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5.留学生、暴走


 俺が獣化した日、あいつの方でもやりたかった事の結果が実を結んだようだった。他の生徒たちが特待生の話題で持ち切りな中、俺は一度もあいつの顔を見なかった。まあ、そんな大きな成果を出せば当然忙しくなる。エマが以前から騎士科の一部の生徒達と行ってきた事が一定の結果を残し、今後はさらに騎士科全体で取り組んでいくと聞いた。これであの侍女姿の護衛が知りたかった事は形になったわけだ。そろそろ留学生共も帰国に向けて忙しくなるだろう。

 それから数日、今日は学園の全生徒、職員に昼から講堂へ集まるよう朝から連絡があった。祝典の内容までは周知されなかったが、大方留学生の帰国かエマ関連か。その時間まで俺は中庭で一人静かに鍛錬を続けていた。不思議と今まで心の中心にあった焦りはなく、あいつに会えない状態でも冷静でいられた。今の自分では頼りにならないと、そうハッキリしたせいかも知れない。だがそれによって、自分の今やるべき事が明確になったと思う。

 なぜ今まで出来なかったのか不思議なくらいに獣化は自然と行えるようになった。その状態ならばいとも簡単に普段の力量以上の力を出せはするが、それだけじゃ意味がない。俺はこれからさらに強くなれる。ならなきゃ隣になんて並べるわけがない。


 そろそろ時間か、と脱いでいたローブを手に講堂の方向へと向かう途中、学園内の違和感を感じ歩きながら周りへと視線を動かす。なんだ?生徒の姿がない。その上静かすぎる。......まさか集合時間を間違えた、か?

 と、そのタイミングで後ろからよく知る声がした。


「おおサイレス!講堂へ向かう前に、これをやろうと思って探していたんだ」


 そう言うと同時に投げられた本を振り向きざまに受け取った瞬間、脳が揺れたかのような衝撃に襲われる。一気に文字が脳へと強制的に流れ込み、ようやく止んだと思い目を開ければ地面に膝をついた状態でいた。......今のは、一体。呪術、なのか?

 そんな俺の状態を予想していたのか、動じることなく「獣化の祝いだ」と笑うローデリック。「普通はサイレスのようになるはずだが、エマ嬢は動じることなく受け取っていたのはやはり不発だったか?」とか言葉が続いているが、今の頭ではうまく理解できない。


「初めてだと情報の整理に戸惑うかもしれんが、これでも必要量に留めたからすぐに落ち着くだろう」


 混乱する俺にかまわずローデリックの口は止まらない。

 いわく、俺は考えが固いそうだ。呪術だろうが魔術だろうが、その根本はさして変わらないらしい。ローデリックは新しい術を思いつくのは大抵の場合、術の常識や当然の流れといった固い考えの向こう側で行っていると言う。


 呪術が術士に制御できる限界までしか影響を与えられないのであれば、その限界を超える影響の反動こそ、呪いとして自分にもかければいい、と。


「だがあくまでもこれは私の考えだ。今頭に流した呪術の構成は私にはまだ不可能なようだから、特別に呪術専門のお前にやろう。出来たかどうかだけの報告でもいい、待っているぞ」

「......どーも」




「仲良く集まって、なんのお話ですか?」



 そう笑顔で声をかけてきた方へと顔を向ければ、そこには留学生の姿のみ。

 いつも傍に控えているはずの侍女姿のあいつが見当たらない事に、なぜか嫌な予感がした。それを裏付けるかのように一人で話し続けるのは、こちらに会話を求めているとは到底思えないような内容だった。


「集合時間を過ぎてます、遅刻ですよ皆さん?せっかく一か所に集める機会だったのに、まだ来てない生徒がいたなんて面倒な事しないで欲しかったな。まあそういう事もあるか。サイレス君は彼女と仲が良かったし、一言くらい言っておくのも必要だよね。

 エマ嬢、僕の国に貰ってもいいかな?抵抗するならしてもいいよ。僕は今日で全ての調べものも済んだし、ここで学ぶ事も無くなった。周りに誰もいないのはもう全員拘束済みだからだよ。ここって優秀な人が多いよね。貴族はさすがに駄目だと思うけど、平民ならいいかな?国の命令もあるし、何人か連れて帰ろうかと思ってたんだ。でもこの学園は防衛の要にもなってるし邪魔だから、すぐ機能しないように、少し破壊して国に帰らせてもらうつもりなんだ。コレで、ね」


 そう言った留学生の背後の影が伸び、その中から現れた白く巨大な球状の物。パキパキと音を鳴らしながら骨の羽が開き、頭と尾が内側から外へと開いていくにつれ、見えてきたその姿は国境で見たドラゴンと同じものだった。


「ふむ。それは看過できない問題だな。サイレスよ、どこかにいる生徒及び職員は私達に任せろ。お前はこの問題児を任せたいんだが可能か?」

「あいつは、俺が探した方が早いだろ」

「その通りだな。しかしここにいないあの侍女殿が一緒の可能性がある。人質になっている場合そちらを疎かにもできん。そもそも私達ではこれの相手は無理だ」

「恐らく術を何一つ通さない可能性が高いね。僕ら魔術士との相性が悪すぎるよ」

「ここにいるお前にしか出来ない相手だ、頼みたい」

「......分かった。ならあいつの事も、頼む」


 いつも通り笑っているローデリックと侍従が「りょーかい、任せて」とそれは楽しそうに打合せしつつ駆けていく。基本的にあいつら、中身が似たもの同士なんだろう。


「話し合いは終わったみたいだね。それで?君は僕の足止めでもするのかな?エマ嬢がいないのに一人で何分相手をするのか見せてくれるの、楽しみだな」


 暗に相手にならない、と言われ馬鹿にされた。実際呪術のみでは歯が立たない相手だ。打撃、剣撃も素直に効きそうにない。それこそローデリックや侍従も残った上にエマがいれば国境の時と同様、なんとか無力化出来るかもしれないが、今回は自分ひとり。目の前の留学生が余裕をもつのは当然だろう。見上げれば記憶の中のドラゴンよりも少し小さいだろうか?それでも前回の失敗を踏まえてさらに強化を重ねているのは明白。だが、俺は正直感謝していた。獣化がどこまで通用するのか、一人でどこまでやれるのか、学園にいて全力で試せる機会は多く無い。


「礼を言う、留学生。お前のおかげで俺はまた前に進める。あいつの横に立てる。今度は俺一人で、こいつを止めて見せる」

「......あはっ、馬鹿な事言うなよ......っふざけた事言うなよ!? お前なんかに、僕の傑作を止められてたまるかよっ!前回の事はあの女の功績で、解呪できたのなんてお膳立てだ、そうだろう!?」

「そうだな、確かにそうだ」

「っ......認めるのか? 本当に情けないな!僕は違うっ!!言っておくが今度は絶対に解けないぞ、何度も何度も呪術をかけて複雑に混ぜたんだ、お前に同じ物が作れるか!?ここまでやったらもう僕にだって解けないのに!ただの呪術士に止められるわけないだろう!!」


「......ああ、同じ物は俺には作れないだろう。だが」


 コツコツと靴音を鳴らしながら相手に近付いていく。そうしながら頭の中に浮かんでいたのは前回足止めをしてくれた彼女の姿だった。


「どうしても解けない呪いを解こうとした経験なら、お前には絶対負けない」


 相手の攻撃は魔道具で完璧に防ぎ、輝かんばかりの魔術を繰り出し、怯んだ隙に物理攻撃で強制的に動けなくしていた手際の良さ。何を思い返しても美しかった印象しかないが、ここで真似をするのは強制的に動けなくするその方法だ。あいつのように使える魔術も魔道具も何も無くとも、自分の持つその力を最大限に発揮させるだけ。


 良く見とけよ?本気を出した獣人の脚力、目で追えるんなら。



 手に持っていたローブを頭から素早く被り、一気に間合いを詰めつつ念のために適当な呪術をぶつけ、手当たり次第に剣を突き立てるが手ごたえがまるで無い。自分で最高傑作と言うだけの事はあるのだろう。前回の国境での戦闘から当然学んだようで、物理に強く抵抗力を持っているようだ。ならばその抵抗力をゼロにすべく可能な限り弱点となる一か所に攻撃を入れていき、解呪も同時にかける。攻撃の手を休める事無く最初から全力でいく。

 ザワザワとまた血が熱くなっていくのを感じながら意識して獣化へ移行し、この馬鹿でかい骨の脆い場所を探していく。下半身には攻撃が通らないなら上半身へ、背後から首へ、そして頭部へ流れるように移動すれば、頭だけは嫌がるように、防御の姿勢と抵抗を見せたため一旦距離を置く。額には紅い輝きを放つ、特大の宝石が埋め込まれている。あれは前回国境で見たドラゴンには無かったな、と自分の記憶を確認していると、離れた場所にいたはずのアホ王子がキャンキャン吠え始める。


「......なんだよ、何するんだよ!?なんで呪術士がそんな攻撃できるんだよっ!?」

「んなもん、呪術士の前に産まれた時から獣人だからに決まってる」


 そう言った所でどうせ聞こえないだろうが、少しばかり焦りを滲ませる声にやはりここが弱点か、と狙いを定める。

 そうして一番高い位置にある額の宝石(いし)へと肩から伝って飛びかかった瞬間、待ち構えていたかのようにこちらを向いたドラゴンから強力なブレスが放たれる。とっさに空中で衝撃に耐える姿勢を取れば、そのまま学園の建物まで吹き飛ばされた。あいつの嫌な高笑いと、ドゴォォンという大きな音が周囲へ反響するが、ふと違和感を覚えて目を開ける。

 痛みが、ない。それどころか見下ろした体のどこにも怪我を負っていない。手に持っていた剣やローブは確かにボロボロになっているのに。


 まさか、と思い首からかけていたものを見れば、青い石が粉々に砕けてもはや原型を留めていない、エマから貰ったお守りだったものがそこにあった。

 じゃあ、あの大きな音は......?と思い左右を見渡しても、ブレスが当たったはずが瓦礫どころかヒビすら見当たらない美しい姿を保ったままの建物しかない。ここ、は......そうだ、学園に所属する教員達の部屋がある建物だ。最近改築され、あいつが更に改良点を見つけたと話していたのを思い出す。呪術返士クラスの生徒達によって強化され、集団の力は凄いのだと自分の事のように喜び、自慢していた、あの。

 あの時なんと言っていただろうか。確か......


「あーっはははっ!はっは......ハァアアア!?っわぁあああ!!」


 今までの嫌な笑いを引っ込めて余裕なく叫ぶ王子の方へと、ドラゴンが上体を崩して倒れ大きな音を立てる。本人も身に着けていた魔道具でも発動したのだろう、涙目で土煙の中から這い出してきたが無傷のようだった。

 倒れた原因を見ればドラゴンの片足は粉々になっており、簡単に起き上がれない程の損傷具合なのが見てとれる。

 自分が聞いたあの音は、ドラゴンが吐いたブレスが建物に反射した事で、自身の足元を吹き飛ばした音だったと理解すると同時に飛び起きて駆け寄る。まずはこの好機に脆くなった片足へ解呪を飛ばせば確かな感触があった。まだ動きを止めるには足りないが、畳みかけるならば今しかない。

 さすがにアホ王子もこのままではマズいと思ったのだろう。慌ててドラゴンを空へと羽ばたかせ、上空からの攻撃を命令したようだった。が、


「おっせぇ、んだよ!」


 地面に程近い場所に残っていた尾を掴んで、その体重を何倍にもする呪術を骨に直接流し込む。鎖のように白い骨を這うようにして呪術が巡ると、その負荷に耐えられなくなったのだろう、所々で割れる高い音があちこちから鳴っている。いくら骨になろうがこのデカさだ、それ以上は飛び上がれず空をもがくように体をくねらせていたが、とうとう耐え切れずに高度が落ち地面に叩きつけられ、骨の嫌な音が周囲に響いた。

 立ちこめる土煙の中、今度はうまくいったと考えていると悲痛な声が周囲に響く。


「わああ!!なんで、なんで!?なんで呪術がかかるの!?肉体が無いから......?いや違う、さっきの反射されたブレスに何か?ああ、あああ!!うそよ、こんなに脆いなんてそんなはず......!お前、何をした!?本来なら呪術なんてこれ以上かかりようが無いんだ、そんな隙間が残らない位にまで重ねてかけたんだ、そんな我が国でも()()()()()()()がっ!!こんな国にあるはず、ないのに......!!」

「うるせえ。そんなに教えて欲しいならローデリックに言え」


 破壊され小さくなったパーツの一つを投げつける。

 「っぎゃ!!」と小さく悲鳴が聞こえるとようやく静かになり、さらに集中してその作業速度を上げて行く。掴んだ尾を握り潰し力任せに引っ張り、下半身が終われば腹を、飛べないようにその翼を、順に破壊していく。骨なぶん、関節一つに集中すれば部位ごとに切り離すのは簡単だった。あいつもあの時こんな気分だったんだろうか。


 複雑に絡み合った糸の塊(呪術)は、綻びさえあれば手はある。こうして切ってしえば簡単に綻びは大きくなりほどけていく。切った後元に戻すつもりであれば中々出来ない方法ではあるが、こんな迷惑な存在ならば小さくした所で困る事はないしな、と気にせず進めていく。

 だがこいつが肉体を纏っていれば、どうなっていただろう?本来であれば何もかもを跳ね返すはずの鱗を纏う、最強といわれる生物の頂点。その鱗が無い状態は確かに術はかかりやすく、だからこそ複雑に練る事も可能だったのだろう。そう、アホ王子が呪術をかける事にこだわったからこそ勝機があった。術自体には強い抵抗力があったはずが、反射した自身のブレスを浴びるような考えが無かったのだろう。あいつのお守りと、クラスメイト達の()()()()()()()()()()に救われた。そう考えながら殴って、きざんで、骨の隙間に解呪を突っ込んでいき、最後はその横っ面をぶん殴ってやった。力業が性に合ってるなんて知らなかったが、結構スッキリするもんだな。

 最後の抵抗だろう、始めのものとは違い威力が衰えたブレスを正面から浴びながらも、殴った勢いそのまま額へ降り立ち、宝石へと手を伸ばす。


「......解呪」


 そうして輝きを失った紅い宝石は瞬時に黒くなり、長い首が力を失いゆっくりと落ちて派手に砕ける。一つ一つの呪術を解呪していけば、ただ粉々の骨だけがその場に残りカラカラと乾いた音を立てて転がるだけ。

 さすがにあいつみたく全くの無傷でという訳にはいかなかったが、なんとか暴走は止められたと息をつく。体力は底を尽きこれ以上はもうどうやっても呪術一つ唱える事は出来そうにないほど魔力も空になっているのが分かる。


 だがもういい、やっと終わった。地面に四肢を投げ出し仰向けになると、ようやく達成感を感じる事が出来た。......俺にも、なんとか出来た。あいつと同じことが。


 そうして全部終わった静かな場所へと、よく知る足音を耳が拾う。視線を動かしてかすむ目を凝らせばエマが見えた。駆け寄ってくる姿に怪我が無さそうだと確認しつつゆっくり立ち上がり、口を開きかけた。が、勢いそのまま腕の中に飛び込んできて、しがみつかれるという初めての行動に驚いて言葉が出てこない。怖かったのか、安心したのか、エマから香る感情は複雑に混ざっている上に興奮して、って......興奮?


「すごい、すごすぎです、語彙が一周回って単調になるほどすごいです!自分であのドラゴンに加重をかける呪術作ってましたよね、反動はマイナスの効果ではなく自身の体重軽減なんて頭良すぎます、なんですかあの身のこなし最高にかっこいい、ああどうして私は先にカメラを魔道具で作らなかったのか、あの雄姿は永久保存ものでしたしかも獣化までして艶々の毛並みとしなやかな動きで最高を軽々と越えてましたね!もう言い表す表現が自分の中から見つけられません、もふもふのサイレスなんて最早その存在が生きていてくれてありがとうとしか、やだもうこれ以上惚れさせてどうするんですか!?出会えた事を誰に感謝すれば!?課金するにはどこに振り込めばいいですか!!?理想が、服を着て、目の前にっ!!!」


「どっから見てたお前」





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― 新着の感想 ―
[一言] 前作も大変良かったのですが、今作のサイレスのモダモダとガルガルが、想像以上に素晴らしい!未熟な獣人男子の萌えポイントは、全てサイレスが網羅してくれました! ありがとうございます!
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