サンゴ礁とクラゲ
研究船パーズは、オーストラリアに向かっている。
赤道を越え、南半球に入った。オーストラリアも近くなってきた海上でのことだった。
「わぁー、さーべるちゃん、見て見て! 綺麗な海が広がっているよ」
シンシアの視線の先にあるのは、サンゴ礁である。海神ポセイドンが消失する以前には、グレートバリアリーフとして有名であった場所だ。
そこにはサンゴ礁が少し復活していた。
誰かが作って、ここにサンゴの卵か幼生でも放流したのだろう。
明らかにわかる色ではないものの、海底にうっすらと、色が付いている。
きらびやかではないが、控えめな色が美しい。
「バウゥ」
さーべるちゃんも、海を眺める。
シンシアの笑顔につられ、さーべるちゃんも嬉しそうな顔を浮かべる。上機嫌で、尻尾をブンブン振っていた。
博士は、実験室で実験中だった。
博士は今、主に魚類の研究を進めている。
シンシアが作製した『アジム』にゲノム編集を施して、別の種の作製に取り掛かっているのだ。100個以上の卵に対して、ゲノム編集を行い、うまくいったものをスクリーニングによって選別するのだ。
今のところ、アジムのゲノム編集生まれた魚は、尖った魚、太った魚、平べったい魚など、様々な形をしている。
そして、うまく育った魚を、一つの『種』として維持していく予定だ。
ゲノム編集されたこれらの魚は、ガラスビーカーに入れられて、恒温槽の中で飼育されていた。
恒温槽の中はいつもガラスビーカーであふれている。
実験室の大きな水槽の中は、以前に比べてシンプルになった。
大勢のアジムが群れをなして水槽の中を泳いでいる。種類は1種類だったが、賑やかではあった。
ガチャ
と、音がして、実験室の扉が開いた。
実験中の博士には、その姿が見えないが、シンシアの足音が聞こえる。シンシアが入って来たのであろうことは、わかった。
「パパぁ、さっき海でね、サンゴ礁を見つけたよ。すっごく綺麗だったよ。ねー、さーべるちゃん」
シンシアの声に、さーべるちゃんは「バウ」と頷く。
シンシアは、実験中の博士の背中に抱きついた。
「そうなんだ、みんなの力で、海が少しずつ元に戻っていると言うことだね。サンゴはもう作れるんだ。知らなかったなぁ。論文をちゃんと読まないといけないな」
博士は、手を止めることなく、シンシアの話に耳を傾ける。
顕微鏡を覗いて、実験サンプルを観察中である。
「海が元に戻っていっているのはすごく嬉しいんだけどさー」
「ん、そうだね」
博士は、まだ顕微鏡を覗いている。
「わたしの消失した理由は未だにわからずじまいだし……。」
シンシアは言う。
この言葉に、博士は、ピクリと、動かしていた手を止めた。
シンシアがたまに入る、いじけモードだ。
「そうだな、シンシアの消失した理由も明らかにして、それから、シンシアも海も復活させないといけないな」
博士は、顕微鏡から顔を上げた。そして、博士はシンシアの頭を撫でる。
「うん」
シンシアは、頭を撫でられながらも頷いた。
「もうすぐ、オーストラリアに着くよ、そうしたら、ガイアに会いに行こうか? ガイアとの合作だと、色々と作れるんだろ?」
「そうだね。ガイアちゃんの力を借りられればね。そう、きっと、あの大陸のどこかにいるはずだから、ガンバって見つけないとね」
シンシアは、笑顔になった。
前回のオーストラリア訪問時には、ガイアを探す時間はなかったが、今回はあるのだ。シンシアはそれが待ち遠しかった。
「そうだな。あ、そうそう。これ、どうだ? 新作のウニクラゲだぞ、無事に大きくなったんだ」
博士は立ち上がり、恒温槽の中から、ガラスビーカーを取り出す。その中には、数匹のクラゲに似た生物が浮かんでいる。
透明に近いバフンウニから透明な足がニョロニョロと生えている。
博士が、ウニの細胞核をクラゲの受精卵に核移植して作製したウニクラゲだ。
逆に、クラゲの細胞核をウニの受精卵に核移植したクラゲウニは、初期胚発生の時に、全て死んでしまった。
核移植が適合しない場合もあるようだ。
「シンシアの名前に由来のあるクラゲだぞ、シンシアに似て、可愛いだろ」
博士は、シンシアの方に目を向ける。
シンシアの名前は『月』であり海に浮かぶ『月』は海月である。
博士は勝手に、シンシアとクラゲを結びつけている。
「確かに、クラゲは可愛いけどね。わたしはこんなんじゃないし、わたしの前世も、こんなクラゲじゃないよ。もっとカッコイイやつだよ」
シンシアは、ぷぅと口を尖らせた。
それを見て、博士は、「そうか、はは」と小さく笑った。




