8話
あたしは部屋に入った。
アレクシアさんやエレインさんも一緒にだ。中に入ると、驚くべきことに綺麗になっている。やはり、メイドさん達はプロだ。そう思いながら、カバンを置く。
「片付きましたね」
「うん、かなりね」
「では、ゆっくりとお休みください」
エレインさんが言ってベッドに入るように促す。あたしは頷くと、2人にお礼を述べる。2人はにっこりと笑う。
「当たり前のことをしたまでです、藍の君」
「ええ、アレクシアさんの言う通りです。では、私達は失礼しますね」
「うん、お休みなさい。アレクシアさん、エレインさん」
2人に言うと頷いてくれた。ドアが閉められて、あたしはしみじみとなる。良い人達だ。ベッドのブランケットの中に入るとすぐに眠気がやってくる。深い眠りについた。
翌朝、時刻を知らせる鐘が5回鳴る頃に目が覚めた。起き上がり、ベッドから降りる。元の世界から持ってきたトートバッグを探す。確か、この部屋のクローゼットの中にあったはず。そう思い、クローゼットの扉を開けた。
(あ、これね!)
内心でそう思いながら、ベージュ色のトートバッグを手に取る。ゴソゴソと中を探ると革製のベルトの腕時計を出した。まだ、電池は切れていない。耳元に近づけると、カチコチと微かに秒針の音が鳴る。時刻も確認したら、午前5時を少し過ぎていた。また、スマホも出す。こちらも電池の残量に余裕があった。画面を操作して、時刻を改めて確認する。やはり、午前5時過ぎだ。早朝と言えるが。あちらでもこれくらいの時間には起きていた。一人暮らしだったから、お弁当や朝食を作るためもある。バイトもしていたし。
そんなことを思い出しながらも、トートバッグに腕時計やスマホを戻す。また、クローゼットの隅に置いた。扉を閉めたら身支度を始めた。
洗顔や歯磨きをザザッと済ませ、女官用の制服に着替える。髪をブラシで梳き、それ用の紐で後ろに一束ねにした。とりあえずは部屋の掃除に洗濯をしないとね。気合いを入れて、腕まくりをする。ベッドからシーツをはぎ取り、脱いだ衣類も隅にあったカゴに放り込む。掃除道具もあった。バケツに水を汲むために井戸へと向かう。もう、先客がいた。
「あ、おはよう。確か、イライザさんだったわね。水を汲みに来たの?」
「おはようございます、そうですよ」
「まだ、朝早いのに。お疲れさん」
声を掛けてきたのは、洗濯係の下女さんで名前をカリンさんという。淡い水色の瞳にウェーブが掛かった赤毛の若い女性だ。年齢は、20歳を過ぎたくらいかな。カリンさんは苦笑しながらも洗濯をする手は止めない。やはり、プロだわ。歓心しながら、井戸のポンプに近づく。バケツを注ぎ口の下に置いてポンプの取っ手を上下に動かす。ザァッと水が勢いよく、出てきた。バケツに並々と注ぐと取っ手を元の位置に戻す。バケツの持ち手を掴んで部屋に向かう。自室に着くと雑巾やモップを取りに行った。
「よーし、やりますか!」
モップを手に持ち、バケツの中の水に浸した。ギュッと絞ったら床掃除を始めたのだった。
一通り、モップがけなどをして雑巾で棚や窓などを拭く。昨夜にメイドさん達がやっていてくれたから、3時間もしない内に終わった。ふうと息をついたら、片付けを行う。モップや雑巾を再び井戸に行き、水洗いをした。バケツの水を捨てたら、部屋に戻る。隅に置いて椅子に座った。一旦、休憩だ。ぼんやりとしながら窓から空を眺める。また、息をついた。
朝の8時過ぎだろうか。それくらいの時間にアレクシアさんやエレインさん、ローザさんがやってきた。
「……藍の君、おはようございます」
「おはよう、イライザさん。遅くなってごめんなさいね」
「藍の君、よく眠れたようですね」
三者三様で声を掛けてくる。
「おはよう、アレクシアさん。ローザさんにエレインさんも。今日は3人で来たんだね。何かあったの?」
「……うん、ちょっとね。陛下より、あなたを王宮に連れて来るようにと命があって」
「陛下が?」
「ええ、今から行きますよ」
「……今からなの?!」
あたしが驚いていたら、ローザさんは手首を掴んできた。
「いきなりではあるけど、陛下もお忙しいから。急ぎましょう」
「わかった」
あたしは頷くとローザさん達と一緒に王宮へ向かった。
後宮も王宮の一画ではある。当たり前ではあるが。ローザさんは手短に説明してくれた。あたしが陛下に呼び出された理由をだ。
「……オニキス陛下はね、以前から女官長の横暴には気づいていたの。けど、先代から仕えている人だから。簡単には解雇できなかったのよ」
「はあ」
「かつて、女官長は先代の国王陛下の側妃だったわ。正妃であった王妃陛下に疎んじられてはいたけど。それでも、彼女は寵愛を一身に受けて。第一王女と第二王女が生まれたわ」
あたしは女官長の過去話を聞いて驚いた。まさか、オニキス陛下のお父さんもとい先代の国王の側妃だったとは!しかも、子供までいたなんてね。
「……王女達は既に隣国や国内の貴族に嫁いでいないけど。陛下は、女官長を追放することを3日程前にお決めになったわ。あなたにも証人になってほしいと仰せでね」
「それで今からなんだ、でも急ではあるね」
「そうね、王宮が見えてきたわ。イツキ様、気構えはしておいてくださいね」
ローザさんはにっこりと笑った。あたしは正面を見据えて、ゴクリと息を飲んだ。