1-52.ノマドドーム
大隧道路を進んで行くと、300メートル高のトンネル天井が途切れた。
さらに上部に位置する岩肌の天井からは、幾本もの照明が吊り下げられ、広大な空間を淡く照らし出している。
立ち並ぶ建物群の合間を抜け、左へ一回、右へ一回と曲がった先に、ドーム状の建築物が姿を現した。
直径およそ700メートル、オフホワイトの外殻を持つノマドドーム。
ドームの周囲をぐるりと囲む駐車場は、モービルやトラックで埋め尽くされていた。
グエンは駐車場内に入り、空きスペースを見つけモービルを停めた。
その脇で、ヘビークラストが片膝をつき、両拳を地面に立てる。
頭部を含めた全身の装甲に、数センチ幅の亀裂が走った。
すると、背中部分がセミの抜け殻のように開き、隊員服姿のデラダンが這い出す。
開口一番、両手を高く上げて伸びをした。
「ぐおー! 固まるぜー! あいててて」
「へえ、ヘビークラストの中ってのはそうなってたのか。手足の先から、頭部分まで全部繋がってて……。着ると乗るの中間みたいな感覚だな。……結構自由に動いていたように見えたが、疲れるのかそれ」
「うっす。ヘビークラストの重さが重さなもんで、パワーがすげえんすよ。なんで、関節が変な方に向くと関節なんて簡単に潰されちまうんで、関節の可動域が狭いんっすよ。特に肩が凝るんっすよねー」
「あー、それはおっかないな。なるほど、あえて可動域を絞って安全にか」
グエンは興味深げに、間近でヘビークラストを眺め回す。
一方で、キトとエリエラは特に興味を示す様子もなく、モービルの横に立っていた。
やがて、デラダンがドームの方へ歩き出す。
「アニキ、ちっとここで待っててくだせえ。カニ持ってくるんで!」
「ん、カニ?」
振り向いたグエンの視界には、ドームに向かって走り去るデラダンの背中があった。
近づいてきたキトとエリエラに視線を向ける。
「キト、デラダンがカニもってくるって言ってたけど、何かわかるか?」
「え、カニはカニだよ」
「カニ? というと、ハサミを持つ生き物のことでしょうか?」
エリエラは小さく首を傾げ、人差し指と中指で鋏を作り、開閉して見せる。
キトも同じように手を鋏の形にして動かした。
「え、カニに鋏なんてないよ……?」
「え、ないのか?」
グエンも両手の指を鋏のように動かして見せる。
「え、え、ハサミのあるカニって、なに?」
「うふふふ、わたくし達の知らないカニがあるんですね」
「そうみたいだな。なんの話なんだか」
「カニはカニだよー」
三人は指で作った鋏を動かしたまま、思わず笑い合った。
その時、ドームの方を見ていたキトが何かに気づき指さす。
「あ、ほら、カニだよ」
「ん? おお、そういうのか!」
「まあ、可愛らしいですね」
駐車場とドームを繋ぐ舗装路に現れたのは、エメラルド色の塗装が鮮やかな多脚式のミニクレーンだった。
カニの背中には、デラダンがちょこんと座っている。
直径3mほどの円盤状ボディから伸びる四本の脚が、10m弱の舗装路の半分ほどを占め、滑らかな足取りで近づいてくる。
頭部からは前方に突き出した一本の小さなクレーン、腹にはキャタピラ、ボディの側面には小型の腕が折り畳まれていた。
後方には、小さな箱型の荷台が牽引されている。
「おまたせしやした! ちっと待っててくだせえ!」
グエン達のもとへたどり着いた多脚式カニクレーンは、ヘビークラストの横に停止する。
折りたたまれた二本のマニュピレーターが伸び、コの字状の手を広げリクセンナイトの頭部を掴んだ。
わずかに持ち上げたところで、デラダンがカニクレーンの背から飛び降りる。
牽引していた荷台から袋状の固定具を取り、リクセンナイトを包むとカニのミニクレーンに引っ掛けた。
再びカニの背中に飛び乗ると、棒状の操縦桿を握る。
ゆっくりとミニクレーンで持ち上がるリクセンナイトの頭部。
荷を下げた状態で、四本足で踏ん張ったままクレーン部と操縦席が旋回した。
真後ろの荷台に向けて、ゆっくりとクレーンが旋回していく。
グエン達が見守る中、ミニクレーンに吊るされた巨大なペリドットの塊が、カニクレーンの牽引する荷台にゆっくりと下ろされた。
荷を受け止め、かすかに沈んだ荷台。
デラダンはカニの背から荷台へ歩いていき、クレーンの先端から袋状の固定具を外すと、固定具でリクセンナイトの頭部を包み、荷台の四隅にあるフックに縛り固定した。
作業が完了すると、グエン、キト、エリエラの三人は思わず拍手を送った。
「おー、うまいもんだ」
「鮮やかなお手並みでした」
賞賛の言葉を受け、デラダンはスキンヘッドを太い指でぽりぽりと掻き、照れたように笑う。
「へへへっ、照れやすね。ささ! このままドームに運んじまうんで、後ろからついて来て下せえ。大物なんで、搬入口に直で入れちまいやすんで」
こうして、エメラルドグリーンのカニが引く荷の後を追い、グエン達はノマドドームへと向かった。
ノマドドームは、オフホワイト色の盛り上がったパネルを何枚も繋げて組まれている。
一見すると風を受けて膨らんだ帆を、無数に張り付けたようだ。
ドームの縁には屋根があり、正面入り口とは別に搬入口が設けられている。
搬入口付近は、トラックが並び、フォークリフトやカニクレーンが行き交い活気に満ちていた。
搬入のため、先行したデラダンのカニクレーンを見送りグエンが言う。
「この盛況ぶりじゃ、俺たちは邪魔になるな。キト、入口はわかるか?」
「うん。あのね、こっちからも入れるよ」
キトが指さしたのは、白い壁面に設けられた小さな扉。
正面入り口まで戻るよりも、ずっと近い。
灰色の扉を開けると、細い通路が続いている。
そこは作業員が主に使用する通路のようだ。
「こっちからさっきのとこに行けるんだ」
「キトさん、詳しいんですね」
「キトは優秀なガイドだからな。色々と詳しくて助かっているよ」
「えへへへ」
照れるキトの背中を見ながら、グエンはガイド報酬の件を思い出す。
ホテルに泊まるのが初めてだと、キトは嬉しそうに話していた。
(キトがいなかったら、地下ダンジョンの崖に落ちて死んでてもおかしくなかった。ガイドで衣食住は保証すると約束したが、活躍を考えるとそれだけじゃあな。多少は色を付けるか)
三人の足音が、通路に規則正しく響く。
途中、何人かの男性作業員とすれ違った。
彼らはキトを横目で一瞥し、エリエラの美貌に目を奪われ二度見、三度見したところ、続くグエンに気が付いて慌てて目を逸らす。
(……キトと俺だけなら安宿で良かったんだが、そうもいかなくなったかもな……。あのペリドットに良い値が付いてくれないと……クズ石とかやめてくれよお……)
グエンは自身の左胸をそっと押さえる。
内ポケットに入った財布の中身を思い浮かべながら、高値を願い、静かに祈りを捧げた。




