幕間 ― 黒羽部隊・疑念の夜 ―
―“正義”の中に潜むほころび―
「優奈、少し話がある。作戦室まで来てくれ」
夕方、帰投した直後。
副隊長・冬馬が無表情にそう告げた。
他の隊員たちは、誰も目を合わせようとしない。
重苦しい沈黙の中、優奈は静かに頷いた。
作戦室。扉が閉まる音が響く。
中には冬馬の他、情報分析班のカナエ、そして医務班のフェンリルの姿があった。
「座れ」
そう言われ、優奈は椅子に腰を下ろす。
重たい空気が、皮膚を這うように感じられる。
「……これは何だと思う?」
冬馬が無造作に投げたのは、戦闘記録のホログラム映像。
それは——優奈とルドの接触現場を遠くから捉えた、ドローン映像だった。
「“敵と接触したが、発見できなかった”と報告していたな。
だが、この映像を見る限り——お前は明らかに“敵と話していた”」
優奈の指が、わずかに震える。
カナエが冷たい口調で続ける。
「しかもその後、敵は逃走。追撃報告も無し。
それだけならまだしも、あんたが使った魔法……あれは“人間の持つものじゃない”。」
フェンリルが、彼女の胸元を指す。
「君は、魔力中枢の検査をずっと拒否してるな。
“黒羽部隊”の正式隊員で、唯一だ。理由を聞かせてくれるか?」
優奈は口を開かない。
言えば、すべてが終わる。
だが、黙っていても——それは変わらない。
冬馬の声が低くなる。
「俺たちは“復讐”のためにこの部隊にいるわけじゃない。
この世界に脅威を残さないために、戦っている。
……もしお前が、悪魔と通じているなら——裏切り者だ」
その言葉は、胸に突き刺さるナイフだった。
優奈は、視線を落とし、静かに息を吸った。
「……私が使っているのは、“レギオス”という悪魔の力。
彼は……自らの心臓を私に託した。“この世界を変えてほしい”と」
三人は、言葉を失った。
優奈は、それ以上の弁解をしなかった。
ただ、真っ直ぐに彼らを見返した。
「私は、敵の中にも言葉を持つ者がいることを知っている。
あの時、ルド・グライアを殺すことはできた。でも……しなかった。
それが“裏切り”だというなら、処分を受けます」
フェンリルが椅子から立ち上がった。
「本当に……お前は、悪魔の力を宿してるのか?」
「ええ」
「……どうして言わなかった」
「言えるはずがない。——この部隊に、そんなことを話せる空気はなかったから」
冬馬は、ずっと目を伏せたままだった。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……このことは、まだ上には報告していない。
お前に“処分”を下すかどうかは、今夜中に決める」
「……はい」
「部屋から出るな。以上だ」
優奈は立ち上がり、ドアに向かった。
その背中に、カナエがぽつりと言った。
「……悪魔の力で、誰を救いたかったの?」
優奈は、振り向かずに答えた。
「——全部の命。たとえそれが、人間じゃなくても」
そして、静かに扉を閉じた。