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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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1-53.情報屋ルガー

 通路を抜けると、トラックヤードに出た。

 左手の壁は、荷物を荷台から直接搬入できるように取り払われていた。

 トラックヤードには、トラックや荷台を牽引したカニクレーンに、大型モービルがずらりと並んで停車している。


 その一団の中に、カニクレーンの背に腰を下ろしたデラダンもいた。

 グエン達の姿に気づくと、カニクレーンからトラックヤードへ飛び移り駆け寄ってくる。


「アニキ! 荷は中に運んでもらっていやすんで! 中へ行きやしょう!」

「早いな。じゃあ、案内を頼む」

「任せてくだせえ! ささ! こっちでさあ!」


 デラダンは壁のような胸板をズドンッ!と叩くと、通路脇の扉へ向かった。

 グエン達も後に続き、扉を開ける。

 途端に、視界が開けた。

 高く反り返った、ドームの白い天井。

 溢れる人の波と、行き交う自動搬送車。

 升目状に整理された区画に沿い、街中にあるような店舗がずらりと並ぶ様は、屋内であることを忘れさせた。

 デラダンを先頭に、一行はノマドドーム内に足を踏み入れる。


「おおお、でかいな」

「まあ、これは壮観ですね。まるで町がまるごと入っているようです」

「買い取る店は顔なじみなのか?」

「そっすね! 鉱石でもなんでも、持ってこれるもんは全部ひっくるめてムロージ商会が買い取ってくれるんで。そこに行きゃあ馴染みの店員がいやすぜ」

「持ってこれるものってことは、持ってこれないものがあるのか?」

「さすがアニキ、鋭え! ってのも、情報が売れるんっすよ!」

「情報? へえ、それは面白いな」

「馴染みのルガーって情報屋もムロージ商会んとこにいやすぜ。ドケチな野郎ですが、バナーバルのことなら何でも知ってる便利な野郎なんで。寄っていきやしょう」

「おう。助かるよ」

「へへへ! これくらいどうってことありやせんぜ!」


 ドーム内の通路は、白線で歩道と運搬路に区分されていた。

 中央を主に走るのは無人運搬車で、有人の車両は稀だ。

 その両脇にある歩道の右側を、一行は進んで行く。

 人で溢れる歩道だったが、2mを超す巨躯のデラダンを前に、通行人たちは自然と進路を譲った。


「クエスタの隊員だけかと思ったら、そうでもないな。関係者以外は排除するとか言ってなかったか?」

「あ、いや、あれは、申し訳ねえっす……」

「きっちりけじめをつけたんだろ。だいたい、キトが許したんだから、そこはもう責めない。……ん、まさか、あの指令ってのは嘘だったのか?」

「いやいや! 嘘じゃねえっすよ! 正式な依頼で! クエスタの関係者ってのは、委託とか取引業者なんかひっくるめての関係者なんすよ」

「ああ、なるほど。ステークホルダーってことか」

「あ! そっすね! それっす! たぶん!」

「けど、それなら外輪もそうじゃないのか?」

「……外輪はちっと法律上扱いが違うんっすよ。市民権はあるけど選挙権?がねえとか」

「参政権がない? ……キトが報酬は現物支給と言っていたが」

「うっす。金を稼ぐのは御法度らしいっす」

「……住むのはいいが、生き方は選べないってのか。ふざけた話だ」


 二人の後ろを歩くキトが、ふっと俯いた。

 エリエラがその寂しげな横顔に気づき、そっと手を握る。

 しばしの間を置き、グエンは前を向いたまま、よく通る力強い口調で言い切った。


「キト、心配するな。俺がなんとかしてやる」



 しばらく歩くと、一行の前に、一区画を占めるような巨大な建造物が現れた。

 (ひさし)を支える巨大な石柱がずらりと並び、アーチ状の天蓋を支えている。

 直径5mを超す、深い灰青色の柱。

 その表面には、所々に人の背よりも大きな、黒紫の渦巻き文様が浮かんでいた。

 先頭を歩くデラダンが足を止める。


「ここがムロージ商会の支部でさあ!」


 巨躯なデラダンが、石柱の前では小さく見えた。

 人々は石柱の間を縫うように進み、庇の奥にある店内へ流れていく。


「店っていうより……神殿だろ、この見た目は」

「まるで遺跡のようですが、格式を感じます。それにしても大きいですね」


 初めて目にする光景に、グエンとエリエラは石柱を見上げて言葉を失う。

 そんな二人の様子を、既に見慣れたキトとデラダンが面白そうに見ていた。


「はじめてだと、みんなびっくりするよ」

「なにしろムロージ商会は金持ってやがるんで。この柱とかは全部、発掘したもんをそのまんま使ってるとかなんとか。……お、あったあった」


 デラダンは、庇の奥、店の入り口脇の一角へ駆け出す。

 庇と店内の境には、一辺約1mの灰青色の石ブロックが添えられ、簡易的な壁の役割を成していた。

 その壁の前には、木箱やダンボールなどがまとめられていた。

 小さなものや、不安定な荷は固定され、台車に乗せられている。

 デラダンは、一台の大型台車の取っ手を握った。

 荷台の荷物には、灰色のカバー。

 形状からして、リクセンナイトの頭部だ。

 グエン達も台車の側へ寄る。


「んじゃ! アニキ、ブツも回収したんで早速!」

「おう、報酬を手に入れようか」

「わあ、なに貰えるのかな」


 デラダンが台車を押し、笑顔のキトとエリエラが並び、グエンが後に続く。

 店内は、石柱が支える大きな天蓋の下、壁のない開放的な造りだった。

 深い灰青色のブロックから削り出されたカウンターが点在し、その一つ一つでは商談が進められている。

 デラダンは、入口に最も近いカウンターの前で足を止め、台車を停めた。

 グエン達も続いて立ち止まる。


 カウンターには、黒いサングラスをかけ、ベレー帽を被った体格の良い男が一人。

 肘をついて葉巻を燻らせている。

 歳は40過ぎ、黒い襟付きシャツに、濃いグレーのベスト。

 彼が情報屋ルガーだ。

 揉み上げと繋がった顎髭を掻き、ルガーは訪れた客を見て眉をひそめた。


「悪たれが、いつもの3バカトリオじゃねえぞ? どうした? ケンカ別れか?」

「うるっせえ! 誰が3バカだ! 紹介するぜ、俺様のアニキ、グエンのアニキだ!」

「アニキィ?」


 デラダンは、隣に立つグエンに向けて両腕を大きく広げた。

 グエンはルガーの視線を受け、苦笑いを浮かべている。


「まあ、そうらしい。俺はグエン・クロイドだ。よろしく」


 ルガーは葉巻を咥えたまま、サングラスをずらして目を細める。

 値踏みするようにグエンを眺めた。


「俺はルガーだ、よろしく。おたくがあのグエンさんか。聞いてるよ、本部では大立ち回りしたと。もうすっかり有名人だ、グエンさん」

「情報屋ってのはさすがだね」

「ま、あんだけ派手にやればさ。悪たれが人の下につくとは珍しいが、納得だ。で、そちらの場違いなぺっぴんさんは?」

「はじめまして。わたくしは、エリエラ・アグナスタです。どうぞ、お見知りおきを」


 エリエラは一歩前に出て、静かに一礼する。


「……ああ、はじめまして。俺はルガーだ。おたくが、黒薔薇のお嬢様。で、外輪のキトも一緒。こりゃまた、一癖も二癖もある御一行様だ」

「なんだと! ルガー! アニキ達に失礼なこと言うんじゃねえ!」


 ルガーは頬杖をついたまま、葉巻の煙をデラダンに吹きかける。

 デラダンは一息で煙を吹き返し、怒鳴り散らした。


「煙をかけるんじゃねえ! てめえ! 聞いて驚けよ! このブツ、リクセンの塊だ! こんだけでけえ塊、アニキ以外の人間にゃそうそう手に入れられるもんじゃねえぜ! しかも、中には一切の混じりっけ無し! ペリドットの塊だぜ!」


 ルガーはその熱弁を耳にしても動かず、ちらりと視線だけを台車に送った。


「混じりっけ無し?……ってことは、まあ、あれだな。見たとこ、確かにそこそこのサイズだな。けどよ、お前知らねえのか?」

「なにがでえ!」

「リクセンってのはな、動いているときはそりゃ透明度の高い上等な宝石に見える。が、活動停止したら、一気にくすんで、工業用にしか使えねえただのクズ石だぞ。高くてキロ100ギンかそこらの二束三文だ。キロいくらじゃねえ、トンで持ってこいって話だ」


 場の空気がすっと冷えた。

 同時に、グエンは自身の懐に冷たい風が吹くのを感じた。


(ええ~。マジで~。もう二度と祈らねえ……)


「な、んなわけねえだろ!」

「ったくよ、これだから悪たれだって言われるんだ。真面目に依頼をこなして報酬を受け取ってりゃ、こんなもんは常識だ」

「ぐぐぐぐ……!」


 デラダンは震える拳を握り締め、言葉を失う。

 二人の会話を聞き、グエンは少しだけ視線を遠くにやっていた。


(クズ石……命を駆けた報酬が二束三文とは……世知辛いなあ。キトに美味しいご飯くらいは食わせてやれるかなあ……)


 顔を真っ赤に染めたデラダンのスキンヘッドに、太い血管が浮かび上がる。

 怒りをそのまま形にしたような形相で台車へ振り返ると、灰色のカバーを掴み、一気に引き剝がした。


「おらぁ! 減らず口はこいつを見てから言いやがれってんだ! クズ石かどうかよぉ!」

「ほら見ろ、これっぽちのサイズで……。って、おい」

「ああん?」

「おいおい、おいおいおい! なんだこいつは! とんでもねえもん持ってきやがったな! 話が違うじゃねえか!」


 ルガーは頬杖を解き、勢いよく立ち上がる。

 カウンターを回り込み、台車の前まで駆け寄ると、そのまましゃがみ込んだ。

 グエンは表情に出さぬよう細心の注意を払いながらも、ルガーの一挙手一投足から目を離せずにいた。


(お、おお? 祈った甲斐があったか? クズ石じゃないのか? もしかするのか?)


 ルガーはサングラスを頭にかけると、自身の顔がペリドットに映り込むほどまで顔を近づけ、食い入るように観察する。

 足元には、さきほどまで咥えていた葉巻が無造作に転がっていた。


「ほおおお、こいつはマジだ……頭部だけでこのサイズ。いいぜ、こいつは俺が買った!」

「へ? あのドケチなルガーが?」


 あまりに予想外の反応に、デラダンは怒りを忘れ、呆然とした声を漏らす。

 自身への悪評など意に介さず、ルガーは誰にともなく問いかけた。


「クズ石はクズ石。俺が買うのは情報だ、こんな石っころに興味はねえよ。が、こいつは体の一部、頭の一部でこれだ。こんな大物は見たことねえ。どこだ? この特大リクセンと一戦交えたってのはさ」

「お、おお。地下都市の禁止区域の奥だ。そこでよ、グエンのアニキが、バッタバッタとリクセン共をぶった切ったらしいぜ」

「共? リクセン共? おう、グエンさんよ。ちょっとこっち来てくれ」


 ルガーは勢いよく立ち上がると、そのままカウンターの内側へ回り込む。

 メモ用紙とペン、さらにいくつかの書類を引っ張り出し、カウンターの上に広げた。


「詳しく教えてくれ。色々と情報を精査したい」

「あ、ああ。構わないが、けど、クズ石にどうしてそこまで」

「俺が金を出すのは石じゃなくて情報だって言ったろ。クエスタじゃ、地下ダンジョンを含めて、未踏エリアへの情報には金を出す。危険だとか、経済的価値があるとか、そうしたもんには労力とリスクを金に換えて還元しようってんだ。そうすりゃ、皆こぞって調査探索に励むだろ?」

「なるほど、情報自体を目的にすれば、リスク回避にもなるってことか。確かに、突然あれと遭遇すれば、何人死んでもおかしくはない」

「そういうこった。複数のリクセンは災害級の脅威。かつ、あんなに大物リクセンは聞いたことがない。そっから、たったそれだけのケガで生き残った。価値ある情報だ」


 ルガーはペン先で、グエンのタクティカルパンツ――右太もも付近を指し示す。

 黒い生地に紛れて目立たないが、ペン先ほどの穴と、にじんだ黒い染みが残っていた。


「ん? あ、なんかピリピリすると思ったら、リクセンにやられてたか」

「気づかなかったのか。他にもあるかもしれない。あとで体調べときなよ」

「そうするよ。……怪我に気が付いたら、なんか痛くなってきたし」

「さ、こっちが大隧道から地下ダンジョンへのマップだ。で、件の現場はここらで……」


 話もそこそこに、ルガーは広げた紙へ身を乗り出す。

 その様子を見つめながら、グエンは今いちばん気になっている疑問を口にした。


「ちなみに、この情報はいくらくらいになるんだ? 10万かそこらになるのか?」

「精査して、見積もってからだ。ま、どう安く見ても50は下らない」


 グエンにとっては、ほぼ満額回答だった。

 表情には一切出さず、胸の内では盛大にガッツポーズを決める。


(50! これなら、ちょっといい宿でも、三か月分程度の生活費にはなる! 生き延びたぞ!)


「正確な額が知りたいなら、早くこいつをまとめさせてくれ。まずは位置の確認からだ」

「ああ、喜んで」


 そんなグエンの内心など知る由もなく、ルガーは淡々と作業を進めていく。

 デラダン、エリィ、キトもカウンターに集まり、その手元を固唾を呑んで見守っていた。

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