10話
女官長や女官達が連行された。
謁見の間にてあたしは、ぼんやりと佇んでいる。気遣わしげにローザさんが声を掛けてきた。
「……イツキ様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっとぼんやりとしてしまったけど」
「なら、いいんですが」
ローザさんはほうと息をつく。不意に、玉座からオルキスさんが立ち上がる。ゆっくりとこちらにやってきた。
「藍の君、ご苦労だったな」
「あたしは何も役に立っていませんけど」
「そんなことはない、君は大いに役に立ってくれたよ。まあ、囮としてだが」
あたしはやっぱりとため息をついた。そんなことだろうと、さっきから思っていた。でなかったら、あたしなんかをこの人がお妃にするわけない。
「何やら、不満そうだな」
「そんなことはありません、気のせいですよ」
「まあいい、君は後宮に戻っていてくれ。後始末があるんでな」
あたしは頷いた。ローザさんと2人で後宮に戻った。
その後、ローザさんから意外な事実を聞かされる。何でも、最初からオルキスさんはあたしに手を出す気はさらさらなかったらしい。仮の側妃として後宮に保護するのが目的であったからだ。
「黙っていて、ごめんなさいね。実は陛下はね、あなたをしばらく後宮にいさせて。この国についてちゃんと勉強させてから、どこかの適当な貴族に降嫁させる腹積もりだったの」
「成程、そうだったんですね」
「ええ、ちなみに陛下にはれっきとした恋人がいるのよ。お名前は確か、ルチア様と言ってね。身分は子爵令嬢と低くはあるんだけど。陛下は本気で彼女と結婚したいとおっしゃっていたわ」
あたしはふうむと唸った。まあ、これで大体は全体像が掴めたかな。要はあたしはお飾りの妃だったわけね。
「あたしは既に御払い箱でしょうね」
「そんなことはないわ、私が聞いた話だとね。あなたの嫁ぎ先は幾つか、候補があがっているの」
「候補ですか?」
「……まずはそうね、アレクシアさんの兄君のエンパイア侯爵様に。エレインさんの兄君に当たるガイア辺境伯嫡男様。ちなみに、エンパイア侯爵は実名をイアン・エンパイア様と言って。ガイア辺境伯嫡男はウォルナット・ガイア様と言ったはずよ」
「皆さん、高貴な方々じゃないですか。あたしに侯爵や辺境伯夫人が務まるかなあ」
不安になると、ローザさんは気を取り直すように笑った。
「大丈夫よ、イツキ様には最低でも1年間はこちらに居てもらうから。マナーや礼儀作法などは追々、学んでいくといいわ」
「……わかりました、できるだけ頑張ってみます」
「その意気よ、イツキ様。私や残った女官達で精一杯教えますから」
あたしはローザさんとガシッと力強く握手をする。こうして、仮の側妃として再スタートを切った。
あれから、早いもので2ヶ月が過ぎた。あたしは未だに後宮の外れで生活している。けど、苦痛には感じていない。毎日、ローザさんやアレクシアさん、エレインさんが来てくれるからだ。
少しずつだが、マナーや礼儀作法、ヴァルサリーニ国のことなどについても勉強している。おかげで最初の頃よりはだいぶ、マシになってきた。まだ、合格点は出ていないが。
今日も今日とて仲良くなった女官さんから、紅茶の淹れ方などをレクチャーしてもらっていた。
「……イツキ様、まずは紅茶の淹れ方から教えますね」
「うん、紅茶は蒸らした方がいいとは聞いたことがあるけど」
「それは当たっています、では。わたくしが実際に淹れますので。よくご覧になっていてください」
頷くと、女官さんもといルーナさんは茶葉を測りながらポットの中に入れた。既に中には適温のお湯がある。ルーナさんは、スカートのポケットから懐中時計を取り出す。しばらく経ってから、懐中時計を戻した。
そうして、カップやソーサーを用意してから静かにお茶を注いだ。
「では、試しに召し上がってください」
「はい!」
あたしは以前にローザさんに教えられた通りに、カップを両手でそっと持つ。少しだけ、口に含んだ。ふわりと良い香りが鼻腔に入る。味もスッキリしていて凄く美味しい。なかなかに高価な茶葉を使っているのがさすがにわかった。
「……ストレートでも凄く飲みやすいね、お砂糖なしでも美味しい」
「ありがとうございます、こちらの茶葉は隣国の北部が原産なんですよ。香り高く、それでいて味は爽やかな感じで。王太后様がよくお飲みにもなっている品です」
「そ、そうなんだ。そんなに高級品なんだね」
あたしは顔が引きつるのがわかった。王太后様って言ったら、あのオルキスさんのお母さんじゃない!
そんな高貴な方も好んで飲んでいた茶葉だったとはね。道理で美味しいわけだ。妙に納得したのだった。
気を取り直して、あたしは自分でお茶を淹れてみた。ルーナさんは手取り足取りで教えてくれた。夕方になり、レクチャーは明日に持ち越しになる。
自室に戻り、軽く夕食をとった。ローザさんやアレクシアさん達と一緒にお風呂に行く。
「イツキ様、今日もお疲れ様です」
「うん、アレクシアさん達もね」
「では、大浴場に行きましょう」
アレクシアさんに言われて頷いた。すっかり、彼女とは打ち解けている。あたしはローザさんやエレインさんにも笑いかけた。2人も同じように笑みを浮かべた。大浴場に向かったのだった。




