女子トークあっとパーズ
博士とシンシアがニュージーランドに出かけている間のこと。
研究船パーズの大城戸研究室の実験室で。
「What are you after? (何かお探しで?)」
技術補佐員のアーシーが、大城戸レイアに声をかける。
レイアは、大城戸博士の実験ベンチの上をキョロキョロと見回していた。
そこに、近くで実験の作業中だったアーシーがやって来たのだ。アーシーも実験中であり、右手にはピペットマンを持ったままである。
「Oh, Ashley. I was asked by Hiro to make progenies of shrimp-jellyfish, but I am not sure where they are. (博士に頼まれて、エビクラゲの次世代を作りたいんだけど、エビクラゲたちがどこにいるのかわからなくて)」
レイアは、アーシーの方に顔を向ける。
「They are in this incubator. (それならここですよ)」
アーシーは、博士の実験ベンチの横に置いてある恒温槽の扉を開けた。恒温槽は18度に設定され、その中には、ガラスビーカーが並べられている。
レイアは、恒温槽からガラスビーカーを一つ、取り出した。
大きなガラスビーカーの中には10匹ほどのエビクラゲが泳いでいた。
成体になり、エビクラゲは体調10cmほどになっていた。ガラスビーカーの中を窮屈そうに泳いでいる。いくつかの個体は、お腹に透明な卵を抱えている。また、別の個体は白い精子を持っていた。
「Oh, thanks, Ashley. I think I should fertilize them. (あ、わかった。こいつらを受精させればいいのね。ありがとう)」
レイアは、ガラスビーカーをベンチに置いた。
「Sure! By the way, the baby is coming soon, right? When is the due date? (いえいえ。それよりも、それ。もうそろそろですよね。予定日はいつでしたっけ)」
アーシーは、レイアのお腹に、視線をやる。
レイアのお腹はかなり大きくなっており、存在を主張している。レイアの黒いワンピース上に綺麗な流線を描いている。
「It is on July 12th. So, we have another month. (予定日は7月12日よ。あとひと月ほどね)」
レイアは、右手で、お腹を優しくさすった。
「It sounds great. (それは楽しみですね)」
「Yeah. (そうよね)」
二人は、目を合わせ、微笑んだ。
そして、二人はしばらく雑談を楽しんだ。
ガラスビーカーの中のエビクラゲたちは、母親の井戸端会議を待つ子どものように、プカプカと泳いでいた。
実験室の反対側では、久保信一が、せっせと実験をしていた。
英語で井戸端会議に花を咲かせている二人の金髪美女には目もくれず、彼は実験に集中しているのだ。
ガラスビーカーの中で育ったウニは、もう成体になっている。
信一は、もう一度やり直した別の実験でも、プルテウス幼生になった個体を数匹手に入れた。実験の再現性も取れたし、次世代を作るための個体数も揃っている。このままうまく次世代の個体が取れれば、論文執筆まですぐだ。論文が目と鼻の先に見え、信一のモチベーションは高まっている。
ガラスビーカーの中のウニは、丸い。
しかし、それほどトゲトゲはしていない。短く伸びた多数の針がウニの表面を覆い、玄関マットのようなギザギザな表面をしていた。
いわゆるバフンウニである。
直径5cm程の球体のウニがガラスビーカーの底でコロコロしていた。
教授のいない部屋は和やかだ。
ブラック研究室でなくても、これは当てはまる。上司は、いない方が気楽だ。
上司のいない実験室には、笑い声が響き渡る。無駄話で実験が中断しても、怒られることはない。部下は、リラックスして実験に集中できる。
教授がいない間に、各々、自分の実験と自分の時間を、楽しんでいた。