第14話 才能と均衡
王城を出た後も、アルトの胸の奥にはレオンの言葉が残っていた。
――触媒。
自らは動かずとも、反応を加速させる存在。
研究院へ戻る馬車の中、リシアが腕を組んでいる。
「気にしてる?」
「少し」
「珍しいわね」
「合理的な指摘でした」
リシアは横目で見る。
「でもあなた、止まる気ないでしょ」
「ありません」
即答。
「でしょうね」
ため息と同時に、どこか安心も混じる。
研究院に戻ると、すぐに緊急報告が届いた。
「下層区画で再び魔力異常!」
昨日とは別の地区。
だが規模は小さい。
「理論の模倣か」
ミレイアが呟く。
最近、王都ではアルトの“構造制御”の噂が広まり始めている。
断片的な情報だけが独り歩きし、未熟な者が真似をする。
「現場へ」
アルトが言う。
「確認します」
下層区画。
石造りの狭い路地。
十代半ばの少年が震えていた。
「お、俺はただ……効率を上げようと……」
周囲には焦げ跡。
不完全な圧縮式。
アルトは膝をつき、魔法陣を見つめる。
「第二層を飛ばしている」
「だって、難しいから……」
少年は泣きそうな顔で言う。
「聞いたんだ、圧縮を強めれば出力が上がるって」
リシアが歯を食いしばる。
理論が“断片”だけ伝わった結果。
「……怪我は?」
「軽傷だ」
鎮圧班が答える。
アルトは少年を見る。
「理論は順序があります」
「順序?」
「理解しないまま真似をすると、壊れます」
自分自身のことのように言う。
少年はうなだれる。
その光景を見て、リシアの胸がざわつく。
(これが、殿下の言ってたこと)
急激な変化は、未熟な者を傷つける。
研究院へ戻る途中、リシアが口を開く。
「ねえ」
「はい」
「もし、あなたの理論で怪我人が増えたら?」
問いは重い。
アルトは少し考える。
「それは僕の責任です」
「止める?」
「止めません」
即答。
リシアは思わず立ち止まる。
「どうして!」
「未完成だからです」
振り返る。
「完成すれば、事故は減ります」
真っ直ぐな目。
「不完全なまま放置する方が危険です」
理屈は通っている。
だが感情が追いつかない。
「あなたは冷たい」
思わず言う。
アルトは一瞬だけ目を伏せた。
「そうかもしれません」
否定しない。
その姿に、胸が締め付けられる。
「でも」
アルトは続ける。
「誰かが設計しなければ、壊れ続けます」
静かな決意。
リシアは息を吐く。
「……私は」
「はい」
「あなたが間違えたら、止める」
一歩近づく。
「暴走したら、殴る」
「合理的です」
「だから真顔で言わないで」
小さく笑う。
だが胸の奥はまだ重い。
その夜。
王城。
レオンは窓辺に立ち、王都を見下ろしていた。
「下層区画の事故、報告を」
「軽微です」
側近が答える。
「だが噂は拡散しています」
レオンは目を閉じる。
「予想通りだ」
「止めますか?」
「いや」
静かな声。
「観察する」
蒼い瞳が開く。
「彼がどこまで均衡を保てるか」
王城の奥、封印された地下区画。
古い石壁に刻まれた魔法式が、微かに光る。
そこには記されていた。
――七中枢維持機構。
魔法は、ただの力ではない。
世界を固定する楔。
研究院。
アルトは一人、資料室で古文書を読んでいた。
「……維持機構?」
薄い羊皮紙に、古代文字。
横から覗き込む影。
「それは禁書です」
銀髪。
ミレイアだ。
「読めるのですか」
「少し」
アルトは指でなぞる。
「魔法は世界の位相を安定させるための装置、と」
ミレイアの目が細くなる。
「そこまで辿り着きましたか」
「本当ですか」
「半分」
曖昧な答え。
「残りは?」
「まだ早い」
ページを閉じる。
「ですが覚えておきなさい」
低い声。
「理論は世界を救うかもしれない」
一拍。
「同時に、終わらせるかもしれない」
資料室の窓から月光が差し込む。
アルトは静かに考える。
(終わらせる)
初めて、わずかな不安が芽生える。
その頃。
王都の下層、暗い路地。
黒衣の男が立っていた。
「理論拡散、確認」
低い声。
「均衡、微揺動」
仮面の奥で、目が細められる。
「触媒、加速中」
風が吹き抜ける。
才能と理論。
秩序と改革。
均衡は、ゆっくりと軋み始めていた。




