0-21.ゴカ村襲撃①
真っ暗な部屋の中。
目を開けると、カーテンの隙間から街灯の明かりが細く差し込み、床に淡い帯を落としていた。
眠気に沈んでいたコテツの意識が、唐突に研ぎ澄まされる。
反射で上体を起こし、飛び起きた。
「何時だ! 今!」
夜勤前は18時には起きる。
いつもの時間なら、初夏の外はまだ明るいはずだ。
ベッド横に置いた時計を掴む。暗がりに目を凝らすと、短針と長針がうっすら読めた。
「7時55分! やべえ!」
ヘッドボードのスイッチを押して照明をつけたコテツは、ピタリと動きを止めた。
夜勤の交代時間は夜8時。5分後だ。
普段なら、今この瞬間には第三支部で小隊長立ち合いの交代ミーティングが始まっている。
支部の仲間達は今頃、身支度を完璧に整え、交代前ミーティングに備えて整列し始めているだろう。
一方、コテツはズボンも履いていない。
「やーめた。どうやっても間に合わないんだから、急ぐ意味がない」
時計の針はもう、8時を指そうとしている。
どう足掻いても遅刻する。
なら急ぐだけ無駄だ――そう割り切って、コテツは大きく背伸びをしてからベッドに腰掛ける。
ベッド脇に立てかけてある刀を手に取ると、いったん呼吸を整えた。
「さて、我が愛刀、コテツ刀の手入れからしときますか」
鞘に収まったままの愛刀を、コテツはしげしげと眺める。
「奮発して買ったからなあ。やっぱりこいつがなきゃ始まらないぜ」
さて刀身の手入れを、と柄に手をかけた、その時。
地面から突き上げる衝撃が走った。
爆音と同時に、窓ガラスが弾けて破片が室内へ撒き散る。
「うお! なんだ! 爆発事故か! いや、けど同時に何か所かで爆発したような……?」
コテツはベッドから飛び降り、椅子の背もたれにかけてあったミッドナイトブルーのジャケットを羽織り、黒いタクティカルパンツを履く。
スリッパを引っかけ、窓際に張り付いて外の様子を伺うと、遠くでかすかに破裂音が続いた。
「銃声に似ているけど」
窓を開け、身を乗り出して周囲を見渡す。
すぐに女性の悲鳴が耳を刺した。
コテツの部屋はユニオンの寮として利用される階層住宅だ。
眼下には大通りから少し離れた路地裏が続いている。
この時間なら多少の人通りがあるはずだが、今はほとんど見えない。
代わりに、部屋から見て左側――大通りの方角に火の手が上がっていた。
「なんだ!」
数回の射撃音が響く。
路地裏の暗がりに紛れて、コテツは一瞬、人影を見落としていた。
だが――銃を構えた見慣れない三人の兵士が、そこにいた。
兵士が無言で発砲し、路地の先で女性が悲鳴をあげて倒れる。
見覚えのある顔だった。
「マダム!」
コテツは慌ててライフルを探し、部屋を見渡して窓枠を殴る。
「クソ! 銃は支部に行かなきゃ……それなら!」
刀を腰のベルトに固定し、ベッドを飛び越え、玄関の靴に足を突っ込む。
勢いよく部屋を飛び出し、大通りとは反対方向へ廊下を走った。
突き当たりの踊り場に着くと壁をよじ登り、縁に乗る。
見下ろした場所は、まさにエンブラ兵たちが並び立つ、その頭上だった。
コテツは刀を引き抜くと、躊躇なく飛び降りた。
着地際に、エンブラ兵を峰打ちで切り伏せる。
物音を聞いたエンブラ兵二人が同時に振り向いた。
コテツとアサルトライフルを構えたエンブラ兵達の目が合う。
瞬間、真横から銀髪をなびかせたタンクトップ姿の女性隊員が駆け込んできた。
黒塗りのマチェットを振りかざしたアリスカだ。
「オラッ!」
駆けつけ一発、マチェットで右側のエンブラ兵の首を切り落とした。
「貴様!」
強襲を受けたエンブラ兵だが、取り乱すことなく銃を構えアリスカに狙いを定める。
コテツは自分から意識を逸れた隙を見て取り、即座に踏み込みエンブラ兵を叩き伏せた。
「アリスカ隊長!」
アリスカはしゃがみ込むと、倒れた兵士の身なりを確認する。
「黒い軍服に……このお嬢さんの勲章、エンブラ兵だろこいつら。なんで街中に」
「俺にも何が何だか」
会話の途中、エンブラ兵が体を起こし、銃身を持ち上げた。
傍にいたアリスカがすかさずマチェットを振り下ろす。
「なんでコイツ生きて」
アリスカはそう言いかけ、コテツが切り伏せた残り一人も息があるのに気づいた。
彼女はとどめを刺した兵士のアサルトライフルを拾い上げ、倒れている兵士の傍に立つと、頭部に銃口を向け打ち抜いた。
「コテツ! 峰打ちなんてしてる場合か!」
「は、はい!」
「きっちり殺せ。でなけりゃ死ぬのはこっちだ」
「はい……」
ドスの聞いた声でコテツを睨むアリスカ。
コテツは萎縮し、小さく頷くしかなかった。




