研究者ウェイ・ヤン
海賊船から捕えた研究者は、船室の一部屋に軟禁してある。
その研究者の名前は、ウェイ・ヤン(Wei Yang)。黒髮の40手前の中国人だ。
彼は、研究者らしい華奢な体つきをしていた。
前線で戦闘に参加するためではなく、研究のために雇われていたのであろう。戦闘力は皆無だ。その部屋では、暴れることもなく、大人しくしていた。
大城戸博士は数人の護衛と共に、その研究者の部屋を訪れた。念のために、一般の居住区域とは別の区域にある部屋に、彼は軟禁されていた。
博士は、ウェイの前の椅子に腰掛ける。二人の間には小さなコーヒーテーブルがある。しかし、今回は、飲み物を用意するような、お気楽な話し合いでは無い。
二人は、コーヒーテーブルに、ただ向かい合う。
「What were you doing on the ship? (あの船で、何をしていた?)」
博士は聞いた。
彼は船内にいた時に、英語で話していた。そこで、博士は、英語で話しかける。
「I just researched. (ただの研究さ)」
ウェイは、博士の目をじっと見つめ、言葉を発した。
「Is that really research? I could see that just like a madman’s deed. The bear was actually suffered by tubes entered into its body and brain. I can’t understand you as a scientist. (あれが研究か? 熊にコードを刺して、苦しむ姿を見ながら、よく研究だと言えるな。同じ研究者として、同意はできないな)」
「Are you a researcher, also? Don’t you use mice for study? Do you think mice are O.K. for study, but bears are not? It sounds kind of ego for me. (ほぉ、あんたも研究者か。それなら、実験にマウスを使うだろ? 熊はダメで、マウスならいいのか。それは、エゴだな)」
ウェイは、少しうつむき、上目遣いに、博士を睨む。ウェイのメガネのフレームの上を、彼の視線が通り抜ける。
「We do not suffer them. (僕らは、マウスを苦しめることはしていない)」
博士はとっさに言い返す。
「It is indeed ego, too. (それこそ、エゴだ)」
博士の言葉にかぶせるように、静かに、強く言い放った。ウェイの目は真剣だ。
博士は、一旦、深呼吸して、自分を落ち着ける。
ここは意見を主張する場では無い。目的は、この研究者から、情報を聞き出すことだ。ゼウスに関する情報。もしくは、海賊船や、その他諸々の情報を、だ。
「OK, anyway. Where did the bear come from? (まぁいい。あの熊はどこから来た?)」
博士は、本題に入る。
「I have no idea. I just received the bear as a sample from my bosses. They told that the bear is able to control the thunder. Thus, my research theme is to put the thunder be under our control. (それは、わからない。上から研究資料としてもらっただけだ。雷を操る面白い熊だそうだ。それをうまく操れるようにするのが、私の研究だ)」
ウェイは、答える。
ウェイの言っていることが真実かどうかを疑いながらも、博士は、それを頷きながら聞く。
「Well, good job. By the way, where is your main lab in. (そうか。それは大層な研究だな。ところで、お前たちの主な研究室はどこにある?)」
「It is in Antarctic. (南極大陸さ)」
「Really? (南極、だと)」
博士は、頭の中に考えを巡らす。
海神ポセイドンの神殿は南極の近くの海にある、とシンシアは言っていた。また、最高神ゼウスも南極に住んでいたとも、言っていた。この組織が南極に研究室を持つことと、関係があるのかもしれない。
ウェイの言葉が正しければ、鍵となるのは、南極であろう。
「OK. I see. What is the organization you belong to? (ところで、その組織の名前はなんだ?)」
「Our organization is “Sea PeaceS”. It is literally for peace in the sea.(『シーピーズ』さ、海の平和を守る組織だ)」
これは、博士にも、聞いたことのある名前だった。
それは、海洋生物を守るためには手段を選ばない過激な集団であった。
4年以上前には、度々ニュースで聞く名前だった。海洋生物を扱う博士にとって、無視はできない組織でもあった。しかし、関わったことは一切無い。それに、海洋生物学が消失した最近では、ニュースで名前を聞くことは無かった。
4年ぶりに聞く名前である。
「I know that as a “famous” organization. (あぁ、あの有名な組織か)」
博士は、皮肉を込めて言う。
「I don’t care what you think. I am proud of my works. Indeed, a dolphin and a whale have emotion, while a bear not. We believe a criterion is there. Our goal is to save higher organisms in the sea. For the purpose, there should be no problems to use the bear for our study. (あんたがどう思おうが、私は、自分の研究を誇りに思っているよ。イルカやクジラたちは、感情を持つ。でも、熊は持たない。線引きはそこにある。海に住む高等生物を守るのが我々の使命だ。そのために、実験モデルとして熊を使ったところで、何も問題はない)」
ウェイは、博士の皮肉の言葉を感じつつも、反論した。ウェイの目は、まっすぐ博士の目を見つめている。彼にも彼なりの信念がある。
「OK. Fair enough. (わかった。十分だ)」
博士は、そう言い、椅子から立ち上がる。
研究者にも色々な考えがあることは、博士は知っている。
博士自身も、生物の遺伝子情報を改変し、本来の生物としての姿も遺伝情報も、改変している。これを他人がどう思うかは、わからない。非人道的な行為だと責められる可能性もある。博士は、彼に対して何も言い返さない。
博士は、部屋を出ると、「ふー」と大きなため息をつき、頭をボリボリと掻いた。
収穫は思っていたより少なかった。
博士は、この研究者がもっと大きな力を持っていると考えていた。ゼウスの研究を任されていたからだ。しかしながら、この研究員は、ただの研究員だった。
有意義な情報は、研究機関パーズを襲った組織が、『シーピーズ』であることと、その本拠地が南極大陸にあることくらいである。ゼウスに関する情報は何も得られなかった。ウェイが何かを隠している可能性もあるが、博士たちには、自白を強要することはできない。
とりあえず、博士は、ウェイから得られた情報を信じることにした。
「さてさて、どうしたものか」
博士はもう一度、「ふー」と大きなため息をついた。