0-5.ゴカ村市街地③
走行中のGLANDIA。
カンカラ社長は、ヘルメットに内蔵されたインカムへ話す。
「コテツのやつ、いつも以上に緊張感がないが、もしかして知らんのか?」
受信した言葉を受けて、ユーゴのヘルメットが少し傾いた。
「え? なにがですか?」
「アホウ、エンブラのことだ」
「……本当に地獄耳ですね」
「ここんとこ、北からの有機合成薬が手に入らなくなってきたのも、無関係じゃないだろ」
「あの、まだ内密にしてほしいんですが、実は北西の純白台地でエンブラらしき中隊の目撃情報が入っています」
「純白台地! 目と鼻の先だろ! ……戦争になるのか?」
「そこまでは、オレの口からはなんとも。ただ、アシカドから援軍が向かっています」
「アシカドから……。首都の防衛部隊を出すほどか」
「国境警備が遺した情報によると、エンブラ王家が関わっている可能性も……」
途切れる会話。しばしの沈黙の後、カンカラ社長はユーゴの右肩を叩く。ユーゴはうなずくと、出勤の車両を追い抜き、モービルを右へ傾け右折車線へ移ると、信号を右折した。
「いいか、お前らユニオンは自治部隊だ。国を、ゴカ村を守るのが任務だ。わかるな」
「はい」
「空き缶からミサイルまで、なんでもござれのカンカラ商会。わしは社長として、ユニオンにも多額の寄付やら寄贈をしとるし、お前んとこのトウリカ家にも重銀採掘で誘致しとる」
「採掘の件は、便宜を図っていただきありがとうございます」
「それらはすべて、ゴカ村の平和と繁栄、わしのためだ。わしは自分の身がかわいい」
「はい」
「で、わしはお前らの親だ。いや、ゴカ村に住むお前たちにとって神と言ってもいい存在だ。ゴカ村の発展において、わしほど貢献した人間はおらん! わかるな?」
「……はい」
「尊い御方、わしからの命令だ。誰かを守る前に、自分を守れ。お前も立場ができたろう。が、お前たちが逃げて、仮に失敗して世間に責められても、わしが世間から守ってやる」
「……確かに、やらなきゃいけないことばっかりです」
「コテツにもよく言っておけ。あいつは守る順番を間違えとる。自分を守り、大切な人を守って、いざとなりゃあ、任務なんざその次くらいでいい。生きてりゃなんとかなる!」
ユーゴは返す言葉が思いつかなかった。
カンカラ社長は彼の返答またず、言葉を続ける。
「にしても、コテツのやつ、あいつも時間がないだろうに。のんびりマダムとくっちゃべりおって。……あいつ、まさか、マダムと仲良しこよしってか! あんの野郎!」
「たぶん、こいつのせいです。GLANDIA」
ユーゴは、GULANDIAのハンドル部分を軽くたたく。
「お? GLANDIA? モービルがどうした?」
「隊員用のモービルは取り回し重視、小ぶりなんで」
反対車線を走る小型のモービル。ちょうどコテツのような若者が乗っていた。
カンカラ社長はしばし考え、合点が行き両手を叩く。
「あいつ! 並んで走るのが嫌なのか! 自分のモービルが見すぼらしくて!」
「恥ずかしいんでしょう」
「かぁー! ったく、見てくればっかり気にするようになりおって」
「わかりやすくて、良いヤツです」
「良いヤツなのは間違いないが……いつまでもガキんちょのままでなあ。ったく、ユーゴの爪の垢でも煎じて飲ませなきゃならんか」
「オレはあのままが良いと思います。コテツはコテツらしくて。最後には絶対に前向きなるとこは流石だなと」
「ただ何も考えてないだけなんじゃないかと心配にもなるが……。しかし、一緒にいるときはおちょくっとるくせに、ユーゴ、お前はそういう所が本当にうまいなあ」
「世渡り上手なんで」
「そこよ! 今度コテツを飲みにつれてって、ほんとに爪の垢飲ませるか」
「ぜひ、その時はオレも誘ってください。あと、マダムも」
「おうおう! マダムな! ユーゴ、マダムとの橋渡し、頼むぞ! お前が頼りだ!」
「任せてください」
左手に、箱型の大きな施設が見えてきた。入口には、乳白色に磨かれた石柱が両側に立ち、その間には蛇腹状の伸縮門扉がある。
大きな重低音をまき散らす黒い大型の車体は、速度を緩めると、ゆっくりと門扉の隙間から施設へと入っていった。