第13話 王太子レオン・アークヴァルト
王城は、研究院の塔とは異なる威圧感を放っていた。
白亜の外壁に刻まれた紋章は、魔法式というよりも“歴史”そのものの象徴だ。長い階段を上がるたびに、アルトは無数の視線を感じた。兵士、侍従、魔導騎士。誰もが無言で値踏みしている。
「緊張してる?」
隣を歩くリシアが小声で聞く。
「少し」
「珍しいわね」
「相手が国家だからです」
冗談ではない。
今日は王太子直々の招集だった。
大広間の扉が開く。
高い天井、赤い絨毯、中央に玉座。その一段下、簡素な椅子に一人の青年が座っていた。
金髪、蒼い瞳。
年はアルトと大差ない。
だが纏う空気は違う。
「よく来たね、アルト・ゼイン」
穏やかな声。
立ち上がると、場の空気が自然に整う。
王太子レオン・アークヴァルト。
「そして久しいな、リシア」
視線が柔らかくなる。
「殿下」
リシアが一礼する。
だが以前より距離がある。
「形式張らなくていい。今日は友としてではなく、王家の代理として話す」
レオンはアルトをまっすぐ見る。
「君の噂は聞いている。構造を“視る”少年」
「誇張です」
「謙遜は不要だ。南区画の鎮圧、見事だった」
淡い笑み。
だがその瞳は冷静だ。
「単刀直入に言おう」
一歩近づく。
「君は危険だ」
広間が静まり返る。
リシアが息を呑む。
「理由を伺っても?」
アルトは淡々と返す。
「君の理論は正しい」
レオンは続ける。
「だが正しさは秩序を壊す」
ゆっくりと歩きながら語る。
「この王国は魔法によって階層を維持している。才能がある者が上に立ち、守る。才能がない者は別の役割を担う」
「固定化ですね」
アルトが言う。
「言い換えれば安定だ」
レオンは止まる。
「君の理論が広まれば、才能の壁は崩れる。貴族と平民の差は縮まり、魔法の価値は再定義される」
「それは悪ですか」
「急激であれば悪だ」
即答。
アルトは一瞬だけ沈黙する。
「人は急激な変化に耐えられない」
レオンの声は穏やかだが、重い。
「革命は常に血を伴う」
視線がリシアに向く。
「君の家も例外ではない」
リシアの胸がわずかに揺れる。
だが目は逸らさない。
「私は家ではなく、自分で選びます」
静かな反論。
レオンは小さく息を吐いた。
「相変わらずだな」
そして再びアルトへ。
「君は何を望む?」
核心。
広間の空気が張り詰める。
「魔法を設計し直すことです」
アルトは答える。
「未完成だから」
ざわ、とわずかなざわめき。
レオンの瞳がわずかに細くなる。
「未完成?」
「王都中枢の第五層は補正係数が古い。都市規模拡張に追いついていない」
事実を述べる。
「南区画の暴走も、第四層干渉がなければ発生しなかった」
理論の刃。
レオンは数秒、沈黙した。
「つまり君は、王国の中枢設計を誤りと見るのか」
「改善可能です」
否定ではない。
改良の提案。
だがそれは同時に、現体制への挑戦でもある。
レオンはゆっくりと笑った。
「面白い」
穏やかな笑み。
だがその奥に、鋭さが宿る。
「君は革命家ではない」
「違います」
「だが触媒だ」
言葉が重く落ちる。
「触媒は自ら動かずとも、反応を加速させる」
視線が鋭くなる。
「その責任を理解しているか?」
アルトは一瞬だけ迷った。
学園での嘲笑。
王都での暴走。
内部犯。
リシアの火傷。
「……理解しています」
「本当に?」
蒼い瞳が射抜く。
その圧は、剣より鋭い。
だがアルトは逸らさない。
「止めません」
静かな声。
「壊すのではなく、完成させるために」
沈黙。
長い沈黙。
やがてレオンは息を吐いた。
「君は正しい」
その言葉にリシアが目を見開く。
「だが私は、王国を守る」
対立が明確になる。
「君の理論が均衡を揺らすなら、私は止める」
宣言。
敵ではない。
だが同じ側でもない。
アルトは小さく頷く。
「合理的です」
レオンが微かに笑う。
「気に入ったよ」
そして歩み寄る。
「提案だ」
「何でしょう」
「私の監督下で研究を続けろ」
広間がざわつく。
「急進的な拡散は禁止。段階的に改修する」
妥協案。
だが条件付きの自由。
アルトは考える。
理論を広める速度は落ちる。
だが無秩序な拡散も防げる。
「受けます」
即答ではないが、明確な意思。
レオンは頷く。
「賢明だ」
そしてリシアに視線を向ける。
「君はどうする」
「隣にいます」
迷いなく。
レオンの目がわずかに揺れる。
ほんの一瞬。
「そうか」
感情を抑えた声。
「ならば覚悟しておけ」
「何を」
「君は王国の象徴だ。炎の名門が理論側に立つ意味は重い」
重圧。
だがリシアは笑う。
「炎は燃えるものよ。止まらない」
挑戦的な笑み。
レオンは小さく肩をすくめた。
「相変わらず強い」
そして再びアルトを見る。
「最後に一つだけ」
「はい」
「もし理論が世界を壊すと分かったら?」
核心。
アルトは迷わなかった。
「設計し直します」
即答。
レオンの瞳が鋭く光る。
そして。
「ならば証明してみせろ」
一歩引く。
「均衡を壊さずに、改革できると」
挑戦状。
王太子からの正式な試練。
広間の扉が開く。
退室を促す合図。
廊下に出ると、リシアが息を吐いた。
「やっぱり、ただの王子じゃない」
「はい」
「怖かった?」
「少し」
「私も」
だが目は輝いている。
「でも面白い」
「面白い?」
「燃える」
小さく笑う。
その横顔を見て、アルトは思う。
(均衡)
守る者。
変える者。
そして燃える者。
王城の高窓から、蒼い瞳が二人を見下ろしていた。
「触媒、か」
レオンは呟く。
「さて……均衡はどこまで保てるかな」
王国の中心で、
理論と秩序の対立が静かに始まった。




