3話(別視点最終話)
数日ぶりに会った隣人は、この間まで運営側だった人間に迫られたというのに、何事もなかったように平然としていた。
同僚の不始末を謝ろうと、頭を下げる。
「いえ、気にしないでください」と彼は言ってくれたけど、私の気は収まらなかった。
「いえ、同じ職場で働いていた者として謝らせていただきます。一度ならず、二度までも同じ経験をさせてしまい、申し訳ありません」
「……二度?」
戸惑った彼の声色で、自分自身がした失言に気付いた。
言い訳しようとも考えたが、彼に対しては、できる限りごまかすことのないよう接したいと思った。
「すみません、あなたの過去を知っているんです」
素直に告げると、彼は疑うような目から一転して、諦めたような表情を向けた。
その目に、どうしてだか身体がゾクリと震えた。
死の匂いをまとわせた彼は、自虐的に微笑んで口を開く。
「事件のトラウマと言われたら、そうなのかもしれません。でも、事件前の僕と本質的には変わっていないんです。だって、事件前の僕も、まったくと言っていいほど他人に興味はなかったんですから」
彼の極端にも思える他人への感情の無さは、姉が起こした事件のトラウマからなのだと思っていた。
だからこそ、弟である私は、彼に対してできる限りの罪滅ぼしをしようと考えていたのだ。
でも、そうではなかったと彼は言った。
元々、彼は他人に興味はなく、特別に思うような相手もいなかったらしい。
彼の両親が亡くなってからは、さらに公平さが増し、結果誰に対しても優しくできたのだと言う。
そんな彼に親切にされ、当時恋人に捨てられて限界間近だった姉は執着し、監禁に至ったのだろう。
彼の優しさは、その他大勢に対してとまったく同じで、そして監禁した相手であっても、その優しさは変わらなかったというのに。
「だから、この間はすいませんでした。僕は、あの事件で犯人だった女性を絶望させて自殺に追い込んだことがあったんです。だから、デスゲームを運営していて、人の死が身近にあるあなたに、勝手に親近感を持っていました。仕事上でそうしているあなたと僕では、まったく違っていたはずなのに」
そう言って、彼は申し訳なさそうに俯いた。
――やはり変わった人だ、と思う。
目の前で誰も殺していないとはいえ、身近に死があるデスゲームの運営スタッフを尊重する理由はないのに、彼はそんな相手よりも自分の方が下だと本気で思っているようだった。
そんなことは、絶対にないはずなのに。
「……あなたのせいじゃありません」
姉があの時どんなことを考えていて、どうして命を絶ったのかは、結局推測の域をでない。
それでも、被害者である彼が重く捉える必要はないとは、はっきり分かった。
彼を包み込むように抱きしめると、恐る恐るといった感じで、背中に手を回される。
やっぱり不思議な人だと思いながら、しばらく彼の体温を感じていた。
数日後、ゴミ出しのタイミングで顔を合わせた隣人は「あなたのことは何と呼べばいいですか?」と尋ねてきた。
「あだ名でもいいですけど」と、すぐさま付け加えられ、私はどうしようかと思い悩む。
仕事柄気を使ってくれたのだろうけれど、もし私が人に言える職業であったとしても、彼に本名を教えることはないだろう。
事件で知っているであろう姉の苗字と私の苗字は同じなので、彼にとって聞き覚えのあるものだ。
佐藤や鈴木などのよくいる苗字でもないので、名乗ったら確実に関わりがあると感づかれることだろう。
借りのあだ名でも考えようと、職場ではウサギに例えられる、という話をしたら、彼に何とも言えない表情をされた。
自ら進んでウサギを選んでいるわけではないので、思うところがあっても私には物申さないでいただきたいところだ。
何か言われる前に話題を振ろうと、私は口を開く。
「ちなみにあなたから見て、私は何の動物に似ていると思いますか?」
幸いにも、彼は苦言を呈することなく、私の質問について真剣に考えてくれているようだった。
「キリンですかね」
しばらく悩んでいた彼の口から出てきたのは、意外な動物の名前だった。
キリンというと、背が高いというのが真っ先に思い浮かぶ。確かに目の前の彼よりは身長は高いが、キリンに例えられるほどの高さはない。しかも草食動物なのか、と思いながら、私は彼の話を聞いていた。
数日前に彼本人が言っていたように、他人に対しての情愛の差がなさすぎるからか、考え方がどこかずれているようだ。
「じゃあ、キリシマと呼んでください」と告げると、彼は綺麗な顔で「今後ともよろしくお願いします」と微笑んだ。
その笑顔を見て、彼は多少変わった面はあるものの、ただ平穏に暮らしたい一般人なんだと感じた。
「こちらこそ、唯一のお隣としてよろしくお願いしますね」
そして、私たちは笑い合った。
偶然出会った、しかし実は関わりのある私たちは、今日も互いの生活を静かに送っている。
感情の起伏も互いの倫理観も何もかも終わっている隣人関係の話でした。
ここまでお読みいただきありがとうございました!




