1-117.巨人の苗床
水面に浮かび上がった泡が、橄欖石の床の中で激しく輝く粒として残った。
光は次第に弱まり、青白く鼓動する碧銀核へと姿を変える。
満天の星空の如き橄欖石の床が光を放ち、降り注ぐ闇を払って空間を照らす。
碧銀核から銀の血管が生まれ、伸びる。周囲の碧銀核と繋がり、一斉に脈動した。
橄欖石が人の形を成し、巨大な拳が床を突き破る。
ペリドットリクセンの巨人が生まれ、一体、また一体と数を増やす。
その中に、巨人の呼び声に応え、最も早く生まれた巨人がいた。
奈落の淵をましらのように渡り、闇に巨体を溶かし、異界の海を泳ぐ。床が自らの肉体と同じ橄欖石に変わった瞬間、獲物に向かって跳んだ。
「上だ! 散れい!」
ゲイドラは叫ぶ。
横に立つレオンがいち早く左へ跳んだのを確認し、エリエラを抱えて同じ方向へ跳躍する。残る二人の白鯨騎士は反対側へ跳んだ。
隕石のような巨拳が、一行の立っていた床を砕く。
砕かれた橄欖石が、砲弾のように飛散した。直径約二メートルの橄欖石が一人の騎士にぶつかり、構えた大楯ごと闇の中へ弾き飛ばす。
床から拳を引き抜いて立ち上がったのは、高さ八十メートルを超すリクセン。
太い胴体から伸びる両腕は異様に長く、左右の肩の高さすら揃っていない。首らしいくびれはほとんどなく、岩塊を積み上げたような頭部には、目も鼻も口もなかった。
巨体を形作るのは、オリーブ色を帯びた半透明のペリドット【橄欖石】だ。
滑らかな箇所もあれば、荒く隆起した箇所もある。その表面からは、大小無数の鉱石クラスターが立ち上るように群生していた。
レオンは自分を見下ろす巨人を見上げ、柔らかな金髪をかき上げた。
「巨人族どもに見つかっては仕方あるまい。私自ら成敗してくれる」
白い篭手で左胸を叩く。純白の甲冑の左胸、金に彩られた白鯨の紋章が押し込まれ、金色の光を明滅させる。光に合わせてレオンの肉体が痙攣すると、金色のマントが内側から押されて盛り上がった。
マントを押しのけ、一対の黄金の翼が姿を現した。
レオンは白銀のサーベルを引き抜く。
「巨人を打ち倒すのは、神話の時代より、私のような英雄の役目だ。ゲイドラ、黒薔薇姫は任せたぞ」
「はっ! 若! 見事なお姿にございます!」
「うむ」
レオンは黄金の翼を羽ばたかせ、舞い上がった。
八十メートルという破格の巨体を持つ巨人リクセンだが、碧銀核が弱点であることは変わらない。
レオンは闇の晴れた空中を舞い、透けた巨人の胸部に大きな碧銀核を見つけた。
しかし、巨人の胸板の厚さは尋常ではない。
サーベルでは届くまいと考えるレオンの目に、妙なものが映った。
巨人の左肩。剣山のようなクラスターに、人間の顔がついている。目を凝らしてみれば、それはクラスターの内部に囚われたロロカだった。
ロロカはありったけの悪態をついていたが、八十メートルの高さからでは足元まで声は届かず、ここまで飛んできたレオンにやっと声が届いたのだ。
「クソがっ! 離せってんだよー! アズレイ―! 助けろよー! ギニャー!」
レオンは空中で羽ばたきながら、ロロカの周囲を注意深く見た。
淡く光る床の灯りだけでははっきり見えないが、ロロカを囚えるクラスターの後ろに黒い人型がある。
「墨影の獣人と、アズレイか? 何をしているのか、あの者らは」
空気が動く。轟音とともに、空中を舞うレオンに向けて巨大な腕が振り上げられた。
レオンは軽やかに舞い、迫り来る手を避ける。
クラスターの間に立つアズレイは、小さくため息をついた。
「油断をするなと言ったが」
「ふっざけんな! 油断とかのレベルじゃないよ! いきなり周りが海になって、こいつ水ん中じゃぷるぷる震えてやがったのに! 硬くなったと思ったらこうだ! だいたいなんでアズレイは無事なんだい! 一緒になって肩に掴まってたじゃないか!」
半透明のペリドットのクラスターから、ロロカは顔だけを出している。
顔からは薄桃色の産毛が抜け落ち、獣化が解けて雪のように白い肌をのぞかせていた。
「常に五感を研ぎ澄ませろと言っただろう。自力で抜け出せるか?」
巨人が腕を振る度、アズレイ達のいる肩は大きく揺れる。
ゆっくりと傾き、振り子のように加速しては反対側へ揺れ戻る。
アズレイはクラスターとクラスターの隙間に両手足を突っ張り、器用に体を支える。
「重銀玉さえ食えれば、こんなのぶっ壊してやんのにさあ!」
「クラスターに捕らわれたか。碧銀核ならどうだ」
「いけんじゃないの? けどさ、アズレイに取られちゃっ」
言葉の途中で、ボゴォンッ! と炸裂音がした。
唯一自由の利く顔をなんとか動かして横を見ると、アズレイが隣に生えたクラスターへ腕を突っ込んでいた。
アズレイは拳大の碧銀核を抜き取り、クラスターの表面に当て、碧銀核に拳を添える。
再び炸裂音が響き、拳でクラスターに押し付けられていた碧銀核が砕けた。その破片から親指の指先ほどの欠片を選び、ロロカの口へ運ぶ。
「重銀よりこいつのが、んがっ」
ロロカは、重銀核よりもクラスターの方が柔らかいのに、なぜ重銀核だけが割れるのか? と問いたかったが、言葉の途中で口に碧銀核の破片を突っ込まれてしまった。
「んがっ、ん、ん? んん、んんー!」
不満を口にしたかったが、口の中に放り込まれた碧銀核のうまそうな匂いが、あっという間にロロカの心をいっぱいにした。肉の臭みと旨味を煮詰めたような香りに唾液が溢れ、舌で転がそうと思っていたのに、すぐにかみ砕いてしまった。
奥歯で碧銀核を細かく砕き、すり潰し、飲み込む。
反応はすぐに現れた。
「グルァァァァァァァァァァァァァァッ!」
咆哮が闇をつんざく。
直後、ロロカを捕らえていたクラスターが内側からはじけ飛んだ。
雪のように白い肌を薄桃色の短い体毛がびっしりと覆い、顔には黒い隈取りが浮かぶ。
大きな爪を生やした手が、クラスターの窪みの縁にかかる。その手を外側からアズレイが引っ張り、ロロカの体を空中へ放り投げた。
反射的に猫のように空中で姿勢を整えながら、ロロカは叫ぶ。
「はあー⁉」
アズレイも空中へ飛んだ。
両手足を体にぴったりとつけて空気抵抗を減らし、落下するロロカに追いつく。
その背中に貼り付き、両足を乗せた。
まるでロロカの体で波乗りでもするかのようだ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁっ⁉ アズレイさぁぁぁぁっ⁉」
ロロカの怒声とともに、二人は落ちていく。
八十メートル下の橄欖石の床へ、真っ逆さまだ。
言いたいことは山ほどあったが、怒りとは裏腹にロロカの体は無意識に動く。
猫さながらに両手両足を広げ、しなやかな全身の筋肉を総動員して着地した。
爆音のような着地音が轟く。
両手両足が、橄欖石の床に突き刺さる。
アズレイは着地の瞬間にロロカの背を転がり降り、空中で数回転すると、ふわりと床に着地した。
「ロロカ、お前を連れてきて正解だった」




