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偉いぞ、わたし

 そもそもこいつが山中で迷うなどというイベントに遭遇したのはそれが原因な筈だ。なんとなしに尋ねた事だったけど、それに対してはいろは(小)よりもいろは(大)が素早く反応してきた。


「なっ、なんでもいいやろそんなん!私達が教えてもらってもどーしよーもないし、タイムカプセル入れるんやったらあんまり人にべらべら教えたら意味ないって言うか、お楽しみって言うか、あはははっ、ね!?」

「な、なにを急に……目、泳いでるけど」


 早口でまくしたてるいろは(大)に若干引きつつ、まぁ確かに何でもいいけどーと話を流そうとしたとき、ふと西依のおばあちゃんが言っていた事を思い出した。行方不明になる少し前、当時のいろはは一所懸命に俺への手紙を書いていたと。そしてその中身は未だに見つかっていない、とも。つまりいろはは、俺への手紙をタイムカプセルに入れ忘れて、それを入れるためにわざわざたった一人でもう一度山の中へと入ったって事なのか?そのせいで、こいつが山で迷って帰って来られないという現実がすぐ裏にあったってことなのか……?

 じっといろは(大)の目を見ると、びくっと肩を震わせ顔を赤くして、そしてすぐに目を逸らされた。なんだよその反応は、……こっちまで照れるだろうが。


「ま、まぁ……なんでもいいけどさ……」


 俺といろは(大)のやりとりを不思議そうに見ていたいろは(小)が「はやてくんにてがみ」と呟いたが、いろは(大)が慌ててお茶のお代わりを促して、うん、お茶を濁されてしまった。だけどだいたいわかった。


 こんなに小さかった子供いろはが、カギを失くして山の中を疲れるまで歩き回ってでも、大人になった俺に宛てて届けようと思った手紙。


 一体何が書かれているのかはわからないけれど、この幼馴染は俺が思っている以上に、俺のことを大事に想ってくれているのかもしれない、と。それを受けて、自分の気持ちにも、少しずつ……変化と言うには大げさだけど、色彩が豊かになっていくような、今まで見えなかった色や形に気付けるようになれたような……そんな気がした。


「鍵と言えばさ、結局、俺が貰ったあのカギの事わかったかもとか言ってたけど、なんやったん、あれ」

「ん?……あー、あのカギね。今も持ってるよ。あのカギ…………………。あああっ!あのカギ!このカギ!!」


 急に叫びだすため俺もいろは(小)も驚いて目を見開き一瞬硬直してしまうが、いろは(大)はお構いなしに自分のカバンをごそごそと漁り始める。そして数日前に穴が空くほど見た例の封筒を取り出し、逆さまにして揺らして掌の上に例のカギを落とした。


「これっ、このカギ!!いろはちゃん、このカギじゃない!?」


 そんなアホな、思いつきでものを言うんじゃありません、そんな都合のいい話があるわけないだろう。そんな窘めるような言葉がすらすらと頭の中に浮かんだけど、次のいろは(小)の言葉でそれらは全部キレイにかき消された。


「そのカギかも!」

「でしょ!何か、直感でこれかもって思ってん!」

「……でも、そのカギどこにあったん?カギ、一つしかないんやけど」

「う、あ、えーっと、いろはちゃんと会う前に、ちらっとそのへんで拾ってさぁ!ね!?」


 いろは(大)は何の工夫もない言い訳をしながら、話を合わせろと言わんばかりにこちらに目配せしてくる。まぁ、小学1年生を誤魔化すにはこれくらいでも十分なのかもしれない。とりあえず「うん」と答えておく。


「ふーん……。ま、いいや、もどろっ!」


 いろはよ、子供時代の自分自身が細かいことをそれほど気にしない性格で良かったな。時々謎の鋭さを見せてた気がするけど……。カギを手に入れて元気を取り戻したいろは(小)は立ち上がり来た道を戻り始める。その背中を追いかけながら、いろは(大)に小声で話しかける。


「なあ、あのカギの正体がわかったかもって俺に言ってきたのは、あれがタイムカプセルのカギって事を思い出したからか?」

「んー、思い出したって程じゃないけど……なんとなく子供の頃にああいうカギあったなって」

「なんとなくか……。それにしても、もしそれが正解でもますます謎やなぁ……。お前と俺しか知らないタイムカプセルのカギを、大事なカギってメモを付けて俺の家のポストに入れるって。しかもお前が昔書いた封筒に入れて」

「え……なんでこの封筒私が書いたって知ってんのっ?」

「おばあちゃんに聴いた。いっぱい封筒に俺の名前書いてたって」

「お、おばあちゃんっ、余計なことを……!!」


 照れながらおばあちゃんに文句を言ういろは(大)を見て、なんだか少し笑ってしまった。


「あー、でもさ、このカギ俺んちのポストにいれたのって、おばあちゃんとちがうんかなって思うんやけど。少なくとも、西依家の誰かにしか出来へんやろ」

「う~~ん……でも、メモの字はおばあちゃんとは違うと思うし……うちの家族がそんな回りくどい事する必要もないし」

「そうやんなぁ……あーわからん!」


 まるで全てが計算されているように繋がっているけれど、そもそも最初にそれを始めた人間に心当たりがない。もしかしたら、昔話として語られている落し物を人知れずキツネ様が届けてくれた、なんて事が本当に起きたのだろうか。こうして色々と経験した今ならば、そんな可能性もそれなりに頑張れば飲み干せる。


 前を歩いていたいろは(小)がこちらを振り返って「なんのはなししてるん?」と尋ねてきたから、「どうでもいいはなし」と答えてから二人で歩幅を早めて横に追いついて、並んで歩いた。



 *



 比較的地形が平坦で木々や草の繁茂する密度も低く歩きやすい開けた場所に、一箇所だけ土が掘り返されて不自然に盛り上がっている場所があった。ひと目見て何か埋まっていますと言わんばかりのそこに3人で駆け寄る。


「ここに埋めてるん?」

「うん」


 これから掘り返してタイムカプセルを確保してカギを開けてしまいたいところなんだけれど、どうしよう、スコップとかシャベルとか、そういう掘り返すための道具なんて持っていない。小学生1年生の“わたし”もシャベルを持ってくるのを忘れたことに気付いたようで険しい表情のまま立ち尽くしている。手でやるしかないかなぁ、砂場とは違ってゴツゴツした石とかあって傷つきそうだけど……と覚悟を決めようとしたところ、はやてが折れ落ちていた30cmほどの太めの木枝を「無いよりマシだろ」って拾ってきた。成程、たしかに。

 木の枝でごりごりと器用に土を掘り掻き出していく様を横で見ていると、やはりそんなに深くは埋めていなくてすぐにその箱は姿を表した。はやてはそれを両手で持ち上げてそっと私達の目の前に置いた。


「じゃあ、カギ、さしてみるな」


 私が“わたし”にそう尋ねると、“わたし”は「うん」と頭を大きく縦に振った。おそるおそる、カギを箱の鍵穴に差し込んで見る。ここまで「いけるかも!」とか言っておいて結局違いましたーだなんて展開は本当にやめて欲しい。本当の本当に。だけどそんな心配は杞憂に終わって、何の抵抗もなくカギは鍵穴に刺さってくれた。


「おおっ」


 あまりにすんなり入るもんだから、逆に驚いて声を出してしまった。ゆっくりと手首を捻ると、カチッと軽い音がした。


「開いたっ」


 私が思わず笑顔で二人の方を見ると、わたしも同じように笑っていた。はやては「マジかよ」って言いたそうな顔してる。

「マジかよ……」

 あ、当たった。伊達に10年ジロジロ見てません。


「開けていい?」と尋ねると首を横に振って、「いろはがあける」と宣言した。まぁ、中身見られるのはちょっとだけ恥ずかしいよね、ということで箱は“わたし”に委ねる。“わたし”はいそいそとタイムカプセルに被っている土を手で払いのけるとゆっくりと開き、次に背中に背負っていたリュックサックを肩から下ろして中から一つの封筒を取り出した。ところが、だった。その封筒は鞄の中にそのまま入れられていた為他のものと押し合いしてしまったようで、所々にシワが寄って、そして“わたし”の手が土で汚れていたため、その土汚れが微妙に封筒に付着してしまい……お世辞にもあまりキレイとは言えない状態になってしまった。せっかく持ってきた手紙がそんな感じになってしまったものだから、“わたし”は明らかにしょぼくれた表情でその封筒に目を落としている。


「いろはちゃん、その箱の中に、キレイな空の封筒入ってるんちゃう?」

「え?あっ」


 そう。私の記憶が正しければ箱の中には、間違って入れた空の封筒が有る筈だ。そのせいで私は埋めた半日後に山へととんぼ返りしたんだから。そして私の記憶は間違いなかった。ちゃんと箱の中に白い封筒が入っているのが見える。


「ほんまやほんまや、よかったぁ」


 安堵の息を吐いて箱の中のそれを見た“わたし”は、しかし手が汚れているのをわかっているので今度はすぐに触らない。偉いぞ、またひとつ成長したな。


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