さようなら最高神ゼウス
博士とウェイは、ジャスティンを縛り付ける。
しかるべき償いを受けさせるために、日本に連れて帰るのだ。
博士たちが、建物を出ようと玄関に向かうと、10名を超える研究者たちが、玄関のところで博士たちを待っていた。
その研究者たちは、博士たちに付いて行くためにそこで待っていたのである。
「We are ready. (お待ちしていました。準備はできています)」
そのうちの1人の研究者が言った。
気絶させた1匹の大きな熊も、ちゃんと檻に入れられて輸送の準備がしてある。
「Thanks so much! Then let’s go together. (ありがとう。じゃあ、行こうか)」
博士たちはすぐにスノーモービルに乗り込んだ。
ここに長居する理由はない。
博士たちの2台のスノーモービルの後ろに、10台近いスノーモービルが付いてきていた。
みな研究者であるが、研究者はスノーモービルを操縦できるのだ……。
ちょっとした大きなパーティとなった博士たちは、研究船パーズAに向かって雪原を進行中だ。
「まだ、僕たちにはやることが残っているんだよ、アムル……。」
博士は、背中のアムルにそう言って、アクセルを強く握った。
過ぎ去るスノーモービルの起こす風で、雪原に白い雪が舞う。
雲が青空の下を、冷たい風を頬に受けて、爽快に走るのだ。
―――――――
博士たちは、研究船パーズAから少し離れた岬に来ていた。
すぐそばには海がある。
「いよいよだな……。シンシア、アムル」
博士は、シンシアの頭を優しく撫でた。
そして、レイアの腕に抱かれたアムルの頭も優しく撫でた。
「アムル! シンシア!」
レイアも、アムルとシンシアの頭をやさしく撫でる。
博士たちは、イブカから生まれたシロナガスクジラを研究船パーズAから外に運んできていた。
そして、『シーピーズ』の細胞生物研究室から連れて来た大きな黒い熊も、目の前にいる。これは大きな檻の中にいる。
今、博士たちの目の前には、シロナガスクジラと大きな黒い熊がいるのだ。
「これで……、準備は整ったよ……。」
博士は言う。
博士の言葉に、レイアとシンシアそしてアムルが頷く。
さーべるちゃんも、レイアの足元にいる。
シンシアとアムルはトライデントとケラウノスを構えた。
2人の目の前には、シロナガスクジラと大きな黒い熊がいる。
2人の神の魂をそれらに移すのだ。
2人の神は、人間に転生したが、神の力は、もうこの世界では必要ないであろう。
人間と神は、距離を置くべきだと考え、博士が下した結論が、これだ。
そのため博士は、海神ポセイドン用にシロナガスクジラを作った。
そして、最高神ゼウス用に大きな熊を作ろうかと予定をしていたが、『シーピーズ』の研究者によって、すでに作られていた。
それを拝借してきたのだ。
「いくよ、アムル!」
シンシアは目を閉じ、神具トライデントに力を入れた。
(おぅ、兄者!)
アムルも目を閉じ、神具ケラノウスに力を入れる。
アムルは、その頼りない小さな両足で懸命に地面に立っていた。
ピカッ
ピカッ
2つの神具から眩い光が生じる。
その光は線となり、クジラとシンシアをつなぎ、大きな熊とアムルをつなげた。
博士とレイアが瞬きをする一瞬の間に、光が瞬き、そして、消えた。
シンシアとアムルは、海神ポセイドンと最高神ゼウスの前世の記憶を失った。
そして、2人の人格の代わりにもう一つの人格ができた。
アムルが手にしていた神具ケラノウスは、いつの間にか大きな熊の手に握られていた。
アムルの魂は、神具ケラノウスとともに、大きな熊へと移ったのだ。
「あっ、アムル。いやゼウスと呼んだ方がいいかな? 待って、すぐ開けるから」
博士は、大きな熊に話しかける。
アムルが持つと大きめだった神具ケラノウスも、この大きな熊が持つと小さく見える。
博士は、急いで檻の鍵を開けた。
その大きな熊は、最高神ゼウスである。
最高神ゼウスは黒い毛をした大きな熊の姿に戻ったのだ。
最高神ゼウスは、ゆっくりと檻から出て来た。
「兄者! そして、パパとママ、今までありがとう。俺は、最高神ゼウスとして、ここに残る。本当にありがとう。アムルとして生きられて本当に楽しかった。これからも、アムルのことをよろしく頼むよ。じゃあ、行くね。本当にありがとう」
最高神ゼウスは、博士とレイアに声をかける。
シンシアは、虚ろな瞳で、ゼウスを眺めていた。まだ、意識がはっきりしていないのだ。
「兄者、またな!」
ゼウスは、虚ろな目のシンシアの前で、手を振った。
そして、ゼウスは、アムルの方に視線を送る。
アムルは、最高神ゼウスを見上げていた。
最高神ゼウスの大きな体を見上げ、キョトンとした表情を浮かべている。
今のゼウスに比べれば、その足元にも満たない小さな体である。
「じゃあな、アムル……。」
ゼウスは、アムルに向けて、微笑みかけた。大きな手をアムルに向かってゆっくりと振った。
そして、ゼウスは南極大陸の真ん中の方に歩いて行く。
以前、最高神ゼウスの神殿があった方角である。
「じゃあ、ゼウス。元気でな」
「じゃあ、アムル。いや、ゼウス。元気で」
博士とレイアは、ゼウスを見送る。
「あ〜う〜」
アムルも、ゼウスを見送るように大声をあげた。
小さな体を目一杯伸ばし、大きく、大きく、手を振った。
大きな黒い熊となった最高神ゼウスは、白い風景の中に次第に消えていった。




