生物の組成は水
「レイア、とりあえず、ウェイくんをよろしく」
博士は、後ろにいるレイアに、目で合図を送った。
レイアは、大きな熊の横で倒れているウェイに近づく。
ウェイはなんともなさそうだ。軽く気絶しているだけだった。
「さぁ、おいで! ゼウスの偽物さんたち!」
シンシアは実験室の真ん中で、神具トライデントを構える。
グルルル
実験机が並べられた実験室に似つかわしくない大きな黒い熊が、シンシアの方を睨みつけている。
「アムル! 小さい稲妻で、あの辺りを吹き飛ばせるか?」
博士は、物陰に隠れている1匹の熊の方を指差す。
(軽くならね。えい!)
アムルは、神具ケラノウスから稲妻を出す。
今のアムルに出せるのは、小さな稲妻である。
バリバリバリ
ドゴン
その小さな稲妻でも、実験室の実験机の一つを吹き飛ばすくらいの威力はあった。
稲妻を受けた実験机は、黒焦げになり、しだいに赤い炎を出した。
「よーし、いいぞ、アムル」
博士はポツポツと燃え上がった炎に目をやる。
「しかし、相手は、撃ってこないなぁ……。やはり、神の力まではコピーできなかったようだな……。」
博士は、実験室を見渡す。
4匹の大きな熊たちは、こちらを睨みつつも、様子を伺っていた。
「シンシア。あいつらは、ただの大きい熊のようだよ。アムルみたいに雷は撃てないようだ」
博士はシンシアに言う。
「そうなの? じゃあ、私の相手じゃないね」
シンシアは、口元に笑みを浮かべた。
「後であいつらの遺体を焼却したいんだよね。まぁ、欲を言えば、実験室ごと燃やしちゃうのが理想なんだけどね……。」
博士は言う。
博士は、最高神ゼウスの細胞は人が使うべきではないものだと考えていた。
そこで、この熊と、その元になった細胞株を、全て燃やすつもりだったのだ。
「じゃあ、燃やしやすいように、水分を抜くってこともできるよ」
シンシアは、博士に向けて笑みを浮かべた。
「そんなこともできるのか?」
博士は、目を丸くした。
生物の体の組成のほとんどは水である。
それを自由に操ることができることは、あらゆる生物に対して絶対的な優位に立っていることでもある。
「うん、水を集めるだけだからね」
そう言って、シンシアは神具トライデントを構える。
シュウ〜
シュウ〜
シンシアがトライデントを構えると、実験室内に水蒸気が充満していく。
その水蒸気は、4匹の大きな黒い熊から発生していた。
グルル
グルル〜
と声をあげながらも、大きな熊たちは、キョロキョロと自分の体を不思議そうに見やった。
大きな熊たちの体から、水蒸気が出ているのだ。
「えい」
シンシアは、その水蒸気をどんどんと集め、目の前に大きな水の塊を作り出した。
それは、直径1メートルはある大きな水の塊になった。
「結構大きくなるねぇ……。熊4匹分の水分って、こんなにあるんだ……。」
博士が、その水の塊を眺め、言う。
バタン
バタン
バタン
バタン
4匹の大きな熊は、その場で次々に倒れていく。
どの熊も、ミイラのように干からびていた。
ジャバー
「ふぅ、疲れた」
シンシアは、トライデントを下ろし、肩の力を抜いた。
大きな水の塊は、実験室のシンクに流した。
シンシアの後ろには、建物の外から持ってきた氷が、まだ浮かんでいる。
この氷さえあれば、武器としては十分なのだ。
博士は、倒れた大きな熊の間を抜け、奥の研究者の元にゆく。
その研究者たちは武器を持っていなさそうだった。
研究者に対して無害であることを示すために、博士は両手を上げながら彼らに近づいた。
「You don’t need to worry about your order anymore. I can find your new job, so you should stop to work for Justin Blau. You can judge what you should do, right? (お前たちは、ボスにいいようにこき使われているだけだ。身分を保証するから、やめろ。なんなら僕が、雇ってやる!)」
博士は研究者たちに向かって、言う。
研究者たちは、武闘派ではなかった。
彼らは、上司のジャスティン・ブローの命令で博士たちを襲撃したに過ぎない。
自分たちになす術がないことも簡単に理解した。そして、博士の言葉に従順に従った。
博士たちは、燃えている実験机の横に、大きな熊の死体を運んだ。
気絶から立ち直ったウェイとレイアも一緒になって、それらを運んでいる。
「ここで燃やしておこう。本当なら、この建物も丸ごと燃えて無くなってくれればいいんだけどなぁ……。」
博士は、そう言って、実験室の片隅で火を上げている実験机の上に次々と死体を焚べてゆく。
火は、大きな黒い熊に燃え移り、轟々と音を立て、燃えてゆく。
実験室の一角での焚き火には、風情のかけらもない。
「よし! 僕らの目的はまだ終わってないよ、行こうか」
博士は言う。
4匹全ての熊の死体が燃え上がり始めたのを見て、博士たちは実験室を去った。
火の後始末は、そこにいた研究者に任せておいた。
細胞の株を失うことをためらった研究者たちを説得するのは難儀であったが、次の職をチラつかせたら、彼らは首を縦に振った。
彼らも職がないと食べていけないのだ。
ゼウスの細胞株も、彼らによって処分されるはずだ。
博士たちは、『シーピーズ』のボスのジャスティンの元へ向かう。
それこそが、この南極大陸に来た一番の目的だ。




