0-4.ゴカ村市街地②
住宅街の中央を貫く、見通しのいい道路。
その先から、一台のモービルが接近してくる。
漆黒の大型モービルは腹の底に響く重い重低音を纏い、空気を震わせていた。
モービルはコテツとカンカラ社長の側まで来ると、静かに停車した。
コテツは、目の前に現れた大型モービルにくぎ付けだ。
「新型グランディア! 大排気量の化け物モービル! かっけえええ……!」
モービルとは、フロントに二本のタイヤを備えた大型のバイクだ。全長3.5m、3,100ccの大排気量。通常のバイクとは違い、前輪にもエンジンが搭載され、非常に高い走破性と安定性を誇る。重銀製のエンジンブロックもその大きな特徴の一つだ。
旧時代の化石燃料に代わり、現代で主流となった超高効率の新エネルギー【重銀】。
モービルは、その恩恵によって誕生した代表的なマシンと言える。
コテツはグランディアに目を奪われながらも、道路脇に停めた自分のモービルを横目で一瞥した。
それは、コテツの所属するユニオンで使用されている車両だ。
オフロードを想定した軽量かつ小型な車体は、砂と泥に汚れ、彼の抱く理想とは程遠い。「モービルは、大型以外ダサい」というのが、コテツの揺るがぬ持論だ。
大型モービルの運転手は、コテツと同じ隊員服を着ていた。
(にしても、なんでユニオンの隊員がおやっさんのグランディアに乗ってんだよ)
グランディアを凝視するコテツの不満は、包み隠さずその表情に現れている。
カンカラ社長は、フルフェイスヘルメット姿の運転手に右手を上げて挨拶を交わした。
「おう、悪いな」
「全然、オレもちょうど設備の相談とかしたかったから、むしろちょうどよかったです」
運転手はヘルメットのバイザーを開けた。
それが幼馴染の青年ユーゴだと気づき、コテツが声をあげる。
「え! なんでユーゴがグランディアに乗ってんだよ! ずるいだろ! 俺のだぞそれ!」
「アホか! わしんだ!」
的外れなコテツの主張に、カンカラ社長は両手を腰に当て呆れ顔だ。
ユーゴは二人の顔を見ると、ヘルメットを外して軽く頭を振った。
顔に張り付いていた柔らかな栗毛が舞い、額から頬にかけて自然に流れる。
涼しげな目元は、熱を帯びたコテツの眼光とは好対照だ。
薄い唇に、中性的な印象を与えるすっきりとした輪郭。
ユーゴはコテツの顔を見るなり、片方の口角を上げて笑った。
「なるほど? コテツ君はまた、その純朴さを披露していたわけだ。プライベートでならいいんだけど、刀を抜いて振り回すなんて、任務中ではいかがなものかな?」
ユーゴは頬にかかった栗色の髪をかき上げる。
とっくの昔に見飽きた仕草に、コテツは口を歪めて嫌がると、眉間に深い皺を刻む。
「……朝っぱらから嫌味だなお前。あと、その女子的さらさらヘアが妙に腹立つ」
「いやいや、コテツの顔を見たら、つい。これも挨拶、悪気はないさ。ただ、綺麗系イケメンで優秀なのは、申し訳ないと思う」
「イケメンで優秀だあ? こんの、なんかあれだ! ……否定はしねえけどよ!」
「ぷっ、素直だなあ」
笑うユーゴと、憤るコテツ。
その様子を横目に、カンカラ社長は小さく息を吐く。
「まあ、ユーゴの言い方もアレだが、言いたいことはわかる。コテツ、少しは普通の社会人らしくしろ。ガキのままじゃ、ユニオン隊員も務まらんだろうが」
コテツは、カンカラ社長の言う意味がわからないとばかりに肩をすくめる。
抜き身の刀を手に、再び歩道で素振りを始めた。
「だから~、こいつを毎日一万回! やってるんですって!」
「まだそんな重い鉄の塊を振り回してるのかい? ボンナイフにしなって。ユニオンから支給されて、こっちはタダなんだしさ。性能も良いし」
ユーゴは鼻で笑い、ベルトに固定されたボルト・オン・ナイフの柄を叩いて見せた。
ボンナイフと呼ばれるこの武器だが、その刃渡りはコテツの刀と変わらない。
「ボンナイフなんてご免だぜ。だいたいなんでナイフだよ。戦闘用のダガーならまだしも。そもそも、男なら刀だろ! このコテツ刀で皆を守る! ユニオン隊員ってのはこうでなくちゃ!」
満足げに刀の波紋を眺めるコテツ。
ユーゴは大きなため息をついた。
「刀に自分の名前をつけられる感性は驚嘆に値するけどさ……。ボンナイフは、軽くて鋭く、刃が欠けたら鞘内の刃をすぐに再装填可能。こんなに優れたツールをわざわざ使わないなんて、なんでさ?」
「はあ? カッターじゃあるまいし……ユーゴ、お前は何も知らないんだな。教えてやるよ」
コテツは刀の腹をユーゴへ向けて示す。
「この反りと波紋、かっけえだろ?」
「ん、悪いとは思わないさ」
「カッコよさってのは、つまり、ロマンだ。鋼の塊、ロマンの塊で皆を守る! これだぜ!」
ユーゴは片方の眉を跳ね上げ、髪をかき上げると、わざとらしく腰に手を当てた。
「で、ローン? 給料が足りなくて、ロマンは分割払いじゃなかった?」
「う」
「それはさ、ただのローンの塊。こっちなら、タダ。かつ、ローンの塊と違って錆びない」
「う、いや、刀だぜ? 刀! わかるだろ! このカッコよさ!」
「論理性に欠けているよ、コテツ君」
淡々としたユーゴの指摘に、コテツは言葉を詰まらせる。
ユーゴはモービルから降りると、脇に抱えていたヘルメットをハンドルにかけた。
「しかもさ、グランディアも欲しいって言ってなかった?」
「そりゃ欲しいだろ! この重厚感、最高だぜ。さらに」
コテツは思わずグランディアを見つめた。
運転手であるユーゴが離れても、グランディアはアイドリング状態のまま、何の支えもなく自立している。自立制御システムが働き、振動や風の影響を打ち消すように、車体がごくわずかに揺れていた。
「重銀製の最新型アクティブジャイロシステム! 強風でも、人が乗っていても自立可能、コーナーでの姿勢制御も完璧! エンジンのコアブロックも重銀製だってよ!」
「確かに、重銀というマテリアルをふんだんに用いたグランディアは、最先端テクノロジーの塊。いわば、鉄だけでできたその腰の骨董品とは真逆ってことさ。さてコテツ君、そんなグランディアは、さぞお高いんでしょう?」
「ぐう……ご、五〇〇万……とか、込み込みで六〇〇万くらい……」
「コテツ君の年収は?」
ゆっくりと刀を鞘に納めるコテツの顔を、ユーゴがわざと覗き込む。
視線を逸らし、ギュッと目を閉じたコテツは、苦しそうに声を絞り出した。
「ご、五〇〇万ギン」
「なんで嘘つくのさ」
「……二五〇万ギン」
「はい、現実~。欲しいと思うだけじゃ、何も手に入りませ~ん」
容赦のないユーゴの言葉。
コテツに止めを刺す前に、カンカラ社長が二人の間へ割って入った。
「やめろやめろ! さすがにコテツがかわいそうだ!」
楽しげに笑うユーゴの隣で、コテツはあからさまに肩を落とす。
うらめしそうにグランディアを一瞥し、その車体の傍にしゃがみ込んだ。
「おやっさ……じゃなくて、社長、なんでわざわざモービルで? しかもこんなやつに運転させて。車で行けばいいのに……」
グランディアの車体をぺたぺたと触れながら、コテツは呟く。
その様子を見て、カンカラ社長とユーゴは互いに目を見合わせた。
先にユーゴが口を開く。
「出勤前に、社長に出資の相談とかね。ま、出世すると色んな仕事があるのさ」
「わしの方は簡単だ。こいつで行くとガキどもが喜ぶんだよ。コテツみたいにな」
カンカラ社長は言い終わると、モービルのハンドルを握り、一気にスロットルを開けた。太いトルクが一瞬でエンジンを回す。腹の底まで響く、重い鼓動音。
その振動に当てられ、しゃがんでいたコテツが思わず飛び上がる。
「ぬああ! くうう! いいなあ! 欲しいなあグランディア! 高いけどさあああ」
「お前にゃまだ早い。もう少し貫禄が出たら譲ってやるよ」
「え! ほんとに! 社長! 来年くらいには!」
「ぐぁっはっはっは! あと20~30年経てばこいつに釣り合う男になるかもな!」
あまりにも遠い未来の話だ。
コテツはその場に膝をつき、この世の終わりとばかりに項垂れた。
「遅すぎるよー!」
「はあ、いいなあコテツはさ」
「なにが?」
「あれが欲しいこれがやりたいって、ヒーローに憧れる子供みたいにはしゃげて。ほんと、羨ましい限りさ」
膝をついたままのコテツは、ユーゴの顔を見上げる。
それから、傍らのグランディアを親指で指した。
「グランディア買えばいいだろ。……ユーゴなら、買えちゃうんだろお?」
「ま、これくらいなら。一括で」
「はあ? 一括ってなに? 一回で払うって意味の一括ぅ? う、羨ましくそがー!」
「ぷっ、うらやましくそってなにさ。ま、オレはこういうのに興味ないけどさ」
コテツは膝をついたまま、すがるようにグランディアへ近づいていた。
だが、ユーゴの言葉にぴたりと止まる。
「……グランディアを欲しがらない男なんてこの世にいるのかよ……? なら、お前は何が欲しいんだ?」
「欲しいもの?」
「そ、欲しいもの」
ユーゴはコテツの目を見つめ、しばらく考えた。
朝の冷たい風が、二人の間をすり抜ける。
ユーゴの柔らかな栗毛をふわりと揺らす。
「……またカンカラ社長の子供に戻りたい、とか」
「はあ?」
「ぐあっはっはっは! ユーゴはもう立派なトウリカ家の跡取りだ。かの名家様から、養子縁組の礼がいまだに届くぐらいだ。しかも、ほれ、ユーゴ。お前、昇進だろ?」
「さすが地獄耳のカンカラ社長。でも、まだ内示の段階なんで」
カンカラ社長の思わぬ暴露に、ユーゴの表情が一瞬だけ固まった。
すぐに表情を和らげ、唇の前で人差し指を立てて見せる。
「おっと、すまんすまん。がっはっはっは!」
上機嫌のカンカラ社長の横で、ユーゴはふと寂しげな表情を浮かべた。
それはほんの一瞬。照らせば消える影のように、薄く儚いものだった。
ユーゴはわずかにかぶりを振る。その影を振り払うように、いつもの表情へ戻った。
「ま、これくらいじゃ養父は認めてくれないんで、もっと頑張らないと」
「おう、その意気だ! わしも鼻が高いぞ!」
コテツにとっては、あまり面白くない会話だった。
ユーゴの優秀さが話題にあがるたび、同い年である自分の不出来さまで浮き彫りになる気がする。立ち上がり、口を尖らせた。
「格差を感じるぜ。俺と同い年で、小隊長のさらに昇進って、何になるんだよ? まさか、もう中隊長とか言うなよ? 十年早いぜ?」
「ま、それは、すぐにわかるさ」
「くっそー!」
「社長、もうそろそろ行かないと、孤児院に寄れないですよ。あと、コテツも交代だろ」
「お、もうそんな時間か」
促され、コテツも腕時計で時刻を確認する。
道端に停めた自分のモービルを見て、眉間に皺を寄せた。
「……カンカラ社長、こっから反対方向の孤児院に寄ってから会社いくんすね。社長業で忙しいんだから、わざわざ自分で行かなくてもいいんじゃ?」
「ああ? あのなあ、知らねえのかコテツ?」
ユーゴが運転席にまたがり、カンカラ社長は後ろに乗る。
「なにをですか?」
「慈善や人助けってのはな、娯楽だ。快感だぞ? しかも役に立つ。だから直接行くんだよ」
「ええ? 娯楽で、快感? 役に立つ……? そんな理由でしてるんですか?」
「コテツよぉ、綺麗ごとだけで腹が膨れるか? 家も家族も飯もないガキに、路上で慈善についての青空教室してなにが変わる? 腹いっぱいになるか? 夜ぐっすりと、安心安全な屋根の下で眠れるか? んなこたあないだろ! だからわしは金を稼いでガキを助け、感謝され、ちやほやされ、ゴカ村の名士様になる! ほうれ、ガキ共も安心安眠すくすく育ち、わしは満足、うまく回っとるだろ! ぐあはははは!」
ヘルメットを小脇に抱え、カンカラ社長は腹の底から大笑いした。
「すごいようなすごくないような」
呆れるコテツ。
運転席のユーゴは片方の口元だけを上げ、鼻で笑う。
「もう少し大人になれば、コテツにも社長の凄さがわかるさ」
「なんだと! ちょっと顔が良くて優秀だからって調子に乗りやがって!」
――それだけあれば十分だろ?
喉元まで出かかった言葉を、ユーゴは飲み込んだ。
歯ぎしりするコテツを一瞥し、ヘルメットを被る。
「つらくて眠れない夜が、一つでも減る。それはすごいことさ」
「あー……? ユーゴの言うことは、たまに難しいんだよなあ」
「さすがユーゴだ。よーくわかっとるな! ぐぁっはっはっは!」
「あら、社長さん。ご機嫌ですね。おはようございます」
豪快な高笑いを上げるカンカラ社長に、一人の女性が声をかけた。
背後からの声に、カンカラ社長は飛び上がって驚き、瞬時にモービルから飛び降りる。
「ぬあっ! マダムじゃありませんか!」
マダムと呼ばれた女性は、上品なパーマのかかったふわりとした黒髪。
朝の清涼な空気を思わせる水色のスポーツウェアを、しなやかな肢体に沿わせて自然に着こなしていた。
コテツよりも二十歳以上年上とは思えないほど若々しい。
本名すら知らないという秘めやかさも相まって、いつしか彼女はカンカラ社長の意中の人となっていた。
「マダム! おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございまーす。……ぷふっ」
コテツは挨拶をしながら、カンカラ社長の緩み切った顔を見かねて噴き出した。
カンカラ社長は太い首筋を掻き、照れ笑いを浮かべると、降りたばかりのモービルに乗り込む。
「ほれほれ! さ、さあ! 今日もはりきってドデカい商談を一つ二つ、いや十はまとめちゃおうかな! それでこそ普通の社長! あいや! 敏腕社長ですからな! なーんつって!」
モービルの後部席に座ったまま、カンカラ社長は上機嫌で何種類ものポージングを取って見せる。大型モービルには、カンカラ社長が乗ったまま両腕を振り回し、はしゃげるだけの搭乗スペースがあった。
だが、本革ジャケットの内側に押し込められたワイシャツの方は、もう限界だった。
筋肉の圧力に負け、ボタンが弾け飛び、コテツの足元へ転がる。
コテツはそのボタンを目で追った。
「それでは、マダム! わたくし、業務多忙にてご免!」
カンカラ社長のハイテンションぶりに、ユーゴは苦笑いを浮かべてハンドルを握る。
丁寧なグリップ操作で、ゆっくりとスロットルを開けた。
重い鼓動音をまき散らすエンジンとは裏腹な、滑らかな挙動にコテツは見惚れる。
「あー! コテツ! 言い忘れた!」
「な、なんすか?」
「カガミがよ! 昼前に護国王広場に来いってよ。用があるらしいぞ!」
会話に合わせて、ユーゴはアクセルを緩める。
モービルの速度が亀の歩みのように遅くなった。
「え? 今日? 用ってなんです?」
「そんなもんわしが知るか! 確かに伝えたぞ! じゃあな!」
速度を緩めた礼を兼ねて、カンカラ社長がユーゴの肩を叩く。
次の瞬間、野太い排気音が跳ね、モービルは一気に加速した。
コテツはあっという間に小さくなるモービルの後ろ姿を見送り、感嘆のため息を漏らす。
「はあ、にしてもいい音、ぶっといトルク。グランディアいいなあ。いつか絶対買う!」
「男の子って好きよね、ああいうの」
「え、大人だって好きですよ! ほら、おやっさん……じゃなくて、カンカラ社長だって」
「そうね。それにしても、いつも忙しいのね、カンカラさんは」
「そうなんですよ、いつ寝てるのかもわかんないくらい。声もでかいし、やたら元気です」
コテツは足元のボタンを拾い上げて笑った。
マダムもその手のひらを覗き込み、千切れた糸が残るボタンを見て笑う。
「ふふ、そうね、でも、健康のためにはちゃんと休んだ方が良いと思うけれど」
「あ~、マダムから誘えば、あのおっさん喜んでなんでもしますよ。休めと言ったら道路でも寝ると思います」
「そうかしら? そうね、それも面白そう。今度、お茶でも誘ってみようかしら」
「あ、それ絶対に喜ぶやつです。じゃ、俺も仕事に戻ります」
「ええ。あ、今朝も護国王広場まで行くのよね。わたしもこのまま千乗階段を走るから、あとで会うかもしれないわね」
「そっか、マダムのジョギングコースでしたっけ?」
「ええ、あの長さがちょうどいいの。じゃあね」
「はい、また!」
コテツは軽やかに走るマダムの後ろ姿を見送った。
ふと腰に手を当てると、右手がスキットルに触れる。
「あ、よく見ると……こんなに凹んだのか。目立つなあ」
ピカピカのスキットルの表面には、大きく窪んだ傷が残っていた。
スキットルをベルトのホルダーへ固定すると、コテツは刀を引き抜き、今度は刀身を確かめる。枝を切った痕が多少汚れとして残っているものの、刃こぼれ一つない。
「これで刃が欠けてたら泣いてたな……。大事に使おう、いろいろ」
コテツは刀を鞘に納め、ベルトに固定したスキットルを撫でる。
後頭部を掻きながら、汚れて使用感たっぷりのモービルに跨った。




