表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
40/98

1-9.ムロージ商会② 初代との縁

 騒めく見物客を尻目に、グエンは露店の横まで行った。

 ゆっくりと歩くグエンの左首筋から左頬にかけて、赤い火焔紋様が浮かび上がる。

 歩調に合わせ、赤い髪が熱を孕んでふわりと揺れた。

 露店横の道路沿いには、古ぼけた鋼鉄製の消火栓が地面から生えている。

 大の男の太ももほどもある消火栓を目にし、髭を撫でていた店主の手が止まった。


「もしかして、兄さん……あ」


 右手でダガーを振り上げ、グエンは一歩踏み出す。

 「ふっ」と吐いた息に合わせ、鋼鉄の消火栓へ刃を振るった。

 息を吐いた瞬間、グエンの頭の先からつま先、そしてダガーの先端に至るまでが、熾火のごとく輝きを帯びる。

 弧を描いて振り下ろされた刃の軌道に、赤い残光が走った。

 刃が火花を散らし、消火栓を唐竹の如く断ち割る。

 裂けた消火栓から水が景気よく噴き出すと、グエンは即座に水のかからない位置へ飛び退いた。

 店主は慌てて消火栓へ走る。


「待った待った! 目立っちまうとまずい! 営業停止になっちまうよ!」


 次いで、野次馬たちの大きな歓声が上がった。


「おおおお!」

「やりやがった!」

「なんか今、あの兄ちゃんの腕とダガー、光ってなかったか?」

「わっかんねえけどすげえ!」


 店主は大慌てで消火栓脇の地面の蓋を開け、レバーを回して水を止めた。


「派手つったって限度があるよ! こんなに水浸しにしちまって……治安部が来たらドヤされちまう!」


 ターバンごとずぶ濡れになった店主は店に戻ると、恨みがましい目でグエンを見た。

 グエンはバツが悪そうに頭を掻き、ダガーに太陽光を当てて眺める。


「悪い悪い。けど、あれで刃こぼれしないとは流石だ。それに、ほら」


 グエンは野次馬を親指で指差す。

 露店前に立っていた店主へ向かい、人垣を作っていた客たちが一斉に押し寄せた。

 興奮気味の客たちが群れをなして、店主へ詰め寄る。


「え? お、っとっとっとっとっとっとっとっと!」

「おやじ―! 俺にも一本くれ!」

「あんな分厚い鋼鉄をぶった切るなんて初めて見た! 20万ギンあるぜ!」

「こっちが先だ! こっちは2本買うぞ!」

「ローン! ローンはやってないかー!」


 店主は客にもみくちゃにされながら、にんまりと笑った。


「はいはい! 在庫は店に並んでいるので全部だ! 本日限りの限定品! ローンはまた今度! 特別製につき、現金のみ一括払いだよ!」


 

 喧騒から離れた大きな公園の一画。

 グエンのいる露店の道をまっすぐ進み、放射線状の歩道が交わる場所までオライオンは来ていた。

 公園の中央には巨大な『世界樹』が聳え立っている。

 微かに流れる霧を突き抜け、幹の遥か先、一本の枝に止まった一羽の鳩が羽繕いをしていた。

 オライオンは店先からくすねた蒸し肉の塊を咥え、世界樹の幹を駆けのぼっていく。

 猛烈な勢いで迫るオライオンに驚き、鳩が飛び立った。

 去っていく鳩を見上げたオライオンは、咥えていた蒸し肉を太い枝の上に置き、喉を鳴らしながら食事にありつく。

 ご機嫌だったオライオンは、ぴたりと動きを止めた。


「オウン?」


 世界樹広場から離れた商業区の道路。

 溢れる群衆の中で、若い黒髪の女性の姿にオライオンの視線が釘付けになる。

 彼女はグエンよりも世界樹公園に近い場所にいた。

 何度も背後を振り返りながら、後ろから迫る黒い軍服姿の軍人たちから逃げている。

 彼らを目で追いながら、オライオンは再び蒸し肉にかぶりついた。


 

 人だかりができていた露店の武器屋には、店主とグエンの二人だけが残っていた。

 店に並んでいたダガーは一本残らず完売し、あとはグエンの持つ一本のみだ。

 店主は満面の笑みを浮かべ、大きなザルに放り込まれた金を眺める。


「いやー、80本、あっと言う間の完売だ! 盛況! 好評! 大繁盛!ってな!」


 グエンはダガーを手に、店主のもとへ歩いて行く。


「で、俺はこのスペシャルな一本を買ってもいいのかな?」


 値切りの交渉をしないと懐具合がな、と口から出そうになった言葉を、グエンは飲み込んだ。

 対照的に、店主は潤った懐にすっかりご満悦だ。


「スペシャルね! 鑑定眼……いや慧眼っつーんだろうね。いつから気づいてた?」

「さあ? この店のダガーは全て重銀製だったよ。……お値段以上とは言い難いが」


 グエンは肩をすくめて笑った。

 上機嫌の店主は両手を叩き、大声をあげて笑い、笑い涙を拭う。


「あっはっはっは! いいよいいよ! こういう商売をやってるとね、見る目のある客に会えると嬉しくなるんだ」


 店主は小躍りしながらカウンターの裏へ回り、奥から鞘とベルトを取り出してきた。

 グエンの手からダガーを受け取ると鞘に納め、ベルトと一緒に差し出す。


「皆さんお求めの品は、安物だが紛れもなく重銀製。そんじょそこらの鋼鉄やチタンなんか目じゃない。が、こいつだけはそこらの重銀製とは一味も二味も違う超一級品だ。ムロージ商会が誇る大業物【鐘岩徹(かないわどおし)】だよ。こいつだけ、ダガーとは一線を画した逸品だ」

「なら、ダガーじゃなくて小太刀って感じか。ベルトを含めていくらだい? ちょっと負けてくれると嬉しいんだが」


 グエンは鐘岩徹を受け取り、ベルトを巻いて腰に固定し、試すように身につけた。

 口髭をつまみながら、店主は指を一本立てて見せる。


「これくらいは貰うかな。桁は違うけども」


 苦笑するグエンの表情を見て、店主は嬉しそうに笑う。


「が、一瞬でその十倍以上は稼がせて貰った。そうだねえ」


 店主は品物の価値、今日の売り上げ、そしてグエンの働きを、脳内で素早く計算し始めた。

 答えを待つより早く、グエンはこの店を訪れるきっかけとなった疑問を口にする。


「ムロージの名前を聞いたが、もしかして行商人のムロージと何か関係があるのかな?」

「行商人のムロージ?」


 思案していた店主が首を傾げる。


「いや、勘違いだったか。なんでもないよ」

「行商人のムロージってのは、二代前、ムロージ商会の初代だ。よく知ってるねえ、初代の下積み時代なんて」


「ほんとにあのムロージさんの……。じゃあ、ノダナ族も?」

「ほんとによく知ってるねえ! ノダナ族はムロージ商会の守り神だ!」

「……俺はアウルカ出身でね。初代がアウルカで商売をしたって聞いたことがあったんだ」

「なるほどねえ! 初代が行商でアウルカに行ったのは、ゴカ殲滅戦の頃だ」

「……ゴカ」

「初代はね、ノダナ族と仲が良かったおかげで、すんでの所であの悲惨な戦禍から逃れたんだよ。あそこで初代が死んでたら、今のムロージ商会は存在しない!」

「ノダナ族と仲が良かったから助かった、というのは?」

「噂くらい聞いたことないかい? ノダナ族ってのは、危険を事前に察知することができるらしいんだよ。気に入った相手にだけ、極まれに教えてくれるらしくてね」

「危険を……事前に?」

「初代はゴカから逃げ延びて、すぐにアウルカを出たらしい。アウルカではゴカくらいでしか商売してなかったようだから、兄さんに初代の話をした人も、同じように助かった人だったかもしれないねえ」

「危険を事前に……」


 何かを思い出しかけ、グエンは眉間に皺を寄せて考え込む。

 店主はパンッと手を叩いた。


「こりゃ面白いね! こういうのを縁って言うんだ。一本は一本でも、ベルト代だけでいいや! 一万ギンでいいよ!」


 予想を遥かに下回る安値だった。考え込んでいたことも忘れ、グエンは思わず目を見張る。

 店主は口を開けて驚くグエンの顔を見て、満足気にうんうんと頷いた。


(10万でも安すぎるだろうと思ったら、まさかの1万とは)


 破格の値引きが信じられず、グエンは再度価格を確認しようとした。

 だが、満面の笑みで髭を撫でる店主の表情を前に、それも野暮だと考え直す。


「いや、良い買い物ができたよ」

「俺も気分がいいよ! 今度は売り子でも頼むかな! はははは!」

「次は消火栓以外の物で盛り上げるよ」


 グエンはジャケットの内ポケットから紙幣を取り出し、店主へ渡した。

 金を受け取り、笑顔で拳を突き出す店主に、グエンも笑顔で拳を当てる。

 手を振って去っていくグエンを見送ると、店主は店内へ戻った。

 大量の売上金をカウンターの裏で数え始めた店主は、ふと手を止め、髭を撫でる。


「それにしても、あの焔の紋様は……アウルカのゴカ村? ……戦姫殺しのファンかねえ」


 口髭を撫で、つまみ、店主は首を傾げた。


 


 武器屋を後にしたグエンは、大勢の通行人の中を歩いていた。

 立ち並ぶ露店を眺めながら、腰右側に固定したダガーへそっと手を伸ばす。


「まさか一万でこんな業物を買えるとは、幸先が良い。たぶん、市場価格は100万ギンはしたんだろうな、これ……。ただ、ダガーというより小太刀の方がしっくりくるな」


 思わず小さく微笑んだグエンの足元へ、戻ってきたオライオンがすり寄った。


「おっと、おかえり、オライオン。散歩の調子はどうだ?」

「ウォン! ウォン!」


 オライオンはグエンの顔を見上げ、ひと吠えする。

 じっと見つめてくる相棒の声に、グエンは首を傾げた。


「ん、なんかあったか?」

「ウォン!」


 さらにひと吠えし、オライオンはくるりと向きを変えて歩き出す。


「ついて来いって所か」


 オライオンは、この先にある食材市場の方向へ進んでいく。

 グエンは小さな相棒の背を追うことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ