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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
27/84

0-27.死別②

 岩床に頬をつけたゲン爺は、黒井戸小祠(しょうし)へと手を伸ばし、かすれた声で乞うた。


銀嚢(ぎんのう)さまぁ……お側にお仕えしとうて……七十年普請しました。やっとそちらへ……行けますじゃ……」


 ゲン爺は、カガミを抱いて泣くコテツを一瞥し、黒井戸小祠(しょうし)へ両手を合わせた。


「けんど……お頼み、申します。……わしゃあここで朽ちてもええで……お側へ行けんでもええで……コテツ坊を……護ってくだされ……。どうか……コテツ坊を……」


 冷たい岩床に身を横たえ、両手を合わせたまま、ゲン爺は静かに息を絶えた。

 黒井戸小祠(しょうし)に巻かれた紙垂(しで)が、風もなく揺れる。

 カガミの肩を抱いたまま、コテツは視線を落とし、その先に転がるライトに気づいた。

 照らされた光を目でたどり、手を合わせて横たわるゲン爺の亡骸を認識する。


「ゲン爺まで……なんだよ、これ」


 ゲン爺の体にも、カガミの傷跡に酷似した、線のように細い刺し傷が刻まれていた。


「盾になれなかった……?」


 ゲン爺がカガミを庇い、貫かれ、二人ともが致命傷を負ったのだと、コテツは理解した。


「誰が! どこのどいつがこんなことを!」


 その刺し傷は、ボルト・オン・ナイフによるものだ。

 ユーゴとの死闘で、コテツの体中についた創傷と、まったく同じ。


「なんでだよ! カガミ! ユーゴ! ゲン爺!……おやっさん……なんで、なんで」


 カガミの亡骸を強く抱きしめ、コテツは目を固く閉じた。

 数十秒のあいだ、まるで石像のように微動だにしない。

 やがて目を開け、腕の中にある、もう二度と微笑まないカガミの黒髪を、そっとなでた。


「夢じゃないのかよぉ……目を開けたらさぁ……何もなくてさぁ……」


 再び目を閉じる。

 涙に濡れた瞳を開き、カガミに口づけをした。


「愛してる。愛してるよぉ……おおおぉ……」


 徐々に熱を失っていくカガミの体。

 その体に残る温もりが完全に消えるまで、コテツは抱きしめ続けた。


 やがて、岩肌のように冷たくなった体を、そっと地面に横たわらせる。


「カガミ、また来るから。ちゃんとするから」


 立ち上がり、涙を拭う。

 脳裏に、ユーゴの言葉が蘇った。


 ――エンブラ王家の姫ってのに会ってさ


 銀霧峡(ぎんむきょう)へ落ちていく、ユーゴの虚ろな笑顔。


「エンブラの姫がユーゴを騙して」


 道路に横たわるカンカラ社長とマダム。

 コテツを庇い、散ったアリスカの特攻。


「エンブラ兵が皆を殺した」


 二度と見ることのできない、カガミの笑顔。


「カガミを殺したエンブラを、俺は、絶対に許さない!」


 コテツは洞の出口へ、ゆっくりと歩き出した。

 その背を引き止めるかのように、洞の奥から甲高い共鳴音が響き渡る。


 音は黒井戸小祠(くろいどしょうし)の内からだった。

 まつられた濡焔(ぬれほむら)が共振し、耳を(つんざ)く音を発する。

 紙垂が風もなく揺れ、扉にかけられた武骨な南京錠が真っ二つに割れ、金属音が洞内を駆け巡った。

 異変に気づいたコテツは、ゆっくりと開く黒井戸小祠の扉を凝視する。


「ゲン爺の言ってた……濡焔(ぬれほむら)銀嚢(ぎんのう)様の」


 呼ばれるように歩み寄り、コテツは太刀を取った。

 濡焔を腰に下げ、代わりに折れた自身の刀を黒井戸小祠へと置く。


銀嚢ぎんのう様、復讐を果たしたその力を貸してください。貴女が敵を皆殺し、焼き殺したように、紅蓮の怨嗟を……エンブラの奴らに! この怨みを! 奴らの内臓にねじ込んでやる! カガミの受けた痛みを! 苦しみを! 絶望を! 苦痛に変えて! エンブラのやつらに味わわせてやる! どんなことをしても!」


 コテツの瞳と涙が赤く染まり、左頬に火焔紋様が浮かび上がる。

 柄を握る手から滴る血を吸い、濡焔は再び(つんざ)く共鳴音を放ち、やがて沈黙した。

 直後、コテツの髪がじわじわと、業火のように紅蓮へ染まっていく。


「紅蓮の怨嗟(えんさ)を……俺は、紅蓮の怨嗟(えんさ)そのものになる。【紅怨(ぐえん)銀嚢(ぎんのう)】のように、仇を打ち、焼き滅ぼす! カガミの、皆の仇を! エンブラのやつらを、紅蓮の怨嗟で地獄に落とす! 必ず! エンブラは皆殺しだ! 俺は、今からグエンだ。……コテツじゃない」


 グエンは社の扉を閉め、両手を合わせて祈りを捧げた。


銀嚢ぎんのう様……その力を、分けてください。この命と引き換えに」


 祠に背を向け、グエンは出口へ向かう。

 途中、岩床に伏す二つの遺体。

 通り過ぎかけて足を止め、カガミの体をそっと抱き上げた。


「こんな冷たいところに、やっぱり放っておけないよな……」


 その体を大事に抱え、ゲン爺の管理小屋へと運ぶ。

 再び洞へ戻り、ゲン爺の遺体も管理小屋に収めると、グエンは小屋を後にした。

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