1話
地下でデスゲームが行われているアパートに住む青年の話です。
主人公はアパートに住んでいるだけで関係者ではないので、デスゲームに巻き込まれることはありません。
僕の住んでいるアパートの地下ではデスゲームが行われている。
とはいえ、どこかから血の匂いがするだとか、逃げ回ったり暴れている音が鳴り響く、という近隣トラブルが起きているわけではない。
そもそも、地下は防音なので悲鳴が聞こえた試しはない。デスゲームの関係者でもないので、いつ頃にデスゲームをしているかのスケジュールも聞いておらず、現在進行形で行われているかの判断も、ただの住人の僕にはつかなかった。
ただ、真下でデスゲームの真っ最中かもしれないことを抜きにすれば、街の喧騒も聞こえない静かな場所なので、僕はこのアパートのことをそれなりに気に入っていた。
数週間前、家賃の安さに惹かれて選んだアパートには、防音が施された地下があるという、他ではあまり見ない珍しい物件だった。
僕は地下に興味はなかったが、同じような時期に会場を探していたデスゲーム運営者たちには魅力的だったらしい。
運営がアパートごと借りるタイミングと、僕がアパートの一部屋を借りるタイミングがほぼ同時に起こり、何回にも渡る話し合いを経た結果、アパートの一部屋だけ僕が借り、その他の部屋は運営が借りることに落ち着いた。
「基本的には地下がデスゲームの会場になります。部屋には備品や荷物を置くか、あとは休憩室にする予定です。万が一にも住人のあなたには死体を見せることになりませんので、安心してください」
話し合いに現れた運営の一人から話があり、僕は確かにと納得した。
確かに部屋を死体置き場にされていたら異臭問題に発展しかねない。
まあ、住人は今のところ僕しかいないけれども。そして、僕の住む部屋以外は運営が借りることが決まったので、今後僕以外に住人が増えることもないのだけれども。
だから僕の許可さえとれば、全住民の許可をとれたことになるのだ。
おそらく運営の中でもトップに近い存在であろうその人に、僕はできる限り微笑んで口を開いた。
「かまいません。僕は住む場所さえ確保できれば、同じアパートの人が何をしていようが何も言いませんので」
そうして契約が決まった。
話し合いの結果、住む部屋として、僕には「二〇一号室」が割り当てられた。
初めは地下への階段から一番遠い部屋になる予定だったけれど、アパートの入り口近くに階段がある構造上、地下から一番遠い部屋にすると、入り口から部屋の距離も長くなり不便になってしまう。
デスゲーム運営にとっての僕は部外者だが、アパートの管理人にとっての僕は家賃を払ってくれる顧客の一人だ。
入口から一番遠い部屋では、契約した住人の扱いとしては不当だという話になり、階段を上がってすぐの部屋が割り当てられた。
そんなに心配しなくても地下には行かないのにな、と思う。というか行こうと思っても扉に鍵がかかっているから、部外者の僕には入れない。
ちなみに、正式に住む前の内見の際、一応地下への扉を見せてもらったのだが、当時から鍵がかかっていて入ることはできなかった。だから地下がどんな空間で、どれくらいの広さなのかも、僕は知らない。
場所としては存在しているのに、立ち入り禁止で入ることはできないので、学校で言う屋上みたいな扱いだと納得していた。
そのため、僕が使う階段は一階から二階へと続くものだけで、使うのも自分の部屋へ行く時か、外に出る時だけになる。間違っても一階から下へと続く階段を使うことはない。
そして、僕が外で活動している時間はデスゲームの営業時間外なのか、運営スタッフが下へと使う階段を使うのも見たことがなかった。デスゲームの営業時間外ってなんだとは思うけれど、他にいい表現方法が思いつかない。地下だから時間は関係ないと思うけど、とりあえず僕の見ている時間には、運営スタッフも地下以外の他の部屋への出入りしかしていないようだった。
話し合いの中で「定期的にデスゲームをします」と伝えていた運営の言葉通り、人が来ては何か機材を置いて行ったり、または買い込んだ食材を抱えて部屋に入ったりしている姿を何度か見かけた。
デスゲーム運営側も、僕のことは認知しているのだろう。時々運営スタッフと階段ですれ違うこともあったが、その度に「コイツここに住んでいるなんて正気じゃないな」という目で見られている気がした。
僕からしたら、デスゲームの運営スタッフとして働いて、実際に人の死を見ている方が正気じゃないのだけれど、きっと向こうには向こうで、運営として働く事情があるのだろう。
あまり踏み込まないようにしようと思ったし、踏み込まない方が向こうもありがたいのだと思う。
だから、たまにすれ違うスタッフのことも、運営として働いている以上のことは知らなかった。
ただ、そんな僕にも運営スタッフの中で知っている顔がいる。
月曜の朝、ゴミ出しの指定場所に出向くと、唯一のお隣が立っていた。
年齢はおそらく僕より少し上。二十代前半くらいに見えるが、本当のところは分からない。
明らかに部屋着らしき恰好をした男に「おはようございます」と声をかけると、すぐに返事は返ってきた。
「おはようございます。今日は爽やかな天気ですね」
デスゲームの運営に天気の爽やかさは関係あるのだろうかとは思ったが、確かに外は過ごしやすく心地よい気温だったので、僕は素直にうなずいた。
デスゲーム運営側も、希望さえ出せば職場であるデスゲーム会場にほど近い――というか同じ場所のこのアパートの一室に住むことができるらしい。
ただ、他にも運営スタッフはいるはずなのに、今のところはこの人しか住んでいない。
以前、他のスタッフの居住地はどうしているのかと尋ねたら「社宅があるのでほとんどはそちらに住んでいます」との回答が返ってきた。
デスゲーム運営会社にも社宅の概念が存在するのか、と妙に感心した覚えがある。ただ、社宅があるのにわざわざここに住むのなら、デスゲーム運営側の中でもこの人はかなりの変人に分類されるのだろう。
目の前に立つ男は、見るからに人畜無害そうな顔をしていて、デスゲームとは縁遠い生活を送っていそうな雰囲気を醸し出している。そして、髪色が派手だとか、目立つ場所にホクロがなるなどの、特徴的な見た目をしていないので、街でこの男を見かけても、僕は声をかけられる自信はない。
警察も、デスゲーム運営者を捕まえようと思った時に、この男は真っ先に捕まえないだろう。
そういった意味では、この男はデスゲーム運営者として向いていると思った。
部屋から持ち出したゴミ袋を指定場所に置く。しかし、隣人は僕の姿をじっと見ていて立ち去る様子がなかったので、何かあるのかと僕も立ち止まり「どうしました?」と声をかけた。
僕から話しかけられると思っていなかったのか、隣人は一瞬だけ驚いたような表情を見せた後、少し気まずそうに口を開いた。
「……ああ、ごめんなさい、勝手に見ていて。あなたが不思議な人だと思って見ていただけです」
「不思議ですか?」
首をかしげると、隣人はますます苦笑いのような表情を浮かべた。
「はい、不思議です。普通の人だったら、こんなアパートに住もうなんて思わないので。……私が言うのもあれですが、通報する気はないんですか?」
一度ちらりとアパートの方を見た男が、僕に視線を戻してにこりと微笑む。
なんだそんなことか、と思いながら、僕は口を開いた。
「通報する気はありません。せっかくの格安物件、出ていくのが惜しいですから」
どれくらい安いかというと、通報して安心を得る以上に、知らないふりをして住み続けていたいと思うくらいには、この物件の家賃は安くて財布に優しい。
話し合いの時にも「相手の仕事の守秘義務は守る」と何度か伝えたし、書面でも記入したはずなのだが、いまいち信用されていないらしい。
確かに、関係者じゃない人間に情報を握られているというのは、相手にとって生きた心地がしないのだろう。関係者に引き入れたら安心だと思われたのか、二度ほど「転職する気はないか」と誘われたこともある。今のところ働いている職場に不満はないので、やんわりと断ったけれども。
ただ、僕が出ていく意思もなく、向こうも出ていく気がない以上は、同じアパートを借りている人間程度の関係性くらいには歩み寄りたいとは思っていた。
向こうの機嫌を損ねて、秘密保持のためにアパートの地下送りにされて喜ぶほど、今の僕には自殺願望はない。
伝わるかは分からないけれど、一応言ってみようかと思い、僕は男と目を合わせた。
「そもそも、自分じゃない他人の生き死にへの興味がないんですよね。だから通報しようって気も、あまり起きないんです」
そう伝えると、隣の男は吹き出したように笑い出した。
「私よりよっぽどデスゲーム運営に向いていますね」
「それ褒めてませんよ」
あまりにも不謹慎だが、格安の物件に住み続けるためにも、できればこの男には捕まらないでいただきたいなと思うのだ。
ひとしきり笑った後、隣人は僕に対して頭を下げる。その礼儀正しい様子が、職業はあれにしろ社会人らしいなと思った。
「それでは私はこれで。お仕事頑張ってください」
「ありがとうございます。……では」
僕も「そちらも頑張ってください」と言おうとして、デスゲームの運営を頑張れなどと、人として言っていいのか迷い、結局言わずに別れた。




