1-20.クエスタ本部 初訪問
グエンを乗せた幌車の隊列は、通行量の多い商業地区を二十分ほど走ると、環状擁壁六番ゲートにさしかかった。
環状擁壁は文字通り、内輪区の外枠をぐるりと輪っか状に囲んでいる擁壁だ。
擁壁は真っ白で凹凸の少ないシンプルな建造物だが、高さは十mほどもある。
汚れ一つなく、道路にもゴミはおろかシミすらない。
上部の連絡路にはライフルを持った隊員が配備され、その白さと整然さが無機質な堅牢さを際立たせていた。外界を拒絶する壁――そんな威圧感さえ漂う。
擁壁には剣とツルハシの交差した銀のエンブレムが随所に見られ、クエスタの存在を明確に誇示している。
登録された車両を感知して、各ゲート口の遮断機が自動で開閉し、隊列を滞りなく通していく。
ゲート先の道路は登坂になっていた。
擁壁を登りきると、バナーバル市中央の丘に位置する内輪区へと至る六番道路に繋がる。次々と車両が進む中、幌車の屋根に座っているオライオンは、目の前で上下する遮断機を物珍しそうに見入っていた。
ゲートを通過した後も振り返り、後続車両のために動く遮断機が小さくなって見えなくなるまで見守った。
環状擁壁六番ゲートから内輪区へまっすぐ伸びた六番道路。
商業地区とは違い交通量はまばらで、十分ほどでクエスタ本部へ到着した。
クエスタ本部前の道路から、正面口へのスロープを二台の幌車が進む。
お互いに一台分の車両間隔を空けて停車する車両。
前の車からグエン、後ろの車からエリエラが降りた。
それぞれ隊員に囲まれ、先にエリエラが本部へと誘導されていく。
(あれはさっきの女性だと思うが……建物が眩しすぎて良く見えんな)
グエンは幌車から降りた時から、本部壁面の眩しさに顔をしかめていた。
クエスタ本部は大きな円筒形をねじった形をしている。
形状はさほど珍しくはないが、表面を覆うすべてが鏡のように陽光を反射していた。
窓のガラスはもちろんだが、建物を構成する壁面すべてが金属光沢を放っている。
陽光が跳ね返り、白が目に刺さるほどだった。
「まさかとは思ったが、ガラスと……壁は全部重銀か?」
高さ二〇〇mはあるクエスタ本部。
その建物の上部には、地面からでもはっきり見えるほど大きなエンブレムが施されていた。
グエンは陽光を浴びた剣とツルハシを、呆れた表情で見上げた。
彼の横に立ったユイナが咳払いをする。
「……では、本部長室まで二人同行してください」
『了解しました』
姿勢を正し、二人の治安維持部隊員が返答する。
ユイナが先頭を進み、ライフルを持った隊員がグエンの前に、そしてグエンの武器を抱えた隊員が最後尾についてクエスタ本部へと進む。
全面ガラス張りの正面入り口をくぐる直前にユイナが呟いた。
「当本部の意匠は、クエスタ会長ローガーの意向ですので……」
グエンからは彼女の表情が読み取れなかったが、彼女の後ろの隊員が両手を上げて肩をすくめた。
その反応に、グエンはこれ見よがしに輝くクエスタ本部を再度見上げて笑う。
「ローガーという会長がどういう人物なのか、よくわかるよ」
正面入り口に立つ警備役の隊員たちは全員サングラスを着用していた。
光害対策に抜かりの無い彼らの横を通り過ぎ、ユイナ一行はクエスタへと入る。
彼らを下ろした幌車は本部前から移動していく。
屋根に乗ったオライオンは停車したことに気付かず、すっかり寝てしまっていた。
クエスタ本部の壁に去っていく車両が映り込み、オライオンの小さな背中も見えていたが、連行中のグエンも彼の姿には気づかなかった。
クエスタ本部の外観は太陽の反射光で光害をもたらすほどの眩しさだったが、内部はサングラスが不要な程度には控えられていた。
高級リゾートホテル顔負けのエントランスホールは吹き抜けになっており、上階から黄金に輝くシャンデリアが吊り下げられている。
ホールには隊員以外にも私服の人たちが多く、賑わっていた。
彼らは談笑しながら行き交い、視線は受付や通路へ流れるだけだ。
空から伸びたツタのようなシャンデリアは、その豪奢な造りとは裏腹に、人々の視線が注がれることはなかった。
ユイナ達に連れられエントランスホールを通過したグエンは、ホール中央に鎮座する3mほどある巨大な銅像に釘付けとなった。
よく磨かれ赤銅色に映えるその像は、細身の青年の姿をしていた。
左頬には火焔紋様。
右手に剣をかかげ、脇には――悪鬼の如き形相をした女の首を抱えている。
「建物といい、シャンデリアといい……主張が強いな……この小脇に生首を抱えた像も」
「こちらの像は本部長ヒッジスの要望で設置いたしました」
「ここのお偉いさんは何を競っているんだ……で、なんの像なんだ? これは」
「ご存じありませんか? アウルカのゴカ殲滅戦で戦姫ヒルドを討ち取り、史上唯一エンブラ王家の者を殺害した人物。反帝国の象徴、戦姫殺しを称える像です」
金色に輝いてこそいないが、3mという巨大さと生首を抱えた像がエントランスホールの中央を陣取っている様は、グエンにはとても滑稽に映った。
(まさかとは思ったが、本当に戦姫殺しの像か。まいるね、これは)
クエスタ本部では慣れた光景のようで、ユイナ達を含め、職員や利用者が戦姫殺しの銅像の前で足を止めることはない。
像が抱えた生首を横目に、グエンは小さな声で呟いた。
「あの女は、憎たらしいくらいの美人だったけどな」
グエンを連れた一行はエントランスホール奥に設置されたエレベーターに乗り、上階へと移動する。




