表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

首なし街道

馬車は夜を走っていた。

車輪が泥を噛むたび、鈍い音が響く。

雨は止んでいたが、空気は湿っている。

腐臭。

荷台から漏れていた。

「……最悪」

セシリアが鼻と口を布で覆う。

荷台の中央。

分厚い封印布に包まれた“それ”が、縄で厳重に固定されていた。

魔王の首。

胴体とは別ルートで輸送される危険物。

王国指定・災厄等級一級。

ガルクは御者台で煙草に火をつけた。

「吐くなら外で吐け」

「吐きません」

「顔色が死人だぞ」

「元々です」

レインは黙って荷台に座っていた。

視線は、ずっと封印布へ向いている。

見張っていた。

死体は、時々動く。

それが魔骸運搬師の常識だった。

どく。

不意に、荷台が揺れた。

セシリアが肩を震わせる。

「……今、動きました?」

「動いたな」

ガルクは平然としていた。

「気にすんな」

「気にしますよ!」

彼女の声が裏返る。

「首ですよ!? 魔王の! なんでそんな冷静なんですか!」

「慣れだ」

「慣れる仕事じゃないでしょう!」

その時。

レインの耳元で、くすり、と笑う声がした。

『この子、おもしろいね』

ノアだった。

封印箱は荷台の隅に固定されている。

黒鉄製。

内側から微かに脈動音が響いていた。

レインは無視した。

『ねえ』

無視。

『ねえってば』

「……うるさい」

ぽつり、と漏れる。

セシリアが怪訝そうに顔を向けた。

「何か言いました?」

「別に」

『喋ってくれた』

ノアは嬉しそうだった。

その声には妙な違和感がある。

幼い少女のようなのに、感情の置き方が人間ではない。

猫が虫を弄ぶ時みたいな無邪気さ。

『あなた、怖くないんだね』

「仕事だからだ」

『ふうん』

封印箱が小さく鳴った。

どくん。

『みんな、わたしを見ると壊れるのに』

レインは答えなかった。

正面の街道には霧が出始めている。

首なし街道。

昔、大規模処刑に使われた道だ。

戦争捕虜を何千人も斬首し、そのまま埋めたらしい。

だから夜になると、道端に“立つ”。

そういう噂があった。

ガルクが低く言う。

「今日中に抜けるぞ」

「出るんですか」

セシリア。

「何が?」

「首なし」

その瞬間。

荷馬車の横を、何かが歩いた。

白い。

泥まみれの裸足。

セシリアが息を呑む。

レインも見た。

子供だった。

いや。

“子供みたいな形”。

首から上がない。

それが街道脇をゆっくり歩いている。

ガルクは視線すら向けない。

「見るな」

「で、でも……!」

「視線を合わせるな。連れてかれる」

セシリアは必死に前を見る。

だが遅かった。

後ろから。

声がした。

『おかあさん』

彼女の顔色が変わる。

『おかあさん、どこ?』

小さい声。

泣き声。

セシリアの呼吸が乱れ始めた。

「……違う」

『ねえ』

「違う……」

『どうして置いていったの?』

ガルクが怒鳴る。

「耳塞げ!!」

次の瞬間。

セシリアが立ち上がった。

ふらふらと荷台から降りようとする。

レインは即座に腕を掴んだ。

「離してください……っ」

涙声だった。

「弟が……」

「幻覚だ」

「違う!!」

彼女が叫ぶ。

「置いてきたんです……! 戦争の時……っ、弟を……!」

レインの動きが止まる。

初めて聞く話だった。

セシリアは震えていた。

「避難馬車が……定員いっぱいで……っ」

声が崩れる。

「私は乗った……でも弟は……!」

荷台の外。

霧の中で。

首のない子供が立っている。

泥だらけの小さな手を伸ばしていた。

『おねえちゃん』

セシリアが壊れそうになる。

その瞬間。

レインは彼女の頬を殴った。

乾いた音。

セシリアの身体が崩れる。

「……え」

呆然とする彼女へ、レインは低く言った。

「見たら終わりだ」

「……っ」

「死体は、お前の後悔を使ってくる」

セシリアの瞳から涙が落ちた。

ガルクが煙を吐く。

「ようやく理解したか、監察官様」

馬車が再び動き出す。

だが。

今度は後方の兵士が笑い始めていた。

「へ、へへ……」

誰も振り返らない。

笑い声は次第に大きくなる。

「見えた……」

兵士が呟く。

「俺、出世してる……」

ガルクの顔が険しくなった。

「未来視か」

兵士は虚空を見つめたまま立ち上がる。

「すげぇ……俺、英雄になるんだ……!」

次の瞬間。

男は馬車から飛び降りた。

暗闇へ全力で走り出す。

「待て!!」

別の兵士が追おうとする。

レインが止めた。

「行くな」

直後。

霧の奥から、肉を潰す音がした。

ぐしゃ。

悲鳴は、一瞬だった。

静寂。

兵士たちの顔が青ざめる。

誰も喋らない。

霧の向こう。

何か巨大なものが動いた。

地面を引きずる音。

ずる。

ずる、ずる。

セシリアが震える声で訊く。

「……何がいるんですか」

ガルクは煙草を捨てた。

「首なし街道の主だ」

霧の奥。

ゆっくりと、“それ”が姿を現す。

山のように大きな胴体。

無数の腕。

そして。

首が、なかった。

兵士の誰かが絶望した声を漏らす。

「あれ……死者じゃない……」

レインは腰の銀剣を抜いた。

腐敗対策用の短剣。

対魔骸用。

だが、あまりに小さい。

目の前の怪物に対しては。

あまりにも。

その時。

封印箱の中で、ノアが笑った。

『あ、いた』

レインの眉がわずかに動く。

『あれ、わたしのこと食べた子だよ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ