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4.仲違いと獣化



 「......最近は何に悩んでるんだ?」


 悪態をつきながらも稽古を続ける事一週間。もともと忙しいエマと、自己鍛錬に力を入れる俺では時間が合わない事も増えていた。互いに多忙な中でも会う時間を決めて顔を合わせていたその日、俺は会うなりそう口にしていた。

 どこか最近様子がおかしい事には気が付いていたが、俺に何も言わないのは気付かれたくないから、か?そんな事を考えながら今日までは様子を見ていた。その内相談してくるだろうか。それとも自力で解決してしまうか。......それはそれで寂しいと感じるから言うつもりはないが、もしそうならと考えるとその場合、自分の存在はなんなのだろう。

 いつまでも俺が一人考えていたって仕方ないと開き直り直接本人に聞けば、返ってきたのは「悩みですか?いえ、特に?」というそっけない答え。


「......は?」


 今こいつ、俺が踏み込んで来るのを拒絶した、のか?

嘘だろ?俺が側にいるのにどこか思いつめたような顔をしておきながら?

なんだか嫌な焦りが胸いっぱいに広がるのを感じる。聞けばすぐに答えてくれると、そう信じて疑いもしなかった......まさか、相談すらされないとは思わず一瞬反応が遅れる。


 信じられなくて思わず食い下がる。俺には言えない事なのか?そんなに俺は、頼りにならない、か?

こいつが何を考えているかなんていつも全部分かってるなんて事は当然ない。それでも気にはならなかった。でも今は言いようのない焦りが口から出る際には苛立ちを含んで飛び出していく。


「......本当か?だったらなんで1日中難しい顔してんだ?前は寝不足でも同時進行で物事を進めてても楽しそうだったろ」

「顔に、出てましたか?......でもこの件は言った所で解決は難しい事なんです。ですから助けも必要だと思っていません」

「オイ待て、何だよそれ」

「私なら一人でも対応できますし、それで問題ありませんから」


 ......なんでこっち見ねぇの?


 思わず伸ばした手を厭うように払われ、一瞬思考が停止する。目の前には同じように驚いた顔をして固まる姿。ようやくこちらを見たと思えばまたすぐに逸らされ、あげくに「悩んでいるとしても私自身の問題です」とまで言われる始末。


 無性に腹が立った。

 ここまでかたくなに拒絶されて、俺が平常心でいられるわけがない。現に頭の中は苛立ちで沸騰しそうになっており、これ以上ここにいれば不用意な言葉でこいつを傷つける恐れすらある。一旦落ち着く為に意識的に大きく息を吐き「そうかよ」と言って背を向ける。とにかく頭を冷やさない事には平行線だと思った俺は、苦々しい気分で歩き出した。

 直後、小さくても背中にむかって呼び止める声がしたから足を止めたというのに、こいつが気にする所はまったく関係ない方向で。今度こそため息が出た。


「サイレスっ、......今日の放課後も、あの、留学生の侍女さんのところへ?」

「......ああ、約束してるからな」


 約束しているのは嘘じゃない。だが正直そんな気分でもない。......いや、こんな気分の時だからこそ逆に動いた方がいいだろうか。

 相談すらされない、その事実に寂しく思っていた事すら忘れる程の感情をため息と共に吐き出すと、もやもやとした気分を振り切るようにその場を離れた。




「遅いじゃない。私だって暇なわけじゃないんだから時間は守っていただけないかしら......って、なによシケた面して辛気臭い」


 口論を重ねた末、どこか余所行きの話し方からすっかり砕けた口調になった侍女服の護衛。俺の姿を認めてすぐケンカ売ってくるのは素だろう。


「うっせえよカマ野郎黙ってろ」

「......なんですって?親切で教えてあげるけど、美しい侍女姿の私にそれは褒め言葉じゃない上にこんなに完璧な着こなしと剣捌きの淑女は他にいないわよ?」

「チッ、いいから構えろ」

「聞いてないわね......ねえ、本当に何があったんだか知らないけれど。私と剣を交えるのに半端な事したら容赦なく刺すわよ」



 そう言って相手が剣を抜き、構えるその一瞬の内に一歩踏み出す。

 上から振り下ろされるはずだった剣が軌道を変え、真横から首を狙って迫るのを踏みとどまってやり過ごすと、誘われているかのような右脇が目に入る。だが足はしっかりとこちらに向け踏み込まれており、間合いを取ったまま姿勢を低くして足元を狙う。

 軸足を狙っていると見せかければすぐに反応した手元が、剣の軌道を変えて再度首へと迫る。ここでいつもなら飛びのき間合いを取るが、今日はあえて初めから狙っていた右脇へと体の下から剣を振りぬく。

 イライラとした感情は消えなかったが、手合わせ中はいつも冷静に立ち回っていた自覚はあった。それなのに。

 相手の空いた右脇へと自分の剣が届く前に、左手に持ち替えられた剣で軽く弾かれ舌打ちが漏れる。やはり利き腕に頼るより両手を使える方が強いか。それとも慣れた方を極めるのが先か。筋が良いとお世辞にも褒められはしても、どう動こうが相変わらず何一つ届かない。


 あいつと、同じ



「考え事?余裕ね」


 そう聞こえた時には足を払われ体が浮き、力一杯顔面を強打されて後頭部から地面に落ちていた。

 刺すとか言いながらコイツ、今思いっきり殴ったなクソ。

 そう悪態をつきながら痛む頭にしばらくの間動けなくなっていると、フゥ、と芝居がかった様子でこちらを見下ろし、一つに結んでいた髪紐をほどく姿が目に入る。


「やる気が無いならやめにしましょ」


 そう言って剣を鞘へ戻す姿を見ながら起き上がり、痛みを訴えズキズキとする強打した後頭部に手を当てる。


 体を動かせば多少は気がまぎれるかと思っていた。それでも手合わせの間は集中していたハズが一瞬意識をよそに向けた事に気が付かれた。

 情けない。弱い自分が情けなくて......今日はずっとイライラしてしょうがない。ああ、頭がいてぇなぁ。

 

 頭のどこかで何かが切れた音がした。完全に頭に血が上っていた。


 ズキズキ痛むどころでは無くグツグツと煮えくり返る苛立ちに頭がいっぱいになるのを感じる。

 なぜこんなにイライラしているかって、元々邪魔してくるこいつらに我慢の限界が来ていたのもある。それ以上に腹が立つのはエマのせいだ。さっきのはなんだ?俺には関係ない?自分一人で何とでもなる?お前より弱い俺が横にいたって役に立たないから、相談する必要もないのか。......ああ、最悪だなこの思考。

 只の呪術士の俺に出来る事が無いような難題だとしても、言ってほしかった。あれじゃ隣にいる事すら必要ないと言われているようで腹立たしさはまったく収まらない。正直言うと溢れる魔力で手当たり次第に呪術をまき散らし、思いっきり周囲にぶちまけて八つ当たりしたい位だ。この学園の生徒として規則に従いやりはしないが、次第に全身に流れる血が熱く感じられ、走り出したい衝動に駆られ始める。ああイライラする。目の前に立つ魔力の使えないこいつにすら負ける、自分の弱さを突き付けられる事にすらいつものように冷静でいられない。叫びだしてしまいそうな自分を自覚してゆっくりと立ち上がる。とにかく動かなければ、発散しなければ危険だと、焦りのようなものが自分を追い立てる。

 手合わせにならず立ち去ろうとしていた背中が、足を止めて驚愕の表情で振り向き何やらわめいている。


「......ちょ、ちょっと待っ、な、何をそんなに......え、ねえその姿、まさか獣化できるなんて報告はきいてな、っぅ!!」

「......集中してなくて悪かったよ。今度は真面目にやるからもうちょい付き合え」


 刃と刃の交わる音とは思えない重さを含んだ鈍い音が周囲に響く。相手の返事も待たずにそう言うやいなや次から次に切りかかると、普段との自分の違いにはすぐに気が付いた。頭であれこれ考えるよりも先に自然と体が動く。なんだかいつもよりコイツの動きもよく見える上に沸騰しそうな体の熱の割に不思議と体はすこぶる軽い。打ち合いながら初めて見た相手の必死な顔を眺めながら、そういえばさっきコイツは何か言いかけていたな、と思い出す。獣化っていってたか?


 獣化はごく一部の獣人が先祖返りをおこした際に現れる様々な身体的向上の恩恵とされている。多く知られるのは筋力の増加や聴覚や嗅覚など全体的な能力特化で、生まれ持った種族が強く影響すると聞いた事があるが、そのごく一部の先祖返りは獣人の中でも支配階級におり、血の濃さが大きく影響しているのではと最近では言われている。普通に生活していてお目にかかれるようなものではない、が......

 とツラツラと考えながらその場から飛び上がり、随分と相手よりも高い位置で見下ろした視点にふと違和感を覚える。なんだ?何かいつもと違う。


「ハア!ハアっ!このっ、ふざけ、ゲホッ!」


 荒い呼吸で膝をつき、乱れた長い髪の隙間から覗くのはいつもの余裕が消えた顔。苦し気に口元を歪ませながらもその目は一時たりともこちらの動きから目を離さないでいる。自分はといえば先ほどまで相手が立っていた場所に深々と剣を突き立てた所で、剣を握る手が黒い毛並みに包まれている事にようやく気が付いた。


 ......獣化?俺が?




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