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カリフォルニア


 航海は順調に進み、研究船パーズはアメリカ合衆国に到着した。



 メキシコとの国境の少し北にある、カリフォルニア州のサンディエゴにある港に到着した。

 この港に2週間、停泊する予定だ。



 港の周辺の浜辺は、サーファーと海水浴客で賑わっている。

 見渡す限りの、広大な砂浜だ。多くの人がいるが、ゴミゴミしておらず、余裕がある。日本の混雑した浜辺とは大違いだ。





 博士はレイアとシンシアを連れて、病院に向かった。さーべるちゃんはパーズの船内でお留守番だ。



 大型船であるパーズの船内でも、出産は可能だ。

 しかし、パーズがちょうど停泊中であるため、大事をとって近所の病院に入院したのだ。レイアも研究機関パーズの職員であるため、これらのお金は保険適用される。パーズは国立の研究期間であり、福利厚生がしっかりと整っていた。



 イギリス人のレイアにとっては、英語圏での病院の方が落ち着く。医者も看護師も英語で話してくれるし、もちろん、文字も英語で書いてある。



 パーズ内では、医者は基本的に日本語だった。


 博士が日本語で説明を聞き、教えてくれてはいた。

 しかし、不安がないといえば、嘘だ。シンシアを産んだ時にも不安で胸がつまりそうだった。慣れない国での出産はしんどい。


 今度は、2人目であることと、英語が使えることで、幾分かはましである。しかし、やはり、不安であることに変わりはない。




 看護師に連れられて、3人は、病室に向かった。



「What a beautiful view, and a beautiful room, also. You will have a relaxed time here for waiting the baby, won’t you. (おっ、いい景色じゃないか。綺麗な病室だし、よかったな、レイア)」

 博士は、病室に入ると、奥の窓越しの景色に目を奪われた。



「Cool! It will be comfortable for me. Thank you. (うん、そうね。ここでならリラックスできそう。ありがとう)」

 レイアは、頷く。

 そして、ふーっ、と小さく息を吐く。この景色は、レイアの心を落ち着けてくれそうだ。



 レイアの病室からは青い空と海が見える。


 港に停泊中の研究船パーズもよく見える。

 灰色の大型軍艦と並んで停泊しているパーズは、その白を基調とした色合いが、軍艦の中で、明々と目立っている。

 ここにいるよ、と主張しているかのようだ。



 燦々と照りつける太陽が少し病室に入ってきていた。もうすぐ正午を迎える。夕方になれば、この西向きの窓からは、夕日が見られるであろう。


 レイアは、外を見て、もう一度、大きく息を吐いた。リラックスした息だ。


 博士は、レイアの後ろで、荷物を整理していた。カバンから、レイアの着替えをクローゼットに移していた。






 博士とシンシアは、レイアを病院に残し、外出した。

 博士には、サンディエゴで寄っておきたいところがあるのだ。



 サンディエゴの街は大きい。

 走っている車も、道も大きい。



 2人は、タクシーで、サンディエゴの大学にある水産研究所を訪れた。



 大学の敷地も大きい。


 海から少し離れたところに、その大学はある。大学の敷地内のいたるところに木が生えており、ちょっとした林を形成している。その林の中に。建物がポツポツと点在していた。



 博士の昔の友人が、この大学に研究室を持ったのだ。


 それは、海洋生物学研究室のアイシェンバーグ・パトリック(Eichenberg Patrick)教授だ。パトリックは、博士がイギリスに留学していた時に、その研究室でポスドクをやっていた。レイアとも馴染みがある。その研究室でも、博士と同様に優秀であった。その証拠に、あっという間に教授になった。そして、こうやってサンディエゴの大学に独立研究室も持っている。




 博士とシンシアの2人は、この研究室を訪ねた。

 『Marin Genomics』と書かれた研究室の扉を開けた。そこに、パトリックは居た。



「Oh, Hiro! How have you been? Long time no see you, nice to see you again. (よう、博士。久しぶりだな。また会えて嬉しいよ)」


 パトリックは、灰色の髪の毛をしており、年配に見えるが、博士と同い年だ。恰幅の良い体型をしており、太い腕には腕毛がぼうぼうと生えている。彼は、博士に笑いかけながら、その太い腕を差し出す。



「Nice to see you again, too! (僕もだ)」


 博士はパトリックと握手を交わす。

 握手を交わす2本の腕の太さには有意な違いがある。博士の腕が細いのでは無い。パトリックの腕が太いのだ。



「This is my daughter, Cynthia. I think it is the first time you meet her, right? (この娘が娘のシンシアだよ、確か、会うのは初めてだよな?)」


 博士は、シンシアを紹介する。

 博士とレイアがイギリスを去ったのは5年前である。4年前に生まれたシンシアとパトリックは初対面だ。



「Wow! She is Leia’s baby. Indeed, she looks alike her. Um, by the way, where is she? (おぉ、レイアとの子か? レイアそっくりだなぁ。そういえば、レイアはどこだ?)」


 パトリックは、シンシアの頭よりも大きな手で、シンシアの頭をガシガシと撫でる。


「うぐぅ」

 と、シンシアは思わず、小さな声をあげた。



「She is in hospital now. (レイアは今、病院にいる)」

 と、博士は答える。



「Really? What’s wrong? (何かあったのか?)」

 パトリックは、わざとらしく、訝しげな顔をした。

 表情が豊かなのがアメリカ人の特徴の一つかもしれない。


「Nop! It is good news. I mean, we will have second baby soon. (いや、嬉しい知らせだ。2人目だ)」

 と、博士は笑顔を作る。目を大きく開き、口元を大きく上げた。



「The second! Congratulations! (2人目か、そいつはいい)」

 パトリックは、ガラリと表情を変え、大きく笑った。


 パトリックは博士の背中をバンバンと叩く。

 博士は、少し背中を丸めながら、パトリックの手を、背中で受け止めた。




「Anyway, how’s going your research? ところで、研究はどうだ?」

 パトリックは、博士の背中に置いた手を、肩に回す。


「It’s O.K. As all the animals in the sea were disappeared, I am trying to produce new animals. (まぁまぁ、だ。海洋生物が軒並みいなくなっちやったからなぁ。それで、生物を作り出す研究をしているよ)」

 博士は、後ろにいるパトリックに、顔を向けながら、答える。



「Exactly, me too. So, I can show you my animals that I have made since that day. (みんな消えちまったからなぁ、俺はとりあえず、こいつらを作ったぜ。見せてやるよ、ほれ)」


 パトリックは、こっちへ来いよと言わんばかだ。親指で、後ろの扉を指す。




 パトリックに案内されて入った部屋には、大中小、様々な大きさの水槽が、所狭しと並べられていた。そして、中に泳いでいる数々の生物を見て、博士は、目を見開いた。


 イカとタコが水槽の中を泳いでいる。そして、端の水槽には、ペトリディッシュに張り付いたホヤまでいた。



 パトリックは、イカ、タコ、そしてホヤまで作っていたのだ。



 ホヤは脊索動物の中で脊椎動物に最も近い。

 パトリックは、人工合成だけで脊索動物まで作り出していた。大城戸研究室では、やっとの事で、クラゲとウニを作製したが、パトリックは、さらに先をいっていた。



「It’s so amazing. I’ve never seen these animals to be reported in publications. Oh, they are indeed the animals themselves. (すごいなぁ、これは。論文では見たことないけど、作れるんだ)」

 博士は水槽の中で泳ぐイカに真剣な眼差しを向ける。


 10cmほどの大きさのイカが、10匹ほど、同じ向きで、水槽内をくるくると泳ぎ回っていた。透明に近い褐色のイカだ。



「Haha, I’ve not reported them. (あぁ、まだ何も発表はしていないからなぁ)」

 パトリックは得意げな顔をする。


「Why don’t you make publication? I guess you need publications even if you are full professor, right? (どうしてだよ、教授になっても論文は必要だろ?)」

 博士は、驚き、パトリックの方に顔を向けた。


 教授になっても研究費を獲得するためには、論文が必要だ。研究室の維持のためには研究費を稼ぐ必要がある。論文は必要不可欠なのだ。



「Why why? I don’t need to rush to publish. It is still my important skill, and I do not want to share it yet. Also, my goal is to make a fish. As I have been a full professor and had my lab, I can do what I wanna do. Hahaha. (なんで、急いで発表する必要がある? 技術は外に出したくないしな、まぁ、俺の目標は、魚類だと言うのもあるけど。まぁ、教授になって、研究室も手に入れちまったからなぁ。あとは、ぼちぼち好きにやるさ。はっはっは)」

 パトリックは大声をあげて笑う。


 パトリックは、まだ教授になって日も浅い。それに、これまでに蓄積した多くの論文もある。無理に急ぐ必要はないかもしれない。

 論文を獲得するために躍起になっている博士とは対照的に、余裕を持っている。




「Anyway, I mean. I think it is difficult to make vertebrates such as a fish. I tried ton of times, but I could not get any. (しかし、あれだ。脊椎動物は難しいなぁ。いくらやってもうまくいかない)」


 パトリックは、そう言い、鼻から息を吐く。そして、首を振る。


 パトリックは魚類に苦戦していたのだ。

 背骨と中枢神経を持つ複雑な脊椎動物を人工合成で完璧に作製するのは簡単ではない。これには、ゲノムだけでないエピゲノムの情報も重要になってくる。高等な生物ほど単純ではないのだ。



「It’s still be a secret, but I produced a fish. I named the fish as “Adim” named after “adam”. (あまり大きな声では言えないけど、僕は『アジ』のような魚を作った。名前をアダムにちなんで、『アジム』と名付けたんだ)」

 と博士は言う。


「Cool! It’s so nice name, too. Adim, haha. Please, please show me the fish next time. (そいつはすごいな。『アジム』かぁ、いい名前だなぁ。今度、ぜひ、見せてくれないか?)」

 パトリックは、大きく目を見開く。


「Well. Next time. (じゃあ、今度な)」

 博士は答えた。







 シンシアと博士は、タクシーで帰路に着いた。


 港の入り口のところにある露店で、博士は、タコスを買った。サンディエゴはメキシコに近いこともあり、タコスの露店が多い。そして、値段も手頃である。

 博士は、タコスの入った紙袋を握り、露店を後にした。



 港は淡いオレンジ色をしていた。

 パーズの向こうに、太平洋のまっすぐな水平線に沈んでいく太陽が見えた。目を細めながら、パーズに向かう。


 これから、レイアのいない研究船パーズでの暮らしが数日、続くはずである。


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i488219
秋の桜子さまよりいただきました。
好評連載中です!

i493381
砂臥 環さまからいただきました。
リンク先は、『『月』を照らす光〜月と海のリザレクション〜』です。
テーマソングです。
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