。
……うん、こんな感じかな。刀身に定間隔でつけたから、攻撃力はかなり上がったはず。使い捨てにするのが勿体無いくらいだわね。
「こんな感じでどう?」
「うん、いいね。ありがと」
「どういたしまして。じゃあ、とりあず準備は終わったし、あとはのんびり待ちましょ」
「そうだね」
戦いの準備が終わった頃、戦っていた冒険者達が戻ってきた。そして目の前にいた冒険者のパーティが中へと入っていく。
私達は次ね。
ちょっとどきどきしてきたかもしれない。怖くて、ではなくて、素材が入手できるかもしれないという期待が膨らんで、ね。
「アグニ。待ちに戻ったら薬作る時間たっぷり貰うからね」
「ああ。くす。楽しそうだね、ユーリィ」
「もちろんよ! だってアースドラゴンの素材でしょ。わくわくしてくるわ」
つい腕をわきわきしてると、アグニがぷって吹き出した。だけどねアグニ。あなたもそうなのよ。顔を見るとすごく楽しそうにしてるんだもの。きっと竜鱗で防具の強化をするのが楽しみなんだわ。
「早く戦いたいな」
「バトルジャンキーみたいよそれ」
「ははっ、かもしれないね。俺、戦うのは好きだから」
突っ込んだら嬉しそうにして爽やかに笑うアグニ。でてくる言葉さえ聞こえなければ、すっごくいいのにね。
そんなことを思いつつ、私とアグニは地下三〇階の広間を見た。早く私達の番にならないかな。




