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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
32/84

1-1.旅立ち①

 3100ccの二気筒エンジンが特有の重々しい鼓動音を刻みながら、丘陵の風を切り裂く。

 1台のモービルが悠々と緑の丘を駆け抜けていた。

 フロントに並ぶ二本のタイヤと、後輪の太いタイヤがそれぞれ駆動し、轍や小石をものともせず地面を蹴り、バイクの倍ほどもあるモービルの車体を力強く運んでいく。

 

 赤髪を風に揺らし、グエンは朝日に目を細めた。

 胸ポケットから取り出したサングラスをかける。

 体にぴたりと馴染むジャケット、サイドポケットのついたタクティカルパンツ。

 腰の太いベルトにはいくつかのポーチが固定されており、腰の左側には刀を吊り下げる為のホルスターがぶら下がっている。

 腰のホルスターに収まるべき黒拵えの軍刀「濡焔(ぬれほむら)」は、今はモービルの車体脇に固定されていた。

 ふくらはぎまですっぽり包んだ分厚い皮のロングブーツを含めた黒一色の衣服は、紅蓮の髪をよりいっそう鮮やかに際立たせている。


 右手側から昇る朝日の温かい光。

 グエンの双眸には、その光が大地の穢れを洗い流していくように映った。


 走るモービルの後部席には、黒く四角い樹脂製のパニアケース。

 その中には小さな住人がいる。

 ちょこんと毛むくじゃらの小顔を出したのは、白い赤ん坊の虎を思わせる生き物。

 彼の名は、オライオン。


「アオォン」


 オライオンは気持ちよさそうに風を受け、流れる景色を堪能している。

 風に混ざった微かな声。

 グエンはバックミラー越しにその姿を見やった。


「よお、相棒。やっとお目覚めかな」


 モービルは穏やかな起伏が続く丘陵地帯を駆け抜けていく。

 ひと際大きな丘に続く道路を登り切ると、眼下に広がるのは地平を覆うスクアミナ守護山脈。その麓を、銀の帯のような大河がゆるやかに流れていた。

 道路は遥か下方へと続き、大河に架かる大規模な可動橋を経て、守護山脈の麓、鉱山都市バナーバル市へと続いている。


「絶景だな。ちょうどいい、軽く飯にしよう」


 モービルは速度を落とし、丘の頂上付近で道路脇に逸れた。

左手でクラッチを握り、左足でギアをニュートラルへ入れ、右足のつま先で姿勢制御ペダルを跳ね上げる。

 モービルのアナログなタコメーターの右下に青く光る【GLANDIA】という文字が、緑色に変わった。

 その変化を確認すると、グエンはモービルからゆっくりと降り立つ。

 運転手を失っても、傾斜におかれた車体は傾くことなく、まるで意思を持つかのようにその場で静止していた。


 グエンが車体を軽く小突くと、モービルはわずかに傾き、車体下部からせり出したスタンドが重厚な車体を支えた。

 寝床が傾き、パニアケースでくつろいでいたオライオンが立ち上がる。

 すっくと立ちあがり身を縮めて屈むと、グエンの肩めがけて跳んだ。


「お、っと」


 グエンはその小さな体を肩で受け止めると、柔らかな毛で覆われた小さな頭を撫でる。

 オライオンは満足げに頭を摺り寄せた。

 相棒を肩に乗せたまま、モービルの後方部へ回り、パニアケースを開ける。

 取り出された紙袋に、オライオンが鼻をひくつかせた。

 しきりに鼻を鳴らす相棒の仕草に、グエンは思わずほほ笑む。

 モービルにもたれかかり、丘を下る先にある街、バナーバルを見つめた。


「あの大仰しい見てくれは、何に備えているんだろうな」


 スクアミナ守護山脈の麓、山に張り付くように栄えた鉱山都市バナーバル。

 その街は、全周を壁で囲われた城塞都市さながらの様相を呈していた。


 オライオンにとっては、相棒の疑問など興味はない。

 紙袋の中から漂う美味そうな匂いが気になって仕方ない。

 グエンの腕をつたい、紙袋の前で一吠えした。


「ウォン!」

「ああ、食べようか。オライオンのはこっちな」


 グエンは紙袋の中から、白い包み紙を二つ取り出した。

 一つを左手に持ち、モービルのシートに腕を乗せると、紙袋を手のひらの上で開く。

 包みの中には、手のひらほどの大きさのローストチキン。

 香草のほのかな香りが風に溶けた。

 見るや否や、オライオンはきつね色に焼き目のついた鶏もも肉にかぶりつく。


「オオウ、ウウウオ」


 鳴き声とも唸り声ともつかない歓喜の音を漏らしながら、夢中で食らいつく。

 相棒の至福の瞬間を邪魔しないように、左手はそのまま。

 右手と口で自分の包み紙を開いた。

 二枚のバタールに挟まれた、照りのある鶏肉。

 焦げ茶色のタレが朝日に光っている。


「甘いやつだな」


 軽く笑い、グエンは歯が肉に届くよう、大口を開けてサンドウィッチを頬張った。

 肉の脂と香辛料の香りが、穏やかに彼の胸に広がっていった。

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