3.留学生と護衛
そうして例の王族が留学して来て二週間。
俺と同じ呪術士として、今日からは同じ学年へと飛び級してきたルディナン・サラーサンド・ロッソ。自分の一つ下の学年は既に学び終わっているらしく、短い留学期間に多くを学びたいという本人立っての希望らしい。一緒の授業を受けていて授業に遅れを感じない上に積極的に発言する姿からその優秀さは確かだといえる。
昔は病弱だったとかで細身の体つきをしてはいるが、まさに王子様を絵に描いたような美しく整えられた長い金髪を一つにまとめ、隣国の王族特有の色である碧眼、かと思えば相手が誰であっても変わらない物静かな話し方、控えめな笑みを浮かべる姿は好印象を周囲に抱かせ、自分たちのクラスに溶け込むのは本当にあっという間だった。
そんな留学生様の執着する相手は想像通りエマだった。登校時や授業の合間に、放課後教員達との意見の交換の場にと、わかりやすくも距離を縮めてくる他国の王族を相手に、特待生とはいえ平民のエマは同席を拒否し続ける事が難しく、王族から意見を求められた時には失礼にならないような発言や対応を求められる事が増え、早くも疲労がにじみ始めていた。
当然だろう、相手が誰であれ優秀な人間ならなおさら優秀なやつの意見が聞きたいに決まっている。学園内でそう言われてしまえば、王族なんて面倒だからという個人的な感情で距離を取る事は不可能だ。その話相手を日に何度も、学園のいたる所で、だ。疲れもするだろう。
さらにはその護衛にまで魔道具の知識を借りたいと言われ始め、最近は戦闘中心の騎士科の一部生徒に行った、魔石への魔術付与に関する実験中の情報を持ち出して来ていた。普段はメイドの姿をして傍に控えているが、いざという時は何人もの騎士に守られるよりもこの護衛一人いれば事足りると周囲に話すほどの腕前なんだとか。だがその護衛は魔力を持たないという事で、この学園で始まったその試みを優秀な自身の護衛にも試させて欲しいと願い出たという。護衛本人も王族を守る為にその知識について教えを乞いたいらしい。わざわざ隣の敷地にある騎士科のクラスまで行かずとも、同じ学園の校舎内ですぐ力になれる護衛がいる。効率を考えた真っ当な理由に、卒業までに魔石についての研究を形にしたいエマと、その気持ちを知っている教師陣からの後押しまで加わったようだった。
そうしてエマの自由な大半の時間を奪われれば、俺とエマが二人で行動する事は極端に減っていた。逆に増えたのは目の前のこいつとの時間である。正直言って
「迷惑だ」
「まあ......呆れた。あなたが自分からやると言っておいて、その発言はいかがなものかしらね?私は学園から許可を貰ってから正式に手順を踏んだのよ?ようやく準備を整えてエマ嬢に剣と魔道具の研究に参加させてもらえるよう乞うたのであって、別にあなたなんて指定してはいないのよ」
「あいつの剣術は素人だ。魔道具に付与したスキルで攻撃を反射で返しているだけだから参考にならねぇって前にも言っただろ。それにあいつ本人は魔道具制作を責任もってやり遂げようと多忙なんだ、お前らの都合ばっかり押し付けんな」
「私の目的はまさに騎士科の生徒との制作にも参加させて欲しいって事なんだけど。まあ主からあまり離れる気もないから今は付き合ってあげてるけれど、術士のあなたに戦闘専門の生徒の代役はちょっと酷なんじゃないかしら?」
「俺にはお前と手合わせしたい理由があるとも以前言っただろ。気にするな」
「残念だけれど私は無いわ。正直あなたじゃ物足りないと言えば分かりやすいかしら?」
「わがまま言うな。迷惑だが毎日付き合ってやってんだろ」
「......迷惑迷惑と、言葉には気を付けなさいな。確かに術士のわりに強いほうよ?けれど私の相手を務められていると言えるほどではないし圧倒的に経験も鍛錬も足りない。腕がなまりそうよ」
「当然だ。剣なんて今まで持った事すら無かった」
「......問題外ね。相手を承諾したのは早まったとしか言えないわ」
侍女姿で動きにくいにも関わらず最低限の防具を身につけ、優雅に楽し気に笑いながら俺を役不足だと詰る相手は、隣国からの留学生様の護衛である。
口を動かしながらもそのやり取りの間一秒だってその場にジッとしてはいない。俺もまた軽口を叩きながらまだまだ食らいつくのに必死な状態だ。
こんなやり取りは今に始まったものではなく。こいつらがエマに目の前で技術提供を申し込んでいたのを強引に割り込み、自分が相手になると引き受けてから既に何日か経過していた。エマは俺の行動に驚いていたが、何かに納得した様子を見せた事で時間もなく詳しく説明はしていない。俺以外の雄が馴れ馴れしく話しかけているのだけは気に入らない、とは言いにくいだろう?察してくれ。
留学生はさすがは王族と言わんばかりに立ち居振る舞いは優雅で、思っていたよりも大人しく過ごし振る舞ってはいるが笑顔がすこぶる胡散臭く、ひたすら他国からの王族としてギリギリの距離感でまとわりついている。当然同席する護衛のこいつは何かとエマに近付こうとしてきて本当に不愉快だった。
だが俺としても護衛のこいつとの訓練は何も不愉快だとか邪魔をしたいとかいうだけの理由ではない。ローデリックやその侍従同様に、同じクラスでも呪術以外へ様々な方面に適性を見せる人間がいる一方で、俺は呪術以外に全く適性が無い。呪術返しも当然使えない上に魔道具の仕組みも理解出来なかった。ならば、と獣人の血で戦闘能力を磨くべく護衛のこいつとの手合わせを自ら受けた次第だが、当然ながら魔術の道のみを進んできた自分と長年体を鍛える護衛とのその差は歴然だ。
何度か打ち合った後、キィン、と軽く澄んだ音を鳴らして手から剣が弾かれ、校舎の近くまで飛ばされると地面に突き刺さる。
「今日の暇つぶしはココまでにいたしますわ」と涼しい顔で一礼して去る姿を無言で見送り、飛ばされた剣を取りに歩き出す。
軽く飛ばされた剣の音がいつまでも耳から離れない。もっと重い一撃であればあんな音は出ないだろう。踏み込みが遅い?だから剣に力が乗る前に容易くはじかれるのか?
それとも、剣にも適性が無いのだろうか?
いや、その可能性を結論付けるにはまだ早い、そう考えつつ流れる汗を乱暴に拭うと、校舎からエマが丁度出てきた姿が目に入り立ち止まる。自分の方へと来るかと思いきや先ほど弾き飛ばされ突き刺さった剣の周囲をぐるぐると確認しながらブツブツと何か呟いている。
「......魔術を返す術式だけでは不完全ですね、やはり物理攻撃にも強くなければこうして剣のひとつも刺さってしまえば破損し、魔術も結果通してしまいますか......同時に重ね掛けを行うにはやはりクラスの皆が......」
素早く何かメモをする姿を眺めていると、どこか落胆している自分に気が付く。すぐに自分の所へ駆け寄ってくると思っていた、が正解だろうか。女々しい自身の考えに呆れつつ表面に出さないよう気を引き締め、また歩き出す。地面に突き刺さる剣を力任せに引き抜くと、ようやくその視線が俺へと合った、かと思えばその口から飛び出すのは想定外のもの。
「サイレス、ありがとうございます」
「......? 何の礼だ?」
「こちらの建物に付与した魔術を返す術式ですが、今のような単純な物理攻撃で破損してしまう事が分かりました。クラスメイト達が以前かけたもので非常に強固なものではあるのですが、私でも気が付かない盲点というか弱点があったんです。今からでも皆で話し合ってさらに強化できるよう改善策を練ってきますね!でも私一人では作れない複数人による同時展開の術式、初めて見た時はこんなに綺麗なものがあるのかと思ったものですが、まだまだ改善の余地があったなんて!でもこの効果も付けた方が容易く破壊される事もないですし強度も上がるはず......まだ皆この時間なら帰宅せずクラスで自主学習してるはずですね、すぐに相談して完成の目途がたったら実験、それから先生方へ報告と立会の段取りと、」
「......おい、」
「あ、そうです忘れてました」
そう興奮気味に話したかと思えば、さっさと自分たちのクラスのある校舎へと歩き出す後ろ姿へと声をかける。だがその呼び止める為に伸ばした手へと差し出されたのは、小さな青い石のついたペンダントの形状をしたもの。
「これはお守りです。良かったら身に付けてて下さいね。それから小さくてもどうか怪我はしないで欲しいです」
「あ、あぁ分かった、ちゃんと持っとく......なあ」
なあ、お前はあの時言っていたやりたいことが出来てるか?
心配されるのもプレゼントも嬉しいが、正直今はエマの多忙さの方が気にかかる。元々無茶をしがちな生活は簡単に改まりはしないだろう。目元の隈は相変わらずだ。だがその多忙な中でも自分の為にとお守りを作る時間をさいてくれた事実は正直嬉しい。エマの頭へ手を伸ばし、そっと撫でる。久しぶりに触れたその柔らかな感触と、エマの変わらない、落ち着く匂いに目を細める。
「俺に出来る事は言えよ。やりたくない事は断れ。あんまり我慢すんな」
「うーん、やりたくない事は可能な限りお断りしてはいるんですが、はい。......私の事、応援してくれるんですね」
当たり前だという顔で見下ろせば、見たかった笑顔が控えめに口元に浮かぶ。
どこかさみしそうな匂いをふいに嗅ぎつけ、こいつも二人の時間が取れない事を残念に感じてくれているんだと、そう思うと嬉しくなりさらに一歩近付いていた。撫ででいた頭から髪を一房すくって口付けると、肩に届かない長さでは思った以上に至近距離でエマと目が合った。
これ位の距離なら逃げない、か?
「......またな」
スリ、と指の背の部分で頬に触れてからそっと手を離すと、音を立てるかのように赤く色付いていく頬が目に入る。
ちゃんと意識されている。それだけでただ嬉しく、その表情を見て自分の中を確かに満たすものを確認して思わず口角が上がる。
自分でも驚くほどに気分が上がっていると自覚しながらその場を後にする。俺のご機嫌に揺れる尾を見て、エマもまた笑っている事には気が付かなかったが。だがこの日からさらに顔を合わせる時間は極端に減り、すれ違っていく。確かにこの日までは表面上大きな問題は無かったと言えるが。
そう思っていたのは自分だけだったのかも知れない。