表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちに歴史の偉人が住み着いた  作者: 膝栗毛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/11

第八話・最終回「四日目、帰り道と、始まった何か」

引き継ぎお楽しみください

【ナレーション】

林間学校、四日目。最終日。

朝から荷物をまとめて、施設を掃除して、昼前にバスで帰る。

シンプルなスケジュールだ。

しかし——

人間関係というものは、シンプルなスケジュールの隙間で、静かに動く。

気づいたときには、すでに動いていた——ということが、ある。

佐藤太郎は、この日の朝まで、そのことに全く気づいていなかった。


◆ 四日目・午前七時。食堂。


朝食。

太郎と木村が隣に座って食べていた。

「今日帰るのか。早いな」

「三泊四日なので」

「あっという間だったな」

「そうですね」

木村がパンをちぎりながら言った。

「昨日の迷子、全員無事でよかったよな」

「うん」

「あの六人、今日どんな顔するかな」

「普通にしてると思いますよ」

「佐藤はあっさりしてるな」

「何か特別なことはしてないので」

「してるだろ、普通に」

木村がスープを飲んだ。

「なあ、昨日足くじいた子、覚えてるか」

「二組の——」

「宮本さん。宮本さくらさん」

太郎が少し止まった。

「さくら?」

「同じ名前だな、お前の妹と」

「そうですね」

「あの子、お前に何か言いたそうにしてたけど、気づかなかった?」

「……気づいてなかったです」

木村がにやっとした。

「そうか」

「どういう意味ですか、その顔は」

「なんでもない」

「なんでもないじゃない顔ですよ」

「なんでもないって」

木村がスープを飲み終えた。

「まあ、今日帰る前に話しかけられるかもな」

「……なんで」

「なんとなく」

太郎は木村の横顔を見た。

何かを知っていそうな顔だった。

しかし木村はそれ以上何も言わなかった。


【ナレーション】

宮本さくら。

一年三組。

肩まである茶色い髪。

背はそれほど高くないが、姿勢がいい。

クラスの中心にいるタイプで、誰とでも話せて、いつも誰かに囲まれている。

そういう生徒だ。

林間学校の前から、太郎は彼女の存在を知っていた。

廊下ですれ違うと、なんとなく人が集まっている。

そういう人が、どのクラスにも一人はいる。

宮本さくらは、その一人だった。

太郎が彼女と言葉を交わしたのは——

昨日のハイキングで、足首にテーピングを巻いたとき。

それだけだった。


◆ 午前八時。掃除の時間。


班ごとに施設を掃除する。

太郎は廊下の担当になった。

モップを持って拭いていると——

「あの」

声がした。

振り返ると、宮本さくらが立っていた。

後ろに、女子が二人いる。

太郎が少し戸惑った。

「……なんですか」

「昨日、テーピングありがとうございました」

「あ——大丈夫でしたか、足首」

「全然大丈夫です。おかげで最後まで歩けました」

「よかった」

太郎がモップを持ち直した。

「えっと、それだけで——」

「あの」

宮本さくらが続けた。

「昨日の夜も、ありがとうございました」

「昨日の夜?」

「迷子の子たちが見つかったの、佐藤くんのおかげって、田村先生が言ってたので」

「……先生が言ってたんですか」

「はい。川沿いの道を教えたって」

「たまたまです、地図を見てたので」

宮本さくらが首をかしげた。

「たまたまって言うけど——誰でもできることじゃないと思います」

「そんなことは」

「そんなことある、と思います」

真っ直ぐ言われた。

太郎が少し黙った。

「……怪我、本当に大丈夫ならよかったです」

「大丈夫です。それより——」

宮本さくらが、少し間を置いた。

「テーピング、どこで覚えたんですか」

「……居候の人に教わりました」

「居候?」

「ちょっと特殊な家庭で」

宮本さくらが少し笑った。

「そうなんですね」

「それだけです。掃除があるので」

太郎がモップを動かし始めた。

宮本さくらが「失礼しました」と言って、後ろの二人と歩いていった。


廊下の角を曲がったところで。

「ねえ、佐藤くんってどんな人?」

宮本さくらの友達が聞いた。

「……わからない。でも——」

宮本さくらが少し考えた。

「なんか、落ち着いてる人だなって思った」

「格好よくはないよね、別に」

「そうかな」

「え?」

宮本さくらが前を向いた。

「……格好いいと思うけど」

「え!!さくらがそういうこと言うの珍しい!!」

「言ってない、独り言」

「言ってたよ絶対!!」


【ナレーション】

太郎はその会話を、聞いていなかった。

モップを動かしながら、帰ったら信玄にテーピングの話をしようと思っていた。

役に立ったと、伝えたかった。

そういう男である。


◆ 午前九時。荷物まとめ・チェックアウト準備。


部屋で荷物をまとめていると、木村がにやにやしながら戻ってきた。

「宮本さんと話してたろ」

「どこで見てたんですか」

「廊下の掃除エリアが隣だったんで」

「……そうか」

「なんの話だった?」

「テーピングのお礼と、昨日の迷子のこと」

「それだけ?」

「それだけです」

木村がため息をついた。

「お前、鈍いな」

「何が」

「宮本さん、お前のこと気になってるぞ」

太郎が少し止まった。

「……なんで」

「女子の話を総合すると」

「総合するな」

「昨日から、宮本さんがちょくちょくお前のこと見てたって、女子から情報が来た」

「情報網が早い」

「まあ俺、コミュ力それなりにあるから」

「秀吉さんみたいなこと言わないでください」

「秀吉さんって居候の人?」

「そうです」

木村が笑った。

「まあ、嬉しくないのか? 宮本さんといえば学年でも目立つ人じゃないか」

「別に」

「別に、ね」

「……どういう意味ですか」

「どういう意味もない。ただ——お前、女子と話すの慣れてるな」

「そうですか」

「クレオパトラさんの影響?」

太郎が少し考えた。

「……かもしれない」

「どんな人なの、クレオパトラさんって」

「まっすぐ言う人です。褒めるときも、注意するときも、ちゃんと目を見て言う」

「それが女子との話し方に影響してるのか」

「……そういう意識はないですけど」

「無意識に出てるんだよ、きっと」


◆ 午前十時三十分。出発準備。バス乗り場。


施設の前に、バスが二台止まっている。

生徒たちがリュックを持って集まってくる。

田村先生が点呼を取っている。

太郎がリュックを持ってバスに向かおうとしたとき。

「佐藤くん」

また声がした。

宮本さくらだった。

今度は一人だった。

「……なんですか」

「一個聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「昨日の暗闇、怖くなかったですか」

太郎が少し考えた。

「怖かったです」

「でも落ち着いてたって、木村くんが言ってた」

「……焦っても、暗くなるだけなので」

宮本さくらが少し目を丸くした。

「焦っても暗くなるだけ、ですか」

「懐中電灯が消えたら、焦っても明るくならない。一歩ずつ歩くしかないので」

「……かっこいいこと言いますね」

「かっこよくないですよ」

「かっこいいと思います」

またまっすぐ言われた。

太郎が黙った。

宮本さくらが続けた。

「わたし、昨日肝試しで懐中電灯消えた組だったんです」

「……え?」

「道に迷った六人のうちの一人」

太郎が少し驚いた。

「そうだったんですか」

「はい。めちゃくちゃ怖かったです。暗くて、どっちに行けばいいかわからなくて——パニックになりかけて」

「……大変でしたね」

「でも佐藤くんが川沿いの道を教えてくれたから、先生が来てくれて」

「たまたまです」

「たまたまじゃないって言いましたよ、さっき」

「……そうでしたね」

宮本さくらが少し笑った。

「佐藤くん、たまたまって言いたがりますね」

「……謙遜の癖がある」

「居候の人に治してもらってください」

「クレオパトラさんに既に言われてます」

宮本さくらが笑った。

「クレオパトラさん?」

「……居候の人の名前です」

「ユニークな名前ですね」

「まあ、そういう家なので」


田村先生の声が響いた。

「では、バスに乗ってください!出発は十一時です!」

「行かないと」

太郎がリュックを持ち直した。

宮本さくらが言った。

「あの——」

「なんですか」

「学校に戻ってから、また話しかけてもいいですか」

太郎が少し止まった。

「……別に、いいですけど」

「ありがとうございます」

「話しかけるだけなら誰でもできますよ」

「そうですね」

宮本さくらが少し考えた顔をした。

「佐藤くんって——普通に言いますね、そういうこと」

「事実なので」

「でも——その言い方、嫌じゃないです」

「そうですか」

「うん」

宮本さくらが、前を向いた。

「じゃあ、バス乗ります。また学校で」

「はい」

二人がそれぞれバスに向かった。


木村が太郎の隣に来た。

「今度は何の話だった?」

「昨日迷子になったのが宮本さんだったと」

「へえ」

「あと——学校で話しかけていいかって」

木村が立ち止まった。

「……それ」

「なんですか」

「それ、かなりはっきりしてるぞ」

「何が」

「宮本さんが積極的だってこと」

「話しかけるだけですよ」

「話しかけたい相手には、わざわざ許可取らないだろ、普通」

太郎が少し黙った。

「……そうですか」

「鈍い!!」

木村が叫んだ。

「声が大きいですよ」

「鈍い!!」

「わかりました、鈍いでいいです、行きますよ」

「待て待て——嬉しくないの?」

太郎は少し考えた。

「……嬉しいかどうか、まだわかりません」

「まだ?」

「会って三日なので」

「そんな計算するやつか」

「計算じゃないですけど」

太郎がバスに乗り込んだ。

木村がついてきた。

「でも嫌じゃないんだろ?」

「嫌ではないです」

「それで十分だ」

「何が十分なんですか」

「人間関係の第一歩」

「秀吉さんみたいなことまた言いますね」

「だから誰だよ秀吉さんって」


◆ バス車内。帰り道。


バスが山を下り始めた。

窓の外に、来たときと同じ景色が流れる。

でも——来たときと、何かが違う気がした。

木村が隣で眠り始めた。

太郎は窓の外を見た。

山が遠ざかっていく。

施設が、木々の間に消えていく。

三泊四日。

たくさんのことがあった。

信玄の行動食。

信長の護符。

テーピング。

火起こし。

川遊び。

キャンプファイヤー。

暗闇。

迷子。

星。

そして——宮本さくらのこと。

太郎は少し考えた。

宮本さくらは、まっすぐな人だ。

格好いいと言うときも、ありがとうと言うときも、また話しかけていいですかと言うときも——

ためらわない。

それが——どこかクレオパトラに似ていた。

「事実を認識しなさい」

クレオパトラの声が浮かんだ。

「謙遜しなくていい」

太郎は少し笑った。

宮本さくらも同じようなことを言った。

「たまたまじゃないって言いましたよ」と。

似ている。

少し似ている。

「……まあ、話しかけてきたら、普通に話せばいい」

独り言を言った。

木村が寝ていたので、誰も聞いていなかった。


◆ 一時間後。学校着。


バスが学校に着いた。

生徒たちが降りてくる。

「お疲れさまでした!解散です!気をつけて帰ってください!」

田村先生の声。

太郎がリュックを背負って降りた。

木村が眠そうな目をこすっている。

「着いたか」

「着きました」

「疲れた」

「お疲れさまです」

木村が伸びをした。

「今日、家帰ったら何する?」

「……帰ったら、みんなに話を聞かせます」

「居候の人たちに?」

「信玄さんが行動食作ってくれたこと、役に立ったって伝えたいし、信長さんの護符も返さないといけないし」

「律儀だな」

「もらったものは、ちゃんと返す」

木村が少し笑った。

「いい奴だよ、お前」

「普通です」

「普通じゃないよ」

「普通です」

「鈍い上に頑固だな」

「そうかもしれない」


荷物をまとめて、校門を出ようとしたとき。

「佐藤くん!」

声がした。

宮本さくらだった。

友達が三人いる。

「なんですか」

「これ——」

宮本さくらが、小さな包みを差し出した。

「施設の売店で買ったんですけど、良かったら」

包みを受け取った。

「……ありがとうございます」

「お礼です。テーピングと、川の道」

「別にいいんですけど」

「いいけど、あげたいので」

またまっすぐ言われた。

太郎が少し黙った。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

宮本さくらが少し微笑んだ。

「また学校で」

「はい」

宮本さくらが友達と歩いていった。

木村が隣でにやにやしていた。

「……なんですか」

「包み、開けないのか」

「家に帰ってから」

「なんで」

「急ぐ理由がないので」

「鈍い!!」

「帰ります」

「待てって——まあ、帰りましょう」


◆ 帰り道。


木村と途中まで一緒に歩いた。

「なあ、佐藤」

「なんですか」

「今回の林間学校、お前にとってどうだった」

太郎が少し考えた。

「……いろいろありましたね」

「いろいろって?」

「信玄さんに教わったことが全部役に立ったこと。信長さんの護符を持っていたこと。お前と暗闇を歩いたこと」

「俺も入れてくれてありがとう」

「事実なので」

木村が笑った。

「それと——宮本さんのこと」

太郎が少し止まった。

「……まだわかりません」

「何が」

「自分がどう思っているか」

「正直だな」

「嘘ついても仕方ないので」

「まあ、焦らなくていいよ。お前が言ったじゃないか」

「何を」

「焦っても暗くなるだけって」

太郎が少し笑った。

「……自分で言ったことを返された」

「いい言葉だったから」

「信長さんのですけど」

「誰の言葉でも、今のお前の言葉だろ」

太郎が黙った。

「……そうかもしれない」

「じゃあ俺、こっちだから。また明日な」

「うん、また明日」

木村が角を曲がっていった。


◆ 佐藤家。玄関前。


一人になった。

家の前に立った。

ドアの向こうから——

「太郎殿が帰ってくるのはいつじゃ!?」

秀吉の声が聞こえた。

「まだ連絡がない」

信玄の声。

「護符を返すと言っていたな」

謙信の声。

「ランキング、ちゃんと守ったぞ」

ナポレオンの声。

「もうすぐ帰ってくるわよ」

クレオパトラの声。

「……」

信長の声はしなかったが——

きっとリビングにいる。

「お兄ちゃーん!早く帰ってこないかなー!!」

さくらの声。

太郎は玄関のドアを開けた。


「ただいま」


リビングから、顔が飛び出してきた。

「太郎殿!!おかえり!!」

秀吉が玄関まで走ってきた。

「おかえり」と信玄。

「……おかえり」と謙信。

「フン。遅かったな」とナポレオン。

「おかえりなさい」とクレオパトラ。

「おかえり太郎!!」とさくらが飛びついてきた。

信長は——リビングの入口に立っていた。

腕を組んで。

「……おかえり」

「ただいまです、信長さん」

太郎はポケットから護符を取り出した。

「護符、返します」

信長が受け取った。

「……無事だったな」

「無事でした」

「そうか」

信長がそれをポケットに入れて、リビングに戻っていった。


台所から、いい匂いがした。

「信玄さん、何作ってますか」

「ほうとうだ」

「おかえりのほうとうですか」

「帰ってくるとわかっていたから、準備してあった」

太郎が少し笑った。

「……信玄さんに、伝えたいことがあって」

「なんだ」

「行動食、すごく役に立ちました。山頂で食べたおにぎり、美味しかったです。あと——テーピング、ハイキングで使いました」

信玄が少し手を止めた。

「……そうか」

「誰かの役に立てたのは、信玄さんが教えてくれたからです。ありがとうございました」

信玄が、ゆっくりと振り返った。

太郎の顔を見た。

「……そうか」

それだけだった。

でも信玄の目が——少し、柔らかかった。

「座ってろ。すぐ出来る」

「はい」


秀吉が前のめりで聞いてきた。

「太郎殿!三日間どうじゃった!!友達は増えたか!?名前は全員覚えたか!?」

「増えました。全員は無理でしたけど、だいたい」

「だいたいで十分じゃ!で、何か面白いことはあったか!?」

「いろいろありました」

「具体的に!!」

「飯盒炊爯でカレーを作って、長距離ハイキングをして、キャンプファイヤーをして——あと、肝試しで少しアクシデントがあって」

「アクシデント!!大丈夫だったか!?」

「大丈夫でした。川沿いの道を覚えていたので、先生に伝えて解決しました」

「それはナポレオン殿の——」

「地形は頭に入れろ、の影響ですね」

ナポレオンが鼻を鳴らした。

「フン。当然だ」

「ありがとうございました、ナポレオンさん」

ナポレオンが少し黙った。

「……礼は結果で返せ」

「はい」


謙信がすっと太郎の前に来た。

「……太郎、ポンタカードはどうした」

「持って帰ってきました」

太郎がポケットから出した。

謙信が受け取った。

「……義の守り神だった」

「ポンタカードが守り神になってる」

「なってた」

「なってないですよ」

「なってた」

太郎はため息をついた。

しかし——なぜか、そのポンタカードをポケットに入れていたことを、悪くないと思っていた。

謙信の「お守りだ」という言葉が、結果的に——少し、支えになっていた気がするから。

「……まあ、ありがとうございました、謙信さん」

謙信がわずかに目を細めた。

「……そうか」


クレオパトラが太郎を見た。

「どうだった、三日間」

「いろいろ学びました」

「例えば」

「待つことの大切さ。一歩ずつ進むこと。友達に頼ること」

クレオパトラが頷いた。

「それから?」

「……自分の実力を、誰かのために使うこと」

「覚えてたのね」

「忘れないですよ」

クレオパトラが少し笑った。

「それから——」

太郎が少し間を置いた。

「女の子に、まっすぐ言われたとき、どう答えればいいかわかりませんでした」

クレオパトラの眉が少し動いた。

「……女の子?」

「林間学校で、足首を怪我した子がいて。テーピングを巻いて——それで話すようになって」

「どんな子?」

「まっすぐな人です。クレオパトラさんに少し似てる」

「わたしに?」

「思ったことをためらわずに言う」

クレオパトラが少し黙った。

「……それで?」

「学校に戻ってから話しかけていいかって言われました」

「あなたはなんと答えた」

「別にいいですよ、って」

クレオパトラが目を閉じた。

「……太郎」

「はい」

「それは減点よ」

「え」

「『別にいいですよ』は、ありがとうと言うべき場面だった」

「……そうですか」

「話しかけたいと思われることは、嬉しいことよ。それを『別に』で受け取るのは——相手に失礼」

太郎が少し考えた。

「……次は、ありがとうと言います」

「そうしなさい」

「はい」

「……どんな子だって言ったっけ」

「まっすぐな人です」

「名前は」

「宮本さくら」

クレオパトラが、少し、にっこりした。

「さくら」

「うちの妹と同じで、ちょっと変な感じがします」

「世界は狭いのよ」

「そうですか」

「……その子のこと、ちゃんと見なさい」

「見る、というのは」

「焦らなくていい。でも——目を背けるな」

太郎が少し黙った。

「……わかりました」


さくらが太郎の腕を引っ張った。

「お兄ちゃん、ゲームしよ!!約束だよ!!」

「するよ」

「やったー!!信長もやろ!!」

「……うむ」

信長がさくらの隣に座った。

太郎もその隣に座った。

ゲームが始まった。

三人で、画面を見ていた。

リビングに、にぎやかな声が戻ってきた。

秀吉が「拙者も混ぜろ!!」と言って入ってきた。

謙信が「義のあるゲームか」と聞いた。

ナポレオンが「戦略性が足りない」と言った。

信玄が「もうすぐ飯だ、食ったらやれ」と言った。

クレオパトラが「観戦するわ」と言った。

父が「おかえり太郎」と言いながらビールを開けた。


ほうとうの匂いが、リビングに満ちた。


【ナレーション】

林間学校、三泊四日。

太郎が得たもの——

木村健太という、本物の友達。

信玄に教わったことが、確かに役に立つという実感。

暗闇でも、一歩ずつ歩けるという自信。

そして——

宮本さくらという、名前の女の子のこと。

まだわからない。

好きかどうかも、どうしたいかも、まだ何もわからない。

でも——クレオパトラが言った。

「目を背けるな」

背けない。

ちゃんと——見る。

それだけは、決めた。


太郎がゲームをしながら、リュックの中の包みを思い出した。

宮本さくらからもらった、施設の売店の包み。

「……中身なんだろう」

「何かもらったのか太郎殿!!」

秀吉が反応した。

「……林間学校で、知り合いからお礼でもらいました」

「開けんのか!!」

「あとで」

「今開けろ!!」

「あとでいいです」

「なんで!!」

「……なんとなく」

太郎が少し赤くなった。

信長が横目で見た。

「……女か」

「言わないでください」

「……顔が赤い」

「言わないでください!!」

さくらが目を輝かせた。

「お兄ちゃん、女の子にプレゼントもらったの!?!?」

「プレゼントじゃない、お礼です」

「どんな子!?かわいい!?」

「知りません」

「嘘だー!!」

「嘘じゃない!!」

リビングが爆笑した。

ナポレオンが「フン、恋愛も戦略だ」と言った。

謙信が「義のある交際を心がけよ」と言った。

秀吉が「太郎殿に春が来た!!」と叫んだ。

信玄が台所から「飯の前に騒ぐな」と言った。

クレオパトラが「黙って見守りなさい、あなたたち」と言った。

信長が——何も言わなかった。

ただ、ゲームの手を止めて、太郎の横顔を見た。

そして——

ほんの少しだけ。

口元が、緩んだ。


「ご飯できたぞ」

信玄の声。

全員が食卓に集まった。

ほうとうが、湯気を立てていた。

「いただきます」

全員の声が揃った。

太郎はほうとうをひとくち食べた。

温かかった。


【ナレーション】

佐藤太郎の林間学校は、こうして終わった。

三泊四日で——

太郎は少しだけ、変わった。

変わったというより——

もともと持っていたものが、少し、形になった。

信玄の「温かさ」。

謙信の「芯」。

信長の「正直さ」。

秀吉の「人を大切にする心」。

ナポレオンの「諦めない力」。

クレオパトラの「目を背けない勇気」。

全部——もうとっくに、太郎の中にあった。

ただ、使い方がわかっていなかっただけだ。

山の中で、暗闇の中で、川沿いの道で——

それが、少しずつ、使えるようになった。

これが、成長というものだ。

たぶん。


そして——

宮本さくらは、その日の夜。

スマートフォンのメモに、一行書いた。

「佐藤くんのこと、もっと知りたい」

書いて、少し考えて——

消さなかった。


第八話・完

次回もお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ