第四章:静寂の研究棟
― 真実は、静かに眠っていた ―
拓也とエリシアは、雨を避けるために、山奥にひっそりと残る古びた軍施設に立ち寄っていた。
正式な地図には載っていないが、かつて「対悪魔戦略研究所」と呼ばれていた場所だという。
「……見たところ、誰もいない。少なくとも、今はな」
エリシアは無言で頷き、警戒を解かずに周囲を見渡していた。
拓也は傘代わりに羽織っていた外套を脱ぎ、崩れかけたロビーに足を踏み入れる。
古びた床、粉々に砕けたモニター、そして焼け焦げた壁。
しかし——建物の奥にはまだ電力が通っている区画があった。
まるで、何かを守るように。
「……妙だな。あれだけ破壊されてるのに、セキュリティが生きてる」
拓也は壁のパネルを手動でこじ開け、非常用端末にアクセスした。
すると、隠されたファイル群が浮かび上がる。
【PROJECT CODE:Immortalis/不死計画】
アクセス認証:LV3軍事機密
状態:完了済み(一部継続)
「イモルターリス……不死計画?」
拓也は思わず読み上げた。
中には、驚くべき記録が並んでいた。
⸻
【抜粋ログ】
― 悪魔の心臓には、「固有魔力因子(E.S.F)」が存在する。
― 摂取者の中枢神経と同調させることで、その魔法スキルを使用可能にする。
― 実験成功例:16件(D級〜A級)
― 特筆例:「Y.U」症例:被提供者の同意あり。魔力安定率98%。
― 老化抑制/再生能力の兆候あり。
― スキル名:蒼時ノ眼
※研究の継続には高ランク悪魔の確保が必要。
※対象悪魔は全例死亡。自発提供例は“例外中の例外”である。
⸻
拓也の心臓が、ズキリと痛むような感覚に襲われた。
「……人間が、悪魔の“心臓”を食って……スキルを使う……?」
そこには、はっきりと記録されていた。
まるで家畜のように扱われる悪魔たち。
取り出された臓器と、それを移植された兵士。
そして、そのスキルを“正義の武器”として用いる国家。
「これが……正義かよ」
拓也の中にある“正義”が、少しずつ崩れ落ちていく音がした。
そして、そこには決して見過ごせない一文があった。
Y.U症例
固有スキル:蒼時ノ眼(時間干渉型スキル)
悪魔との自発的契約による心臓の継承。
記録映像アーカイブコード:YUNA-Ω01
「……優奈……?」
思わずその名を口にした瞬間、拓也の胸に冷たい感情が走る。
優奈は、大切な妹であり、今は考えの違いから距離を置く存在。
だが、まさか——彼女が、悪魔の力をその身に宿していたとは。
しかも、自ら望んで?
「……なにが、起きてるんだよ……優奈。お前、一人で……」
拓也はファイルを消さずに閉じ、データを複製した。
この事実は、何者かによって消される可能性がある。
そして、静かに立ち上がる。
後ろではエリシアが、黙って彼の表情を見つめていた。
「……わかった?」
「……ああ。ようやく、全部が少しずつ繋がってきた気がする。
でもそれと同時に、何が“敵”で何が“味方”なのか、分からなくなった」
「それでいいのよ、拓也。疑うところからしか、“本当”は見えてこない」
外では、雨が上がっていた。
二人は黙って歩き出す。
今、その足取りには迷いが混じり始めていた——かつてなかったほどに。




