第十四話 夏休み中の宿題は計画的に
昼休み。
あの後もう一度だけアクアンに念を押してから教室に帰った俺は、中のアクアンを見られぬように教科書類をリュックから机に移動させるという重大ミッションをなんとか乗り越え、事なきをえることができた。
授業はじめじゃなけりゃ、教科書はいつもロッカーに置き勉状態だから、この作業もなくてよかったんだがな……!これに関しては時期が悪かったとしか言えない。
アクアンは、授業中に特に目立った行動はしなかった。新や恵助、後ろの席の子にも何か怪しまれることもなく、午前中はいたって平和に終えられたと思う。
そして、今。昼休み。第二の試練が俺を待ち受けていた。
そう――お弁当を、リュックから取り出さなくてはならないのだ。
「ふぅ……」
俺は周りには聞こえないよう、一度こっそりと息を吐いた。
大丈夫、大丈夫だ。横のとこだけ少し開けて、手を突っ込めばすぐ取れる。リュックを全開にさえしなければいい。
ちらっと周囲の様子をうかがう。後の席の子はもう移動してしまっているし、左右も大丈夫。新と恵助も、まだこっちを見ていない。
よし今だ!
俺は机の横にかけてあるリュックのファスナーを少しだけ開け、手を突っ込んだ。
指先に当たる、ぷにっとした感覚。違うこれはアクアンだ。俺が取りたい弁当箱ではない。
がさごそと、腕をさらに動かしてみる。けれど、手に当たるのはぷにぷにとしたアクアンの体のみ。奥に手を伸ばしても、手前を漁ってみても、ぷにぷににしか手が当たらない。
くっそ!アクアン邪魔!
俺は何度探ってもアクアンにしか当たらないイライラに耐えきれず、ファスナーをもう少しだけ開けて、リュックの中を覗くことにした。
「……」
「…………」
いざ覗くと、アクアンとバッチリ目が合った。というか、アクアンがめっちゃこっちを見てくる。何だ、何かを訴えているのか。なんだその目。
よく分からず何秒か見つめ合ってしまったが、こんなことをしている場合ではない。
俺はアクアンの視線を無視し、アクアンが踏み台にしていた弁当箱を手に取った。そしてそのまま無言で引く。しかしアクアンが乗っていて取れない。
「……」
どけという視線を送る。俺は弁当が取りたい。頼むからちょっと浮いてくれ。
「……」
対するアクアンは、俺の視線を察したのかどうなのか、「まったく、しょうがないな」とでも言いたげな、そろそろ見慣れてきた顔をした。今する顔じゃねぇだろそれ!いいからどけ!早く!見つかるから!
俺はさらに急かすような視線を送る。早くしてくれ頼む!
しかし俺のテレパシーは微妙に伝わらなかったらしく、アクアンは無駄に溜息をついたり手をヒラヒラさせたりする。そういう無駄な動作いいからはよしろ!
俺の視線を他所に、無駄なアクションを繰り返して数秒。アクアンは、ようやく気がすんだのか、やっと、とってもゆっくりと、弁当箱の上からちょっと浮いた。
こんなに時間かけなくてもよかったろーが!ちょっと浮くだけだろ!と、ムカついてしかたなかったが、これ以上弁当箱を取るために時間を使う訳にはいかない。
俺は動きそうになる顔を必死に押さえながら、弁当箱を手に取った。そのままリュックから引き出し、机の上に移動させようとした。
――その時だった。
「ねぇ、一ノ瀬君」
いきなり誰かに話しかけられた。
「ふおぉ!?」
俺は慌てて弁当箱から手を離し、中を見られないように思いっきりリュックの口を抑えつける。
くっそ!驚いて変な声を出しちまった!怪しまれたりしないかこれ!?
おそるおそる顔を上げ、声がした前方に視線をやる。そこには、クラスでも一番の可愛さ(と男子達から言われている)を持つ女子――小藤さんがいた。
「ふふ、驚きすぎ」
小藤さんは、俺の上げた変な声に対して優しく笑う。
あ、あー。流石、男子連中から可愛いと言われるだけあって、笑った顔はやばい。
小藤さんは、男子の中でよくある、「クラスの誰が可愛いか」という話し合いにて、いつも名前が挙がる上位ランカーなのだ。
でも正直、俺からすればリュックの中身を悟られないかが心配でやばい。とてもやばい。
「あ、いや、ははは、はははー」
なんかもうよく分からないが、とりあえず笑って誤魔化すことにした。
すごくアレなのは分かってる。めっちゃわざとっぽい。俺演技下手!
しかし、どうやら小藤さんは気にしていないらしく、ゆるやかに笑っている。よし、なんとかなった。
「えっと、それで……ご用件は?」
「あぁ、あのね、さっき回収した数学の宿題、一ノ瀬君は出してないみたいだったから、出し忘れてないかなって」
「え」
んんんんっ!!
こちらを伺う小藤さんの視線から、俺は思わず顔をそらした。
朝からやべーやべーと言っていた数学の宿題だったが、どれだけやべーと言ってもやっていない宿題はどうにもならず、結局出さないという結果に落ち着いたのである。別に今にはじまったことでもねーし。
数学は三時間目の授業で、宿題の回収は授業終わりの休み時間に日直が……って話だったけど、そっかー小藤さん日直だったかー!
「あ、いやーそのー……」
なんて答えようかと小藤さんに顔を向けてみたが、瞬時に目が泳ぐ。泳ぎまくる。
善意バリバリなのが心に痛い……!心配してもらってすいません!やってないだけです!
小藤さんはハッキリしない俺の態度にも、じーっとこちらを見ながら待っている。
俺はなんか、冷や汗が垂れてきた。
「りっちゃーん?そろそろ食堂行くよー?」
しかし、俺がどうしたもんかとあうあう言っていたら、小藤さんに声がかかった。
声がした方を見る。教室のドア近くで、彼女と一緒のグループである女子の一人が、手招きをしていた。
「ごめん、あーちゃん!今行くー!」
小藤さんは彼女の方へ振り返ったようで、少し大きめの返事が上がる。
そのまま行ってしまうのかと思いきや、「じゃあ、一ノ瀬くん」ともう一度声をかけられた。無意識に見続けていた小藤さんの友人から視線を戻すと、ふわりと笑った彼女が目に入る。
「今からでも、先生に直接言えば間に合うと思うから」
「お、おう」
手を振った小藤さんに釣られ右手を振りながら、俺は彼女が教室を出て行くのを見送った。
宿題の真相は結局告げなかったことに安堵しつつ、嘘をついたような若干の罪悪感が生じる。でもあれだ、宿題という学生にとっての大きな壁のせいで忘れかけていたが、アクアンのことは悟られなかったからな。いいんじゃないかな、うん。
俺は適当に結論づけて、リュックの中を覗きながら、再度弁当箱を手に取った。アクアンのもの言いたげな視線は完全に無視する。もうかまう気力がない。
中身のハンバーグの心配をしつつ、哀れなことに教卓の真ん前である新の席へと移動する。六月の席替え以降、お昼はいつもこの位置で、新と恵助と食べている。
既に座っていた二人のもとへ行くと、何故か二人とも、ニヤニヤとこちらを見ていた。
「……なんだよ?」
「いや、なぁ?」
「ねぇ?」
「だからなんだよ!」
視線が気になって聞いてみるが、二人はお互いを見合ってまたニヤニヤと笑うばかり。
なんだよ気になるだろ!教えろ!
不満だという顔をすると、察した新が「いやー」と口を開いた。
「あれだなって、クラス一のマドンナさんに大分気にかけられてるじゃないですかーって」
口元を未だにニヤニヤさせながら、新は楽しそうに目を細めた。
恵助も、うんうんと頷いている。
「なっ!?た、大したアレじゃねーだろ、ただ宿題忘れたやつに声かけてくれたってだけで!」
不意を突かれた俺は、動揺しながらも即座に否定する。
今まで何も気にしてなかった(むしろアクアンと宿題が気になってしかたなかった)が、人に言われると急に恥ずかしくなってきた。
やめろ!絶対他意はねーんだから、そういう顔すんな!
「でもさー、日直ってだけで普通わざわざ話しかけるかー?」
「いや、それは小藤さんが優しいからだろ!変なこと言うなアホ新!」
「えー、でも」
「恵助も話続けなくていいから!」
ニヤニヤ顔がそろそろムカついてきた新と、ニヤニヤからニコニコにシフトチェンジしはじめた恵助に頭を抱えたくなる。
絶対に!向こうに!他意は!ねーから!やめろ!
我慢できなくなった俺は、「それにしても、小藤さんも何で治彦なんか」などとぬかしおった新にヘッドロックをかますことにした。つーか普通に失礼だなお前!




