第二十五話:目的
いずれまたお会いしましょう——"アルクライドのお嬢様"。
その言葉は、呪いのようにわたくしの足を縫い止めた。
ドクン、と心臓が早鐘を打ち、視界が明滅する。
(なぜ、わたくしのことを?)
(公爵家の追手?いえ、あの男は誰?)
(わたくしの旅は、ここで終わるの——?)
『《——イズ!》』
『《——ルナイズ!呆けている場合か、この大馬鹿者が!!》』
脳内に直接響く怒声。
頭を殴られたような衝撃で、わたくしの意識が現実に引き戻された。
いけない。
今は、思考の迷宮に迷い込んでいる場合ではありません。
目の前には、まだ敵がいるのですから。
(…すみません、先生。大丈夫ですわ。)
わたくしは乱れた呼吸を無理やり整え、コピシュを構え直した。
「…ルナイズさん?」
「アルクライド…?ルナイズ様、先ほどの方は…」
背後で、エリーゼさんとニーナさんが不安げに声を震わせている。
彼女たちにも聞こえてしまった。ごまかすのは無理でしょう。
「ニーナさん、エリーゼさん。後で必ずお話ししますわ。…今は、あれを。」
わたくしの視線の先には、土塊の人形が、無機質な殺気を放って佇んでいた。
「ルナイズ様、あのゴーレム、あまり強そうには見えませんが…」
確かに、大きさは成人男性より一回り大きい程度。
表面もただの乾いた土に見える。
だが、わたくしの肌が粟立つほどの魔力が、あの泥人形の中に圧縮されているのを感じる。
「油断は禁物ですわ。ニーナさんはそのままエリーゼさんの警護と、周囲の警戒をお願いします。」
「は、はい!」
(さて…こっちは視られると良いのですが…)
(——【真理解析】!)
左目が熱を帯びる。だが——
バチッ!
[対象:クレイゴーレム]
[脅威レベル:判定不能]
[状態:臨戦体制]
[特性:■■■]
[弱点:■■■]
(くっ…!?)
視界にノイズが走る。
『《ぬう、弾かれはしなかったが…高度なプロテクトがかかっているな。内部構造が靄がかかったように読めん。》』
先生の声にも、焦りの色が混じる。
(仕方ありませんわね。手探りで挑むしかありません。)
「お二人は、もう少し離れていてください!」
「承知しました、ルナイズ様!エリーゼ、こっちへ!」
二人が大木の陰へと退避するのを確認し、わたくしは思考を送る。
(先生。万が一、彼女達に流れ弾がいきそうなら防護をお願いします。わたくしのことは構いません。)
『《フン、承知した。貴様は目の前の泥人形に集中しろ。》』
対峙するわたくしとゴーレム。
相手は腕をだらりと下げたまま、微動だにしない。
(なかなか仕掛けてきませんね。)
『《油断するなよルナイズ。》』
その、瞬間。
ドォン!
爆発音のような踏み込みと共に、ゴーレムが消失——いいえ、超加速した!
(速い!ですが、視えていますわ!)
どんなに速くても、予備動作がある限り【真理解析】の予測からは逃れられない。
真正面からの突進。単純だが、質量のある暴力。
(術式起動—【魔導盾】!)
キィン!
わたくしの目前、拳が当たる一点にのみ展開した障壁が、衝撃を弾く。
(解析通り!)
ゴーレムの体が大きく泳ぐ。好機!
(術式起動—【身体強化】!)
わたくしは踏み込み、右腕の筋肉のみを瞬間的に爆発させる。
鋼鉄のコピシュが、遠心力を乗せて唸りを上げた。
狙うは、体勢を崩して晒された肘の関節!
「——断てッ!」
ガギンッ!!
硬い音と共に、強烈な痺れがわたくしの腕を駆け抜けた。
(な!?弾かれた!?)
斬れない。刃が通らない!
今までのショートソードなら、間違いなく刀身が砕け散っていたであろう硬度。
コピシュだからこそ耐えられたが、それでも表面に傷がついただけ。
ゴーレムは弾かれた衝撃を利用するかのように、無機質な動きで跳躍し、距離を取った。
(…まずいですわね。)
わたくしは脂汗を流しながらコピシュを構え直す。
(こちらの攻撃は通らず、相手の一撃は即死級。…ジリ貧ですわ。)
『《落ち着け馬鹿者!》』
先生の叱咤が飛ぶ。
『《今の攻撃、効いていないわけではないぞ!》』
(どういうことですの?)
『《表面には特殊な硬化コーティングがされているようだが、内部強度は大したことない。今の衝撃で、内部の泥には亀裂が入っているはずだ!》』
(なるほど…つまり、鎧の上から叩き壊せ、ということですわね!)
『《そうだ!ダメージを分散させるな、一点を狙え!》』
「了解ですわ!」
その時、ゴーレムが両腕を掲げた。
周囲の土が魔力で巻き上げられ、無数の石礫となって浮遊する。
(広範囲攻撃!)
『《来るぞ!》』
ヒュオオオオッ!
豪雨のような石礫が襲いかかる。
(先生!)
『《任せておけ!この程度の攻撃に、一割も割かんわ!》』
キキン!キン!カカカッ!
わたくしの急所に迫る礫、そして後方のエリーゼさん達へ向かう流れ弾。
その全てが、先生の展開する極小の【魔導盾】によって弾かれ、砕け散る。
まさに鉄壁の死角防御。
(防御は完璧…ならば、攻めるのみ!)
石礫の雨を潜り抜け、わたくしは地を蹴った。
(術式起動—【身体強化】、【軽身】!)
体重を消し、筋力を強化。
異次元の加速で、一気に距離をゼロにする。
ゴーレムはまだ石礫の制御中で隙だらけだ。
(もらった!)
わたくしがコピシュを振りかぶり、会心の一撃を放とうとした、その刹那。
ピタリ、と。
ゴーレムが、石礫の攻撃を中断した。
そして、眼前に迫るわたくしを——無視した。
(——え?)
わたくしの予測では、ゴーレムは迎撃の態勢を取るはずだった。
だが、奴はわたくしの横を、風のようにすり抜けたのだ。
(【真理解析】の予測が…外れた!?)
『《しまっ…!ルナイズ、奴の狙いは貴様ではない!》』
ゴーレムの殺気が消えていた。
奴の中で、優先順位が書き換わったのだ。
抹殺が困難と判断し、次なる目的へと!
「エリーゼさん!逃げて!!」
わたくしの叫びと、ゴーレムの加速は同時だった。
「エリーゼ!」
ニーナさんが即座に反応し、盾になろうと割って入ります。
人間離れした機動でニーナさんをくぐり抜け、その腕が伸びたのは——エリーゼさんの鞄。
バリッ!
「きゃあっ!」
鞄が引きちぎられ、中からあの装置を掴み取りました。
そして、そのままの勢いで森の奥へと跳躍します。
ニーナさんが反応し、盾を構えて前に出る。
「返せッ!」
わたくしが振り返るが、遅い。
目的を果たしたゴーレムは、そのままの勢いで森の奥深く、瘴気の中へと姿を消した。
後に残されたのは、装置を奪われ呆然とするエリーゼさんと、追いつけなかったわたくしたちだけだった。
「…してやられましたわ。」
わたくしは、悔しさに唇を噛み締めながら、その場に立ち尽くすことしかできなかった。




