1-1.旅立ち①
3100ccの二気筒エンジンが特有の重々しい鼓動音を刻みながら、丘陵の風を切り裂く。
1台のモービルが悠々と緑の丘を駆け抜けていた。
フロントに並ぶ二本のタイヤと、後輪の太いタイヤがそれぞれ駆動し、轍や小石をものともせず地面を蹴り、バイクの倍ほどもあるモービルの車体を力強く運んでいく。
赤髪を風に揺らし、グエンは朝日に目を細めた。
胸ポケットから取り出したサングラスをかける。
体にぴたりと馴染むジャケット、サイドポケットのついたタクティカルパンツ。
腰の太いベルトにはいくつかのポーチが固定されており、腰の左側には刀を吊り下げる為のホルスターがぶら下がっている。
腰のホルスターに収まるべき黒拵えの軍刀「濡焔」は、今はモービルの車体脇に固定されていた。
ふくらはぎまですっぽり包んだ分厚い皮のロングブーツを含めた黒一色の衣服は、紅蓮の髪をよりいっそう鮮やかに際立たせている。
右手側から昇る朝日の温かい光。
グエンの双眸には、その光が大地の穢れを洗い流していくように映った。
走るモービルの後部席には、黒く四角い樹脂製のパニアケース。
その中には小さな住人がいる。
ちょこんと毛むくじゃらの小顔を出したのは、白い赤ん坊の虎を思わせる生き物。
彼の名は、オライオン。
「アオォン」
オライオンは気持ちよさそうに風を受け、流れる景色を堪能している。
風に混ざった微かな声。
グエンはバックミラー越しにその姿を見やった。
「よお、相棒。やっとお目覚めかな」
モービルは穏やかな起伏が続く丘陵地帯を駆け抜けていく。
ひと際大きな丘に続く道路を登り切ると、眼下に広がるのは地平を覆うスクアミナ守護山脈。その麓を、銀の帯のような大河がゆるやかに流れていた。
道路は遥か下方へと続き、大河に架かる大規模な可動橋を経て、守護山脈の麓、鉱山都市バナーバル市へと続いている。
「絶景だな。ちょうどいい、軽く飯にしよう」
モービルは速度を落とし、丘の頂上付近で道路脇に逸れた。
左手でクラッチを握り、左足でギアをニュートラルへ入れ、右足のつま先で姿勢制御ペダルを跳ね上げる。
モービルのアナログなタコメーターの右下に青く光る【GLANDIA】という文字が、緑色に変わった。
その変化を確認すると、グエンはモービルからゆっくりと降り立つ。
運転手を失っても、傾斜におかれた車体は傾くことなく、まるで意思を持つかのようにその場で静止していた。
グエンが車体を軽く小突くと、モービルはわずかに傾き、車体下部からせり出したスタンドが重厚な車体を支えた。
寝床が傾き、パニアケースでくつろいでいたオライオンが立ち上がる。
すっくと立ちあがり身を縮めて屈むと、グエンの肩めがけて跳んだ。
「お、っと」
グエンはその小さな体を肩で受け止めると、柔らかな毛で覆われた小さな頭を撫でる。
オライオンは満足げに頭を摺り寄せた。
相棒を肩に乗せたまま、モービルの後方部へ回り、パニアケースを開ける。
取り出された紙袋に、オライオンが鼻をひくつかせた。
しきりに鼻を鳴らす相棒の仕草に、グエンは思わずほほ笑む。
モービルにもたれかかり、丘を下る先にある街、バナーバルを見つめた。
「あの大仰しい見てくれは、何に備えているんだろうな」
スクアミナ守護山脈の麓、山に張り付くように栄えた鉱山都市バナーバル。
その街は、全周を壁で囲われた城塞都市さながらの様相を呈していた。
オライオンにとっては、相棒の疑問など興味はない。
紙袋の中から漂う美味そうな匂いが気になって仕方ない。
グエンの腕をつたい、紙袋の前で一吠えした。
「ウォン!」
「ああ、食べようか。オライオンのはこっちな」
グエンは紙袋の中から、白い包み紙を二つ取り出した。
一つを左手に持ち、モービルのシートに腕を乗せると、紙袋を手のひらの上で開く。
包みの中には、手のひらほどの大きさのローストチキン。
香草のほのかな香りが風に溶けた。
見るや否や、オライオンはきつね色に焼き目のついた鶏もも肉にかぶりつく。
「オオウ、ウウウオ」
鳴き声とも唸り声ともつかない歓喜の音を漏らしながら、夢中で食らいつく。
相棒の至福の瞬間を邪魔しないように、左手はそのまま。
右手と口で自分の包み紙を開いた。
二枚のバタールに挟まれた、照りのある鶏肉。
焦げ茶色のタレが朝日に光っている。
「甘いやつだな」
軽く笑い、グエンは歯が肉に届くよう、大口を開けてサンドウィッチを頬張った。
肉の脂と香辛料の香りが、穏やかに彼の胸に広がっていった。




