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第二十四話:邂逅

森に入ったわたくしたちは、道なき道を進んでいきます。


「…ここですわ。」

しばらく歩くと、木々が不自然に開けた場所に出ました。

そこには風化した石積みの小さな祠があり、その中に隠すように、手のひらサイズの金属製の箱が鎮座していました。


「これですわね。」

「…確かに何かの装置のようですね。複雑な紋様が刻まれていますが…ルナイズさん、分かりますか?」

「視てみますわ。」

(【真理解析ルミナスアナライズ】)


左目に光のモノクルが浮かび、箱の内部構造を透過します。


[対象:古代式魔力流妨害装置エンシェント・マナ・ジャマー]

[状態:稼働中]

[効能:広範囲の環境魔力の循環を阻害し、澱ませる。]

[備考:停止方法解析可能。物理破壊は魔力の暴走を招く恐れあり。]


『《ほう。これは興味深いなルナイズ。この大きさでこのレベルの広域障害を引き起こせるとは。回路の設計思想が現代のものではないな。》』

(そうですわね。これはこれで技術的な興味は尽きませんが…このように隠蔽されていること、そしてここ最近の急激な異常発生。十中八九、人為的なものでしょう。わたくしたちの手に負えるものではなさそうですわ。)


わたくしは解析結果を噛み砕き、エリーゼさんに伝えます。

「これで間違いないようですわ。また、装置の動きを止めることは可能ですが、破壊すると周囲の魔力が不安定になる恐れがあります。停止させて持ち帰るのが最善かと。」


エリーゼさんは、感心と驚きがない交ぜになった表情を浮かべましたが、すぐに調査員の顔に戻りました。

「原因特定だけでなく、対処法まで…。何から何まですみません、ルナイズさん。停止をお願いできますか?」

「承知いたしましたわ。ニーナさんはエリーゼさんを守りながら、辺りの警戒をお願いします。」

「ルナイズ様、お任せください!」


わたくしは箱の前に跪き、魔力操作を開始します。

(…複雑ですわね。)

内部の魔力回路は幾重にも絡まり合い、一つ手順を間違えれば警報が鳴るか、暴発する仕組みになっています。

ですが——。

(【真理解析ルミナスアナライズ】があるわたくしには、全ての解法が色付きの線で見えています。)


わたくしは、指先から髪の毛より細い魔力を流し込み、絡まった回路を一つずつ、丁寧に、しかし迅速に解きほぐしていきました。


数十分後。

カタリ、と小さな音がして、装置の駆動音が止まりました。

「…終わりましたわ。エリーゼさん。」

わたくしは装置をエリーゼさんに手渡しました。

「ルナイズさん、本当にありがとうございます!私たちだけでは手も足も出ませんでした。」

「ルナイズ様は本当にすごいです…!魔法使いというより、まるで魔導技師の達人のようです!」

矢継ぎ早に褒められて、わたくしは少しこそばゆい感覚になりました。

「いえ…わたくしは魔力が少ないからこそ、小手先の技術を身に着けただけで…それに、ほとんどはスキルのおかげで…」


そこまで言いかけた、その時です。

先生の鋭い警告音が、脳内に響きました。


『《ルナイズ!何者かがこちらに接近してくる!この速度、人間ではない…いや、魔術で強化しているのか!?恐らく数分でここに来るぞ!》』


(っ!まずいですわね!)

ここから街道までは距離があります。

逃げながら戦うには、足場の悪い森は不利。

(視界や動きやすさを考えると、ある程度開けているここで迎え撃つのが最適…しかし、お二人は…)


わたくしは一瞬で状況を分析し、最適解を叫びました。

「エリーゼさん!緊急事態です!何者かが接近中、もう時間はありません!」

「えっ!?」

「わたくしとしてはここで迎え撃つのが最適解かと存じます!お二人はわたくしから離れないでください!——ですが、逃げるというなら止めません、最終的な判断は任せます!」


エリーゼさんとニーナさんは驚愕に顔を見合わせますが、その迷いは一瞬でした。

「ルナイズ様を信じます!」

「私もです!無闇な移動はかえって危険でしょう!」

「ありがとうございます!ニーナさんはエリーゼさんの護衛を!周囲の警戒をお願いします!」


ニーナさんが剣を抜き、エリーゼさんを守るように構えます。

わたくしとニーナさんでエリーゼさんを挟む陣形が完成した、その直後でした。


『《——来るぞルナイズ!攻撃が先だ!》』

先生の声には、焦りはなく、むしろ愉悦のような色が混じっていました。

『《ワガハイを信じて、棒立ちしていろ!》』


「みなさん!攻撃が来ますが、わたくしを信じて動かないで!」


ヒュオオオオッ!

風切り音と共に、無数の氷の刃が、四方八方からわたくしたち目掛けて飛来しました。

回避不能の飽和攻撃。

普通なら、絶望する場面です。


ですが。


『《——造作もないわ!》』


キィン!キン!キキキキンッ!


飛来した氷の刃は、わたくしたちの直前で、見えない極小の盾に弾かれ、砕け散りました。

砕けた氷の欠片が、キラキラと舞い散ります。


『《どうだ!見たかルナイズ!これぞワガハイの完璧な死角防御だ!》』

(はいはい、すごいですから!今は集中してくださいまし!)

「すごい…ルナイズ様!?」

ニーナさんが信じられないものを見る目で叫びます。

「移動しながら、こちらの死角に座標固定した魔術を展開されたようです。恐らくもうすぐ…」


そのとき、近くの木々が揺れ、一人の人影が音もなく現れました。

「…ほう。今の奇襲を防ぎましたか。」


現れたのは、整えられた髭を生やした、中年の学者のような男性でした。

身なりは整っていますが、その瞳には冷たい光が宿っています。

「…まさか、これほどの使い手がいるとは想定外でしたね。」


わたくしは、コピシュを構えながら問いただします。

「あなたが、これを仕掛けたのですか?」

「…さぁ?どうですかね。」


男ははぐらかしますが、その余裕の態度が答えそのものです。

わたくしは会話で時間を稼ぎながら、左目に意識を集中させました。

(正体を暴いて差し上げますわ——【真理解析ルミナスアナライズ】!)


青白い光が男を捉え——


バチッ!

「ぐっ…!?」


視界にノイズが走り、左目に焼けるような痛みが走りました。


[対象:???(解析失敗)]


(っ!なぜ!?解析が…通じない!?)

初めての事態に、わたくしの思考が一瞬停止しかけました。


『《狼狽えるな馬鹿者!》』

先生の一喝が、わたくしを現実に引き戻します。

『《恐らくは奴のスキルか装備が、認識阻害系なのだろう!奴の情報が見えんだけで、発動しようとしている魔術の兆候や、筋肉の動きは問題なく視える!予測戦闘は可能だ!》』


(…っ!す、すみません先生。ありがとうございます!)

先生がいなければ、動揺して隙を晒すところでした。


お互いに次の一手を探り合う、ヒリつくような硬直状態。

やがて、男は、つまらなそうに肩をすくめました。


「やれやれ…面倒なことになりました。私としてはこのまま放っておくわけにもいかないのですが…少々、分が悪そうだ。」

男の視線が、わたくしの左目——光るモノクルを一瞬だけ見た気がしました。


「君たちは、これとでも遊んでくれたまえ。」

男が指を鳴らすと、地面が隆起し始めます。

ズズズ…ゴゴゴゴ…。

男の足元から、土と岩で構成された、人の大きさくらいのゴーレムが起き上がってきます。


「待ちなさい!あなたは一体…!」

わたくしが叫びますが、男は背を向け、森の闇へと溶け込もうとしていました。


「今はまだ…名乗るほどの者ではありませんよ。」


男はそこで足を止め、振り返ることなく、背中越しにこう続けました。


「いずれまたお会いしましょう——"アルクライドのお嬢様"。」


ドクン。


心臓を、直接鷲掴みにされたような衝撃。

わたくしの思考が、真っ白になりました。


(…え?)


それは、わたくしが捨てたはずの。

そして、一番聞きたくなかった、過去を縛る呪いの言葉でした。

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