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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
31/70

0-31.慟哭の谷 【第0章 完】

 真っ暗な森の中、グエンはモービルを走らせる。

 雨で濡れ続け、大量の血を失った冷たい体にはほとんど感覚がない。

 胸から背中を貫いたままの羽根を抜く気力も体力もなかった。


「カガミ……仇は取ったよ……けど……」


 口から溢れる血が言葉を詰まらせる。

 細い森の道、気を抜けば森の木々に激突してしまう。

 ただでさえ暗闇と雨に遮られて視界が悪い。

 瀕死の戦士は気力を振り絞り、ぼやけていく視界に抵抗していた。

 ライトに映し出されては後方に流れていく木の姿が、踊り狂う亡者のように見え、グエンは現実味を失い続けていった。


「くそったれめ」


 横目で木々に悪態をつき、グリップを回してモービルを加速させる。

 森にこだまする機械的な鼓動音に、グエンはまだ生きていることを実感した。


「俺は生き残った……けど、この勝利に何の意味があるんだ!」


 口からこぼれる血。

 せき込み、涙を流してグエンは叫ぶ。


「もう誰もいないのに! まだエンブラのやつらは、本国に大量にいるってのに!」


 雲の下を抜け、雨が止む。

 急に視界が開けた。

 森が突如終わり、緩やかな傾斜で登る道の向こうには夜空が覗く。

 開けた景色の中央にあるのはギンノウ山。

 山の目前に横たわるは銀霧峡だ。

 50mほど先で道が終わっている。


 グエンは銀霧峡の崖っぷちへ向け、呆然とモービルを走らせ続けた。

 血に濡れた赤い前髪が風で目に入り、ふと我に返った。


「! くそっ! くそっ! 今俺が死んで何になるってんだ! 死んでどうなる!」



 ――ゴカ村には誰もいない。



 管理小屋に置いてきたカガミの姿が脳裏に蘇った。


「俺が……生きてどうなる。カガミがいない。おやっさんもいない、村も……ユーゴも……誰もいないのに……誰もいないのによお……」


 グエンの頭には、自身の死が過った。

 咄嗟に首を振り、愚かな考えだと自分自身を否定し、モービルにブレーキをかけた。

 だが、ブレーキレバーを握り、ブレーキペダルを踏んでもまるで手ごたえがない。

 故障かと思い、グエンは前輪のブレーキを覗き込み驚愕する。


「!」


 前輪のプレートを挟むブレーキ部分に、肉片のついた金色の髪の毛が絡みついているではないか。

 前輪を挟んで摩擦で止めるべきパーツの間に、ぬめる肉片が入り込んだせいで摩擦を阻害し、モービルは速度を落とさずひた走る。


 慟哭の谷まで30mを切った。

 血と絶望に染まったグエンは、大きくため息をついて笑う。


「はっ! 高貴な化け物の姫が、こんな小細工してくるとは……熱烈だね……」


 自暴自棄になったグエンは、グリップを全力で回した。

 重低音のエンジン音が森の木々にこだまし、グランディア自慢のトルクが、重い車体を軽々と崖の外へ押し出す。


 崖を跳んだモービルは、谷へ飛び込で行く。

 グエンは落下してながら、胸ポケットに入っている一房の髪の毛に触れた。


「誰も守れなかった俺でも……カガミの……皆の所へいけるかなあ……」


 落下しながら見える夜空は、ぽっかりと口を開いた谷に切り取られ、まるで天にかかる河のようだった。

 失意と絶望に苛まれたグエンは、慟哭の谷底、マガツ淵の水面に映る星空に姿を消した。

 




 ――クトファ歴3872年、ゴカ村はエンブラ帝国の手により、地図から姿を消した。


 北の強国にして世界有数の重銀を有するエンブラ帝国は、この侵攻をきっかけにアウルカ国全土を掌握することになる。

 やがて彼らは他国への武力侵略を強め、重銀の独占と開発に全力を注ぎ始めた。

 皮肉なことに、その略奪と独占が、重銀の価値を世界へ知らしめることとなる。





 そして、50年の時が過ぎる。

 アウルカの遥か南西。

 バナーバルの地に、若々しいままのグエンが姿を現した。



第0章 完

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