32 死にたくない
優希の発する無秩序な暴言は、三分近くも続いていた。
体感的には数時間にも思えるしんどさだが、晃は黙って受け止める。
「お前が死ねよっ! 死ね死ね死ね死ね死ねっ! 何とか言えよ晃ぁ! だからさぁ、何か言えって言ってんでしょうがぁ! 黙ってないでさぁ!」
エンドレスに罵倒され、胃が抉られるように痛む。
だけど何を言っても無意味だし、相手をますます逆上させるだけ。
そう考えて無言を貫いていると、優希が不意に言葉を切った。
どうしたのかと見れば、顔色が真っ白になっていて、両目には怯えが滲んでいる。
正気に戻った――というか、怒りを恐れが上回ってしまったようだ。
「……ねぇ、何か言ってよ」
「ごめん……ホントに、ごめん」
「いやゴメンとか、そういうんじゃなくて……もっとこう、あるでしょ?」
「……ごめん、優希さん」
どう取り繕っても、いくら言葉を飾っても、何の意味もない。
それを自覚している晃は、シンプルな謝罪の言葉だけを繰り返す。
やがて腰が抜けたような動作で、優希がペタンと床に座り込む。
どんなに抗議しても運命が変えられない、と悟ってしまったのか。
「マジで、マジ何なのこれぇ……ありえないって、ホントにこんな……こんなのおかしいじゃんって……ねぇ」
優希はブツブツ言いながら、獅子舞めいたダイナミックな動きで首を振る。
自分に降りかかろうとする理不尽に対し、全身で拒絶しているのかようだ。
「いきなり呼び出されたと思ったら、やりたくもない肝試しに付き合わされて……散々ヒドい目に遭わされて、そんでもってここで死ぬ? 殺される? 何それっ!? ぜんっぜん意味わかんない! ……だから、ねぇ佳織」
名前を呼ばれ、ビクッと肩を揺らして佳織が顔を上げる。
上げはしたが、優希の方は頑なに見ようとしない。
何度呼んでも応じない友人に対し、優希は床をバンバン踏み蹴りながら言う。
「替わって……私と替わってよ! ねぇ! 自分でも言ってたけどさ、何もかもアンタの馬鹿なカレシのせいじゃん、今日のこれ全部っ! なのに、なのにさぁ、どうして私なの! 替わってよ! そんで死ねよ! くぁっ、わぁあ、れぇええええええええええええええええええええっ!」
優希は高音で怒鳴り散らすが、佳織は答えようとしない。
無言で涙を流し、激しくしゃくりあげている。
「泣いてんじゃないよっ! そんな嘘泣きはいらねんだよっ、カマトトぶってんじゃねぇよクソアマッ! 替われって言ってんでしょ! なぁああああああっ!?」
「ユキ……もう、もうやめて……」
「はぁああああああっ!? やめろって!? 黙って死んでろっての!? だからぁ、アンタが代わりに死んでってさぁ! さっきから言ってんじゃん!」
優希の怒涛のキレっぷりは止まらない。
諦めて受け入れたら、そこで殺されるのは確定してしまう。
だから、どこまでも悪足掻きをするのはわかる――わかるんだが、見るに堪えない。
呪いの言葉を吐き散らす優希の姿に、晃は窒息しそうな気分だ。
内輪揉めを見物しているクロとリョウが、心の底から楽しげにニヤニヤしてのも猛烈に不愉快だった。
「じゃあもう、玲次くんでもいいや。クッソ馬鹿な兄貴の罪滅ぼしにさぁ、死んでよ……ね? 私じゃなくて、あんたでいいじゃん。馬鹿の遺伝子は共有してるんだからさ、サクッと死んじゃってよ」
冷静になったのか、或いはキレ具合が更に一歩先に進んだのか。
優希の声がトーンダウンする――が、内容は激烈なままだ。
思考停止しているのか、或いは既に優希を死人と認識しているのか。
玲次は能面っぽい無表情のまま、何も答えようとはしない。
効果がないので諦めたか、今度は慶太へと矛先を向けた。
「じゃあやっぱり、慶太さんにお願いするしかないじゃん……さっき、替わるって言ってたし、いいでしょ? そもそも、そもそもだよ? おかしいじゃない、私が選ばれるとか。悪いのはアンタなんだし。廃墟で肝試しとかさ、そんな馬鹿なこと考えなきゃ、こんなことになってないし。だから、ね? 死んで?」
「ユ、ユキちゃん……」
それが当然だ、くらいのテンションで「死ね」と言ってくる優希。
身代わり上等だったハズの慶太も、顔を顰めてドン引きしている。
晃も居た堪れなさを高めていると、フッと首を回した優希と目が合う。
「ホラホラ、晃くん……私じゃなくて慶太さんにするって言ってよ。ねぇ、死ぬのは私じゃなくて、慶太にしましたって。言え。言えよ……言いなさい! ねぇ!? 言えってんでしょぉおおおおおおおおっがっ! シカトしてんなよ、ぅおいっ!」
語尾が震えてきたと思ったら、唐突に金切り声へと転じる。
命が懸かっていると、人間はここまで豹変できるのか。
鼓膜に刺さる絶叫を受け止めながら、晃は変な具合に感心していた。
ここまでの醜態を晒させてしまったのは、心が痛むが――
俺を指名しろ、と言いたげな慶太の視線にも気付いている。
だが晃は選択を変えず、小さく頭を振って拒絶のサインを示す。
「さて、ユキちゃんの熱烈にも程があるアピールタイム、一段落したみたいだけどさ。アキラくんの答えは変わってないのかにゃ~?」
フザケた調子でリョウに訊かれ、晃はしばらく間を置いてから頷く。
別に迷ったわけではなく、迷わず即答したのがバレたくなかったから。
こんな状況に至っても、まだ「いい人」っぽく演じようとしている。
そんな自分に、ちょっとどころじゃなくウンザリする晃だった。
「ファイナルアンサー?」
「ファ――」
無駄に渋がった口調でクロに問われ、思わず乗りそうになる晃。
しかし、ギリギリのところで凌いで、首を縦に振った。
「では霜山さん、お願いします」
「しまぁーす」
リョウとクロがそう言いながら、霜山の左右を固める位置に移動する。
室内で進行する状況を黙って見物していた霜山は、ゆったりとした動作で椅子から腰を上げた。
優希を中心に繰り広げられた、感情を剥き出しにした口論に呆れての冷笑か、それとも興奮しているのか、口の端が上がっているような。
「ふぅう、ぅん……」
ねっとりとした溜息を吐きながら、霜山が二歩ほど前に出た。
晃が、優希が、慶太が、佳織が、玲次が、この場を支配する男を凝視する。
その表情は愉悦を通り越して、もはや恍惚に近い。
オーバーサイズのパンツなので定かじゃないが、勃起しているようにも見える。
サディストにとっては、今こそが最高の瞬間なのかもしれない――
晃は気色悪さに歯噛みしつつ、キモさ絶好調の霜山の言葉を待つ。
「……これが、最後の確認だけど」




