校長
前回のあらすじ。
赴任してきたはいいが、校長室は分からないし、朝会には間に合わなさそうだし、テンパっていた。
「校長先生! おはようございます。そして遅れてしまい申し訳ございません! そして今日から臨時講師を務めさせていただく美崎と申します!」
「う、うん『そして』が多いね、君は。まぁ……こちらこそよろしく! そうそう、遅れた事は気にしなくていいよ。この学校に初めてくる人は、大体道に迷っちゃうんだよね……。ハハハ」
肩で息をする俺と、その横には音無。対するのは校長先生だった。
よかった……、ギリギリ常識の範囲内の遅刻だ。それにしても“校長”なんて言うから、もっと年寄りかと思っていたけど、割と若い……ってアレ? この人は!
「校長先生って、そうか! 教師陣はあまり変わっていないんですね? 九山さん、いや校長先生」
「ハハハ! 私のことは“九山さん”で良いよ。堅苦しいし。まぁ久しぶりの再会ってところだね。だが生憎、時間があまり無いようだ。歩きながら話そう」
そう言って豪快に笑うのは、色黒で痩身の中高年、男性だった。年齢は五十から六十代くらいで、白髪交じりの頭髪を総髪にしており、やや彫が深い。胆力のありそうな男である。俺が高校生の時に通っていたのは、この学校であるのだが、九山さんは俺のクラスの担任でもあった。リフォームしたり、学校の教育方針が変わったり、制度もまるで別次元へと昇華してしまったみたいだが、当時の教師は、未だに引退せずに現役のようだった。
美崎は音無の事も忘れずに紹介しながら、九山と三人で道中を歩く。尚、本来であれば朝会が始まる前に学生寮を案内してもらい、持ってきた荷物を荷降ろしをする手筈だったのだが、美崎達が遅刻した為、そんな悠長な時間は無くなってしまった。今日のスケジュールを把握していなかったので仕方が無いのだが……、荷物は急遽、校長室にて置かせてもらう事となった。
歩きながら朝会での段取りを一通り説明された後、業務内容と学校の全容を一息に捲し立てられる事になった。業務内容に関しては問題無かった。時間割と、美崎が受け持つ科目、その詳細。それから教科書……は無いらしく、生徒の学習意欲を掻き立てるような、柔軟で面白い授業、且つ役立つ知識を授けてほしいとの事。期待し過ぎだろう、とは思ったが、魔法の実演なんかで良さそうだろう。問題はその後の、この学校――正式名<六徳学園>についてだった。
教育理念に始まり、学校の特色――旧校舎をリフォームし、広大な面積をせしめた理由から、その全貌など。校舎が塔や区画ごとに分けられ、“ブロック”と呼称している事や、最新のシステムを導入した授業と親御さんにも安心の警備、充実した設備。それから力を入れている科目など――を始め、全校生徒の数から一人一人の家柄、性格などの傾向を話し出し、校則、一日の流れ、備品や施設(体育館や運動場の他、学生寮や食堂)の使い方をレクチャーされた。
(こういうのって、普通事前に余裕を持って伝達されるよな……?)
久々に脳をフル稼働させた気がする美崎であったが、九山が手渡してきた書類を受け取り、溜飲が下がる。今言われた内容の大体は、この書類に書いてあるらしい。それならば、内容を全て暗記する必要はないだろう。
契約書の記入や注意事項等は、また後ほどに時間が空いたら確認しておいてくれ、との事だった。
臨時とはいえ本来立派な教職であるのだが、美崎が推測していた通り、今回はほぼアルバイトのような立ち位置のようだ。但し、“生徒の将来と学校の面目に関わるので素晴らしい授業内容は勿論の事、模範となるような勤務態度を心掛けて欲しい”と釘を刺されてしまったのだが。
ブロックに関しては次のようになっているらしい。まずこの六徳学園の敷地内はメインブロックとサブブロックという二種に大別される。美崎達が居る場所――メインブロックは、一から四までの更に小さなブロックごとに区画されているようだ。第一ブロックは主に事務室や教員室らの区画。第二ブロックは中学校の校舎。第三ブロックは高校の校舎。そして第四ブロックは本館と別館が屹立し、学生寮や食堂、図書館、校長室などが含まれる区画のようである。
これらをメインブロックと総称しているようである。体育館と運動場、プールはメインブロックではなく、サブブロックにあるらしい。尚、保健室は一箇所だけではなく、その必要性により散在しているらしい。
校長室だけは例外であるらしく、教員室がある第一ブロックにあるのかと思いきや、何故か第四ブロックにあるのだ。――学生寮の利用者は多い。九山さん曰く、生徒と仲良くなる為に学生寮の側に設けたのだとか。
時間割や教科などは基本的には普通の学校と同じだろう。余談ではあるが、高校の生徒数は少ないらしい。新設校という事もあり、美崎達が住んでいる村の廃校から移ってきた御家庭と、いち早く最先端技術に付け込んだ御家庭……、そういった方々以外、入学しようか検討する時間が十分ではなかった、と九山が提言するのだが、実際は建前だろうと思う。一番の理由は……
(学費、かな……)
美崎は周囲を観察しながらそう思った。壮大で絢爛な校舎と施設、敷地、そしてセキュリティもそうだが、どんな素材を使っているのか不明な、傷一つ無く、蛍光灯の光を煌びやかに反射する廊下、指紋やくすみの無い窓、静謐さから実感される完璧なまでの防音効果……正門から入って、これだけ見て来たら、中流階級以下を圧倒するかのような学費が頭に浮かぶ。以前の、同校の小ざっぱりした様相を知る美崎にとっては、正直仰々しいとさえ思えるのだった。
「警備員の駐屯所もあるんだよ」
「凄いですね……」
素直に感心した。SF映画で主人公がライトセイバーという凶器を振り回し、宇宙の命運を懸けて珍妙な宇宙人達と戦う“スター○ォーズ”という作品が、その昔にはあった。美崎も子供の頃、よく真似して遊んだりもしたし、社会現象にもなった。実はこの映画、俗世ではフィクション作品だと認知されているのだが、最近の研究では現代科学と魔法の力を以ってすれば、充分に再現可能であるという見解が出ているのだ。同時に、当時製作していた監督は時空間を超越する方法を確立した、“未来から来た監督”であり、その映画内容は実話なのではないか、と密かに囁かれているのだ。タイムトラベルは論理的には可能であり、アインシュタインの相対性理論などに基づき、草案のようなものが提出されていた。
重力は時空を歪め、重力場の異なる座標では時間の流れに差が出る。そして光速で動く、質量の無い物体は時間の経過という影響を受けないという理論だ。
つまり重力を操るか、光速で動かすか、この辺りをクリアすれば瞬間移動は勿論の事、タイムトラベルも夢ではない話であり、魔法という概念でエネルギーの操作が可能となった今、軽度ならば重力というエネルギーを操作できる者も現れていた。“監督は未来人説”を否定できず、研究学会で論争が行われた事は記憶に新しい。
……話が脱線したが、この学園にはそのような高度なテクノロジーの結晶が一望できた。というか、最早スター○ォーズと言っても過言ではない。
「それで、ここからが大事な話だ」
九山は介然とした態度で美崎へと向き直った。
「この学校では、魔法についても勿論教えている。今後、新時代の礎となるであろう魔法の教育を、学校側の理念に取り入れている。法律、歴史、科学との融合。それから生活との関わりとかね。だけど、それは表向きの話だ。この学校では、他に――」
――他に、特別科がある、と告げた。そこでは、魔法の扱いに長けた生徒を選抜し、身を守る為の戦術や、力の運用方法を教えている。体術なども。そして、国からの支援も受けているのだと言う。
ここまで肥大化したシステムの裏には、いや……これ程までの莫大な資金の捻出には、国からの幇助があったという事なのだろう。道理でおかしい訳だ。
「だけどそれすらも、建前なんだよ。危険な能力を持っている生徒も居る。そういった生徒を隔離する目的もあるんだ。クラスは普通の生徒も一緒に混ざっているから、本人には隔離されている、という意識は無いけど」
美崎は九山の話に顔を顰めた。
「戦わせるんですか? 子供達を」
「……齟齬があるようだけど、いずれ戦いになる可能性が高い。子供達の為でもあるんだ」
九山が鷹揚に説明した。けれど、美崎は思う。それはただの外聞の為だ、と。都合の良いように丸め込んで、強大な能力を使役してやろうという、国の思惑なのだから、と。
俺にはその特別科の担当をしてもらうと、九山さんは最後に付け加えた。優秀な魔法能力者になるよう、生徒に色んな魔法の知識や経験を積んで欲しいのだと言う。九山さんの目に曇りは無く、自らの正道を露ほども疑わない、実直な思いが感じられた。
俺は、子供を武力として、兵器のように扱う方針には賛成できない。だけど、それが国の意向であるならば、そして少なくともこの学校のルールだと言うのならば、従おうと思う。国の考え方も一理あるし、間違ってはいないと思うから。それに、大きな力を持った人間は、本人の意思を差し置いて、陰謀に巻き込まれてしまうものだ。だから自助能力を鍛えておいて、後は子供達が見聞を広め、その上で自分達はどうするかを判断すべきだと思う。結局の所、決めるのは本人次第なのだし。
「じゃあ、美崎君。またあとで。校舎の案内は、朝会が終わったらするよ!」
そう言って、俺&音無と九山は分かれた。




