1-23.クエスタ本部 炎の採用面接②
扉が閉まり、室内は無音になった。
ユイナが小さく息を吐く。
その仕草を見て、ヒッジスが笑った。
「珍しいね、ユイナ君がため息で人を見送るとは。どうかね? 彼の印象は」
ユイナは栗色のポニーテールを揺らし、首を横に振った。
「対面初日で脅迫され命を脅かされるなんて、良いはずがありません」
「はっはっは! 確かに! ただ、彼は本当に部屋を丸焦げにするつもりはあったのかね」
「どういう意味でしょうか?」
「あの部屋に舞っていた赤い火の粉、果たして爆発するような代物だったのかね」
紅蓮の火の粉が漂い、サウナのようになった室内をユイナは思い起こす。
しばし沈黙ののち、彼女はもう一度、首を横に振った。
「考えてみましたが、わかりません」
「私は常々、我がクエスタの隊員は優秀だと感じている」
「? はい、私も同感です」
「今日の世界樹広場でグエン君が連行された状況に対して、すでに非常に詳細な報告を受けている。ユイナ君からもそうだし、他の隊員からもあがっている。異なる視点で情報を提供してくれたおかげで、情報の客観性も高まる」
「はい」
話の見えないユイナだったが、うなずき、続く言葉を待った。
そう長く待たずとも、ヒッジスが答えを出し渋らぬ性格であることを、彼女は知っている。
「報告の中で、彼はエンブラの人間以外に危害を加えるつもりはないと言ったそうだね。連行される際にも、武器を素直に差し出そうと何度も協力し、何の抵抗もしていない。現状で彼が我々にもたらした成果は、隊員の無事だ」
「……ですが、剣を抜いて本部長を脅しておりました。しかも土足でテーブルの上に乗るなんて無作法にもほどがあります」
「無作法とはユイナ君らしい。しかしだ、彼は靴底をテーブルにつけていないよ。黒檀の表面に靴跡がひとつもない」
「そういう問題ではありません!」
憤慨しながらも、ユイナは漆黒に磨かれたテーブルの表面を確かめた。
ヒッジスの言うとおり、傷も汚れもない。ユイナは納得がいかないまま、口元をへの字に固める。
ふふっと喉を鳴らして笑うと、ヒッジスはテーブル上のシフォンケーキを手元へ引き寄せた。
フォークで切り取り、アイシングが熱で焦げ、カラメル状になった部分をユイナに見せる。
「見たまえ。見事なキャラメリゼだ」
立ち上るカラメルの香りを楽しみながら、ヒッジスはシフォンケーキを頬張り、ゆっくりと味わった。
「む、しまった!」
「まさか毒が!」
目を見開くヒッジスに、ユイナは慌てて駆け寄る。
神妙な面持ちで、彼は言った。
「こんなに美味いシフォンケーキがあるのに、合わせるべき紅茶がないとは……。なんたる失態だ。グエン君に紅茶のおかわりも頼んでおけばよかったよ」
「本部長……。おふざけにならないでください!」
ユイナは黒檀のテーブルに両手をつき、声を強めた。
「私は本気なんだがね……。どうかね、今度はグエン君にキャラメリゼを依頼してみては」
「ご随意になさってください!」
そっぽを向いたユイナは、すぐにはっとしてヒッジスへ振り返った。
「本部長、お訊ねしたいことがございます。重銀結晶の剣とは、どういうものなのでしょうか。重銀には私も業務上関わりが深いと自負していますが、初めて耳にしました」
「ああ、あれかね。重銀結晶は、理論上存在するが、まだ我々の手では精製することができない未知の物質だよ。古い王家などには重銀結晶とおぼしき装飾品が伝えられてはいるが、武具のような大きな加工品は極めて珍しい。……ひとつだけ確かなことがあってね。あの戦姫殺しが、戦姫ヒルドを斃した際に手にしていたのが、クリアブルーの刀だと聞く。私としては、そういう意味で驚かされたね」
「戦姫殺しの剣……いえ、刀をグエンさんが持っているということですか?」
「重銀結晶の刀など、伝説に登場するようなものだ。おいそれとあるものではない。だからと言って、彼が本当に戦姫殺しである確証もないが」
「はい、戦姫殺し本人である訳がありません。あれは54年も前の出来事です」
「まさしく、戦姫殺しが生きていれば私の親の世代だ。彼はどうみても若すぎる。しかし、クリアブルーの刀、そしてあの頬の火焔文様。あれではまさに……」
「……本人であれば、心強いのですが。……いえ、あり得ない話をしても仕方ありません」
「まったくだ。では、彼への依頼について再確認しておこう。続きは私の席で」
椅子から立ち上がると、ヒッジスは自身のデスクへ戻った。
腰を下ろし、引き出しを開けて一枚の紙を取り出すと、デスク上に置く。
「そうそう、この部屋の火災報知器の点検を頼みたい。室内であれだけ盛大に火が舞って、何も作動しないのではね」
「はい、本日中に設備課へ連絡いたします」
ユイナはデスクへ歩み寄り、ヒッジスの正面に立つ。
手書きの長い文章がびっしりと書かれた書面に目を通した。
冒頭の【本書面の内容は口に出さないこと。ローガー会長による盗聴の可能性がある。会話も適当に合わせてくれ】という一文を読み、彼女は無言でうなずく。
「ここだけの話、エリエラさんは私の遠縁の娘さんでね。それが知られると、上役の縁故採用だとやっかむものがでるかもしれない。彼女もグエン君と同様に、我がクエスタ隊員として受け入れるが、特別扱いはしないように頼むよ」
「はい、各所には通常通りの隊員として処理を回しておきます」
ユイナはうなずきながら、紙にメモを追加する。
『出身、経歴等は当たり障りのない内容へ変更します。詳細は追って連絡します』
ヒッジスはそのメモを読み、わずかにうなずいた。
「それと、あんなことがあったばかりだ。直接助けてくれたグエン君が側にいた方が安心だろう。彼が傍にいれば下手に手を出す輩も減ると考えている。どうかね、ユイナ君の意見は」
「よろしいかと存じます。グエンさんは劇薬のような方ですので、毒を持って毒を制しましょう」
本音とも芝居ともつかない彼女の言葉に、ヒッジスは声を殺して笑った。




