第3話 予期せぬトラブル
「じゃあな、赤野」
「また明日なー」
「おう、またなー」
退屈な学校の時間は、過ぎ去ってしまうとあっという間だ。放課後になると、クラスの男子は何人かずつ、声をかけ合って帰っていく。
下駄箱のところまで来たものの、足が止まった。
(なんかダルいし……今日はもう、塾行きたくないな)
最近、時々塾をサボるようになった。ただ、前に一度無断でサボって親に連絡されたことがあったので、それからは必ず電話を入れるようにしている。
気分が悪いので休みます。適当な報告を済ませて教室に引き返すと、思った通り誰もいなくなっている。本の中に入るには最高の条件だ。
俺が本に入っている間、どうやら俺の身体は現実世界からは消えているらしい。姿が消える瞬間や現れる瞬間を誰かに見られて、あれこれ詰問されるなんて想像もしたくない。だから本に入る時は、誰も来ない場所を選んでいるわけだ。
基本的には自分の部屋を使っているのだが、いつ親が帰ってくるかもわからない今の時間帯は落ち着かない。それならよっぽど、放課後の教室の方が安全だ。
自分の席に座って、念のためもう一度周囲を確認してから、バッグの底に隠してあったソムニアサーガの単行本を取り出す。後はただ、軽く念じながら本を開くだけ。
すると身体がすっと軽くなって――例の本棚に囲まれた中継地点にひとっ飛びだ。
「おう、トビラ。今日は早かったな。また塾サボったのか?」
景色が変わるなり聞こえてきたダミ声。いつものことなので顔をしかめもしなかった。
「……お前には関係ないだろ」
「怖い怖い。ペットには優しくしろよな。動物愛護団体からクレームが来るぞ~?」
「お前が本当に動物なら、な」
いつものようにモジャを適当にあしらって、俺は真っ直ぐ本棚へ向かう。今回取り出したのは、本ではなく一冊のノートだ。『設定帖』と、俺は呼んでいる。
このノートに入りたい作品世界での自分の設定を書き込み、部屋の中央部にある宣誓台のようなものの上に置く。それだけで書いた内容が反映されて、異世界へのゲートが開く。
今回の設定は――いつものでいいか。設定帖を机に置くと、俺は一瞬で例のローブ姿へと早変わり。アルドルの友人、ポルタになった。
さて、何をして過ごそうか。まずは城下町でものんびり散策しようかな――
「へぇ? こいつぁー珍しいや」
「ふぅん、何があった?」
目を向けもせず相槌を打ったのだが、次の一言に耳を疑った。
「お客さんだぜ、ご主人」
「はあ……?」
と、しぶしぶ振り返ってみると、信じられない光景があった。
キョロキョロと周りを見回す、三人の少女。全員うちの学校の制服で――
「んなっ……!?」
――というか、あのうるさい異端児三人組じゃないか。
山吹史織、烏羽袖子、白梅和花。コイツら、どうやってここに入り込んだ?
「え……ええ? なんなの、この部屋は……?」
「む……? そこにいるのは――」
「赤野君~? その格好、どうしたの~?」
「はっ……!」
クラスの女子に、こんなローブ姿を見られてしまった。それだけでも死にたいぐらい恥ずかしかったが、問題はそこじゃない。
「あの、君たち……。どうやって、ここに……?」
「そんなの、あたしにもわかんないよ……。忘れ物を取りに教室に戻ってきたら、アンタの机の上に、なんか光ってる本を見つけて……」
「光ってる、本……?」
まさか、俺が入口に使った単行本のことか?
本が光るなんて情報は初耳だが――
「もしやあの本に触れたせいで、拙者たちはここへ飛ばされたのか?」
烏羽がそう続けると、白梅はうんうんと頷いた。
「そうだと思うよ~。史織ちゃんと袖子ちゃんが消えちゃって、どうしたらいいのかわからなかったから~……わたしも『えーい!』って本に触ってみたら、ここに来てたの~」
つまりこの三人は、俺が置きっぱなしにしてた本に触れただけで、ここにワープしてきたってことか?
そんな簡単な方法で第三者が侵入できるとは、考えたこともなかった。本が光るなんてのも初耳だし、なんで今日に限ってこんなことが起こってるんだ……?
「要するに、赤野が拙者たちをここへ呼び寄せたと……?」
「違う、全然呼んでない……」
即座に否定したのだが、山吹はいきり立った様子で俺のローブの襟を掴んできた。
「赤野、どういうこと!? さっさとあたしたちを学校に帰してよ……っ!!」
「おっ、落ち着けっ……。帰りたいなら、そこのドアから――」
「まあまあ。せっかく来たんだ、そう騒ぐなよ」
ここで口を開いたのはモジャ。女子三人は声を揃えて、「へっ?」と首を回した。
「ねっ……猫が、喋った!?」
山吹が叫ぶと、モジャはますます嬉しそうに笑っていた。
「おう、オレは喋る猫のモジャってんだ。よろしくな、カワイコちゃん」
「よ、よろしく……?」
三人はそれぞれ困惑した様子で、小声で囁き合っていた。「モジャモジャだからモジャちゃんなのかな?」と言った白梅、正解だ。
何にせよ、彼女たちの興奮は収まったようだ。これなら会話も成り立つはず。適当に説得してこのまま早々にお帰りいただこう。
俺がそう考えたのも束の間――
「お嬢さん方、歓迎するぜ。ココはトビラの秘密空間だ。夢の世界への入り口なんだぜぇ」
「夢の世界への、入口……?」
「おいモジャとやら、どういうことだ?」
「コイツ、超能力者なんだよ。本の中の世界に入れる、特殊な人間なのさぁ」
「おっ、おい! バラすなバカ……!」
この猫モドキは、普段から俺の命令など聞かない。にしても、どうしてわざわざ事態を掻き乱すような真似をするんだ……?
「だってどのみちこのままじゃ、コイツら帰んねーぞ?」
「だからって……!」
「ねぇ赤野、説明してよ?」「今の話、本当か?」
今度は山吹だけでなく、烏羽まで俺の肩を掴んできた。両脇を挟まれて逃げ場がない。正面では白梅がニコニコと微笑んでいる……。
「そっ……それは、その……」
もしも本当のことを話したら――コイツらのことだ。絶対に『ソムニアサーガの中へ連れて行け』って騒ぐに決まってる。でも、話さないと引き下がってもらえなさそうだし……。
「ホントもホント、大マジよ」
俺が答えられずにいると、結局モジャが勝手に解説を続けた。
「トビラは物語世界を具現化して、その中に入ることができる。文字通り、本の中に飛び込むような体験ができちまうってわけさぁ」
「ま、マジで……? ってことは、アルドル様と手を繋いで歩いたり――」
「魔王軍四天王をずらっと並べて拙者の通り道にしたり――」
「ヴァニタス様直々に、お尻をぶっていただけたりするってこと~!?」
「おうおう、全員いい趣味してんな。ヤろうと思えばなんでもヤれちゃうぜぇ」
それぞれに妄想を広げたであろう三人は、口を揃えて「ズルい!」と叫んだ。
そして一斉に、さらに俺の方へと詰め寄ってきて――
「ねぇ、あたしも連れてってよ! 一目でいいから、アルドル様にお会いしたいのっ!」
「拙者も行くぞ。拒否権はお主にはない」
「わたしもわたしもわたしもぉ~! お願いだよ~赤野く~んっ!」
「うわっ……!!」
案の定、こうなった。だから知らせたくなかったのに……。
モジャは何を考えているのか、俺が女子たちに揉みくちゃにされるのを眺めながら、ニヤニヤと不気味に笑っている。腹立たしいが、こうなったらもう洗いざらい話すしかなさそうだ。




