表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲームの冷徹生徒会長に転生した元開発者、バグレベルに溺愛されてヒロインのフラグが1本も立ちません  作者: 高天原ヒロ
第三章 恋するエグゼクティブ2※続編として同内容を公開中!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/63

第五十話 もうひとつの人魚姫

文化祭当日――。

学園中が、いつにも増して熱気を帯びていた。

色鮮やかなモールや手作りの装飾が廊下を彩り、各クラスの模擬店からは香ばしい匂いと、楽しげな笑い声が響き渡っている。

日常から切り離された、特別なお祭り騒ぎの一日。

そして、今年の生徒会が満を持して放つ企画は――


演劇『人魚姫』。


特設ステージの前には、開演を待ちわびる多くの観客が人だかりを作っていた。

注目の配役は――

人魚姫……ソノ。

王子……玲。

隣の国の姫……サクラ。

魔女……絢。

人魚姫の姉たち……律、豪。

ナレーション……凌。


「……本当に、この配役で大丈夫なんですか? 私が人魚姫でいいんでしょうか?」

舞台袖の暗がりの中で、ソノは落ち着かない様子で自身の衣装の裾をつまんだ。

「大丈夫だって! この配役は、全校生徒の投票で決まったんだから。自信持って!」

玲は、まぶしいほどの笑顔をソノへ向ける。

「みんなで練習してきたし、それにソノちゃんの人魚姫、めちゃくちゃ似合ってるよ。」

「そ、そうですか……?」

照れくさそうにはにかむソノ。

だが、その胸中は複雑だった。

(本来の『恋エグ』のシナリオなら、こんな文化祭イベントなんて用意されていなかったのに……。)

チラリと、熱気に満ちたステージに視線を走らせる。

(でも……この世界に神がいるのなら、今回もきっと――)

「……バッドエンドには、なりませんよね。」

誰に聞こえることもなく、か細く呟いた。


パチン、と会場の照明が一斉に落ちる。

喧騒が嘘のように引き、静寂が広がる客席。

そして――。

静まり返った空間に、凌の落ち着いた低音が響き渡った。

『――昔々、海の底に一人の人魚姫がいました。』


観客席から、感嘆を交じえた小さなどよめきが漏れる。

もともと冷静沈着な凌の声は、響きの良いアリーナのような講堂の舞台に、驚くほど映えていた。

(凌くん、やっぱり声いいなぁ……)

思わず舞台袖から聞き入る玲。

しかし、その直後――。

『なお、この物語には、多少のアドリブが含まれます。』


凌は、あくまで平然としたトーンで言い放った。

客席からクスクスと笑い声が起きる。

(!? 今、さらっと重大なこと言いました!? 嫌な予感しかしないんですけど!!)

ソノは両手で頭を抱え、天を仰いだ。


『ある日、人魚姫ソノは、海で溺れている王子を助けました。』

ナレーションに合わせ、舞台中央の青い照明が海の底を演出する。

その光の中、横たわる王子姿の玲の傍らに、人魚姫姿のソノがそっと寄り添った。

『しかし、人魚姫は自分の姿を人間に見られるわけにはいきません。後ろ髪を引かれつつ、物陰から王子を見守ることにしました。』


そこへ――。

華やかなお姫様ドレスをまとったサクラが、舞台の端から駆け込んできた。

「大変っ! 王子様が倒れてる!」

サクラは息を切らせながら、目を閉じたまま横たわる玲の元へと急ぎ寄った。

「大丈夫ですか……っ?」

「……うっ。」

芝居らしく、玲がゆっくりとまぶたを持ち上げる。

「あなたは……隣の国の姫。」

「はい。」

「あなたが、私を助けてくれたのですね。」

『こうして王子と姫は、次第に親しくなっていきました。』


舞台の隅から、ソノは切なげな瞳で二人を見つめる。

「……。」

『悲しくなった人魚姫は、思い詰めて海底の魔女へ相談することにしました。』


ふわりと舞台の空気が一変する。

妖しくも美しい紫色の照明に包まれ、絢が優雅な足取りで姿を現した。

「僕に何の用ですか、人魚姫。」

「私は……人間の足が欲しいんです。」

「人間の足……。」

絢は意味深な間を置き、妖艶に微笑んだ。

「それだけで、本当にいいのですか?」

「え……?」

――台本にないセリフ。

ソノの表情が、舞台上で完全に凍りついた。

(来たっ……! 魔王・絢の容赦ないアドリブ!!)


「あなたは、王子が欲しいのでしょう?」

「そ、それは……」

「ならば、足を得るだけでは足りないのでは?」

観客は息を呑み、ステージ上の不穏な駆け引きに静かに聞き入っている。

「僕なら、自分が不利になる相手の土俵では戦いません。」

絢は冷徹な、しかし楽しげな笑みを浮かべた。

「――王子を、人魚にしてしまえばいい。」

「「え……?」」

会場のあちこちから、素っ頓狂などよめきが上がる。


「そ、そんなことできるんですか!?」

「僕は、海底最強の魔女ですから。」

絢は微動だにせず、堂々と胸を張る。

「お安い御用です。」

「……。」

絶句するソノは、わらにもすがる思いで舞台袖の玲へ視線を送る。

(神……! どうしたらいいんですか、この状況!?)

すると玲は、客席からは見えない角度で、にっこりと親指を立ててみせた。

(大丈夫! そのまま続けて!)

(神! 対応が雑すぎませんか!?)


舞台上では、劇が続いている。

「ただし、条件があります。」

「やっぱり……代償は声ですか?」

「いいえ。」

「え?」

「そんなもの、いりません。」

「そんなもの……って……」

絢は一歩、ソノへと歩み寄り、冷たく美しい笑みを落とした。

「代わりに――王子の所有権を、僕がいただきます。」


ざわっ、と会場が大きく波立った。

「ええええええ――っ!?」

(何その理不尽な条件っ!?)

ソノは心の中で卒倒する。

(絢……これ絶対楽しんでるな……。)

玲は舞台袖で苦笑いをしていた。


『恐ろしい魔女と、理不尽な契約を交わした人魚姫は、王子のいる船へと向かいました。』


「そこにいるのは誰だ!?」

王子の玲が、ソノと対峙する。

「……私は人魚姫。あなたを海で助けたのは、本当は、私なの……っ」

「え……?」

その瞬間、舞台の空気が張り詰める。

サクラが、芝居を超えた真摯な涙を瞳に浮かべた。

「ごめんなさい……!」

「姫?」

「王子様を助けたのは、私ではありません。あなたが助け出してくれたと勘違いして……私、本当のことが、言い出せなくて……っ」

サクラは切なく微笑み、背筋を伸ばした。

「私は身を引きます。さようなら。」

くるりと背を向け、走り出すサクラ。

しかし――。

「待って!」

玲は迷うことなく、サクラの手首を力強く掴み取った。

「助けてくれたから、君を好きになったわけじゃない。その後、二人で過ごした時間は……全部、本物だろ?」

玲のまっすぐな瞳が、サクラを射抜く。

「王子様……。」

二人は互いの想いを確かめ合うように、力強く抱きしめ合った。


「「「きゃああああーーっ!!」」」

「最高!! 会長と副会長コンビ最高すぎる!!」

割れんばかりの歓声と拍手が、講堂の天井を揺らした。


「……えーっと。この場合、私はどうすれば……。」

途方に暮れるソノの背後から、リズミカルな足音が響く。

「おーい!! 人魚姫ーーっ!!」

「戻ってこーい。」

「姉さん達!?」

派手な人魚衣装をまとった豪と律が、ドタバタと勢いよく乱入してきた。

「男なんて、海を見渡せば他にもいくらでもいるぞーーっ!!」

「魔女との理不尽な契約も、クーリングオフで解除してきたから〜。」

「えっ、そんな現代的な制度あるんですか!?」

「いいから、一緒に帰るぞ!」

「……はいっ!」


『こうして――王子と姫は結ばれ。人魚姫は……。』

「よし! もっとカッコいい王子様、海に落ちてないかな~?」

『今日も元気に、大海原へ繰り出すのでした――おしまい。』

鳴りやまない、盛大な拍手と歓声が会場を優しく包み込む。

途中、魔女のアドリブ暴走に肝を冷やしたものの、どうにか無事に幕は下りたのだった。


ひんやりとした舞台袖に戻り、ソノは息を整えながら隣の玲を見上げる。

「……本来の人魚姫の物語って、最後は泡になって消えるはずじゃなかったですか?」

「うん、そうだね。」

玲は、全力を出し切った心地よい高揚感で、少しだけ頬を朱に染めていた。

そんな彼の姿を見て、ソノはふっと柔らかく笑う。

「この世界は……神がいるから、どんな物語もハッピーエンドに書き換わっちゃうみたいですね。」

玲は一瞬、驚いたように目を丸くした。

けれど、すぐにいつもの、とびきり優しくて温かい笑みを浮かべる。

「悲しい結末より、みんなで笑って終わる方が好きだから。」


秋の、熱気とざわめきに満ちた文化祭。

決められた運命の結末は――

こうしてまた一つ、彼らの手によって鮮やかに書き換えられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ