ニュージーランド二人旅
からりと晴れた青空だ。
絶好の出発日和である。
ブリスベン空港から見える景色は平坦である。
日本では、どこかを向けば、遠くに山が見えたものだが、ここは本当に平坦なのだ。見渡す限り平坦である。山が見当たらない。ただ、遠くにはポツポツと街が見える。
空港に着くまでの道も、平坦であった。道は綺麗に整備されていたが、道の周りには緑が多い。たまに住居が点在する。田舎である。
空港は大きい。
それなりに人はいるが、空港が大きいため、空いているように見える。余りある土地をふんだんに利用した、贅沢な空港だ。
二人が乗った飛行機は、100人ほどの客を乗せた、小型の飛行機だ。
ニュージーランドのウエリントンという街まで、8時間ほどかかる。博士は、ここぞとばかりに、真剣に論文を読んでいた。博士の横で、シンシアは、不安そうに窓の外を眺めている。
窓の外は真っ青だ。
時折白い雲が横切っている。海を見下ろすと、真っ青な海が広がっていた。
いつも船の中から、見飽きるほど見ていた海だが、空の上から見ると、一味違う。波が横に進んでいるのが見える。
「あ、そう言えばさ、シンシア。ちょっと気になったんだけど……。」
博士は、論文から目を離し、シンシアに目を向ける。
「ん、何? パパ?」
シンシアは、窓の外に向けていた目を飛行機の中に戻す。
外の明るさに慣れていた目が、薄暗い飛行機の中に適応するのに、少し時間が掛かった。博士の顔が暗く見えた。
「シンシアはさ、というか、海神ポセイドンは、消失した時に、海洋生物ごと消えたでしょ。それは、海神ポセイドンがそれらを作ったからでしょ。僕が気になったのは、最高神ゼウスが消失したら、何が起こるかってこと」
博士は、落ち着いた口調で淡々と離した。それをシンシアは、頷きながら聞いた。
「最高神ゼウスはね、天候を操っていたの。主に『雷』をね。ゼウスが消失すると、雷が無くなるの」
シンシアが答えた。
「うーん」
博士は、腕を組み、頭の中で思考を巡らす。
博士には、世界から雷が消えたことの影響がイマイチわからないのだ。
つまり、雷が無くなることで、生じる不利益が何かが思いつかない。これはむしろ、人間にとっては、良いことのようにも思える。
「いやぁ、シンシア。ゼウスには、悪いんだけど。雷は、無い方が人間にとってはありがたいのかもしれないよ。雷がなくなったデメリットが、僕には思いつかないんだ」
「はは、そうかもね」
と、シンシアは笑った。
目には少し寂しそうな色を浮かべていた。
飛行機は、何事もなくニュージーランドのウエリントンに到着した。
8時間は長いようで短い。
ウエリントン空港を出ると、冷たい風が吹いていた。ブリスベンのそれよりもさらに冷たい。
天気は良く、明るい日差しが照りつけるが、空気は冷たい。カラッとした冷たい風が二人の間を通りすぎる。
南極に近いだけのことはある。
博士は、持って来た防寒具を身につけた。
茶色のコートに身を包み、黒い帽子をかぶる博士。その横には、薄ピンク色のトレンチコートに、白いスカートを合わせた、おしゃれなシンシアがいた。白いニット帽をかぶっている。白いポンポンがチャームポイントだ。シンシアは、ブリスベンを出た時と同じ格好だ。
「シンシア、さすがにスカートは寒くないか?」
博士は、シンシアの足元に目をやる。博士は、ジーンズ越しでも、風に冷たさを感じていた。その横で、シンシアは、素足でも平気そうにしている。しかも、靴下も短い。
「大丈夫だよ。わたしは、寒さには強いから。ずっと寒いところに住んでいたからね、慣れているんだよ。それより、パパ。急ごうよ」
と、シンシアは急かす。
博士は、ブルブルと身震いさせながら頷く。一方で、シンシアは、全く震えていない。
シンシアの言葉通り、彼女は寒さには、めっぽう強いようだ。
空港の周りの街は発達していた。
近代的なビルが立ち並ぶ、都会であった。
二人は、タクシーで港まで向かう。10分ほどで港に着いた。空港の周りは都会であったが、道中は少し田舎であった。そして、また都会である。港の周りも都会なのだ。
二人が着いた港は、近代的で綺麗な港だった。
港の近くにある露店で博士は、フラットホワイトコーヒーとフィシュアンドチップスを買った。博士は、コーヒーはブラック派であるが、甘いコーヒーも飲むことがある。
「うん、うまい」
博士は、フラットホワイトコーヒーをすすった。
芳醇なミルクの香りと甘みが、エスプレッソの苦味と絶妙に調和している。ニュージーランドで国民のソウルフードと呼ばれるだけの理由はある。
博士の横で、シンシアは、フィシュアンドチップスに舌鼓を打っていた。
魚のいないこの世界では、魚ではなく、鶏肉を使っている。もはやチキンナゲットとフライドポテトのセットである。一方で、露店オリジナルのタルタルソースは白身魚フライ用に作られたとはいえ、格別に美味しいものだった。
タルタルソースを口の周りにつけながらも、シンシアは、大きく口を開けて、チキンナゲットにかぶりつく。この姿は、完全に幼女である。
「はは、シンシア。もうちょっと落ち着いて食べなよ」
博士は、持っていたハンカチで、シンシアの口の周りを拭った。
博士も、シンシアの横から、こっそりとチキンナゲットを拝借し、その味を堪能した。
博士とシンシアが約束の場所に行くと、すでに船が停泊していた。
全長20メートルほどの大型クルーザーである。博士とシンシアが船の前に差し掛かると、船の中から、二人の男が降りてきた。
ジェームス(James)とニコラス(Nicolas)の二人だ。
二人とも恰幅の良い格好をしている。博士の二倍以上はある太い腕をしていた。
「Hi, are you Hiroshi, right? I’m James and this is Nicolas. We will take you where you want to go. Nice to meet you. (俺はジェームスで、こっちがニコラス。お前らのいきたいところに、連れてってやるぜ。よろしく)」
ジェームスは大きく笑顔を浮かべながら、右手を差し出す。その横で、ニコラスも右手を差し出した。
「I’m Hiroshi, and this is my daughter, Cynthia. Nice to meet you, too. (僕は博士で、こっちが娘のシンシアだ。よろしく)」
博士は、右手を差し出し、ジェームスとニコラスと握手を交わす。
そして、シンシアも右手を差し出す。ジェームスとニコラスの大きな手と、その半分くらいの大きさのシンシアの手で、握手が交わされた。
「O.K. Anyway. Let’s set sail. You don’t have time, do you? We’ll talk later on the way. Let’s go. (とりあえず、時間が無いらしいからな、急ごう。話は船内でゆっくりとしよう。さぁ、乗ってくれ)」
ジェームスは、右手の親指で、後ろの船を指す。
二人は、船に乗り込んだ。
大型クルーザーは4人を乗せ、ウエリントンの港を出港した。寒空の下、南西から吹く冷たい風に逆らい、南西に向かい舵を取った。




