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Unlock  作者: 蝶ノ助
第二章 飲水思源《いんすいしげん》
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第九話 醤油と卵は炒めりゃ大体おいしい

 午前十一時、台所に響くジュワーッという音。ご飯をフライパンで焦げないように炒めながら、冷蔵庫にて一晩ほっぽかされくっついてしまった白米達をパラパラにしていく。ふわふわに解かれた卵がお米と混ざり合い、辺りにはバターの焼けるいい香りが漂っている。

 うん、上出来上出来。

 最後に仕上げとばかりに醤油を垂らす。フライパンの円に沿って半周とちょっと。ちゃーっと垂らす。

 途端にフライパンから美味しそうな音が鳴り出した。バターと醤油の香りがふんわりと混ざって、熱気と一緒に立ち込める。食欲をそそるこうばしい香りに、思わず腹の虫が鳴った。

 醤油が全体に行き渡るようにご飯を炒め、塩コショウで味付けしたら――


「ほい、完成っと!」


 卵炒飯(わりと適当)の出来上がり。


(らん)ー、飯できたぞー」


 フライパンから器に炒飯を移しながら、俺は未だリビングに来ない妹を呼んだ。開けっ放しの扉から、二階の自室ににいるであろう妹――蘭に向かって大きな声を出す。

 本日は土曜日。別に私立とかでもなく、普通の公立高校に通う俺は学校が休み。同じく公立高校通いの妹も休みなのだが、午後からバレー部の練習があるらしい。だからこうして、俺が少し早い昼飯を作っているのだ。(ちなみに父さんは買い物に行っているため留守。)

 それにしても家出るのあと十分後とかじゃなかったかな?おい大丈夫か?


「らーんー?」


「今行くー!」


 もう一度声をかけると、蘭の声と共に、思いっきり閉まるドアの音がした。続いて、バタバタという足音。階段を勢いよく降りて、蘭がリビングに入ってきた。

 後ろで二つに結われた髪が、動きに合わせてふわっと揺れる。


「時間大丈夫なのか?」


「やばい」


 慌てて席につく蘭に炒飯とスプーンを差し出す。蘭はそれを受け取り、「いただきます」と手を合わせて食べはじめた。


「あ、水筒こっち置いとくな」


「ん……ありあと」


「牛乳これな」


「んー」


 もぐもぐもぐもぐ。勢いよく炒飯を食べ進める蘭を横目に、俺は用意したものを置いていく。蘭からは口に炒飯を含みながらの、わりと適当な返事がきた。


「ウインナー焼こうと思ってたけど、いるか?」


「えー時間ないからいいや」


「腹へっても知らねーぞー」


 ちょっとばかし茶化しつつ、なんだかんだ炒飯けっこう量あるし大丈夫かなと思う。別にウインナーも、賞味期限近いわけじゃねーしな。


「…………」


 ……それにしても美味しそうに食べてくれるなぁ。

 俺はもぐもぐと一生懸命に炒飯を食べる蘭の顔をじっと見た。スプーンに乗せた、醤油の色がつやつやと光るご飯を、幸せそうに頬張っている。こういう風に食べてくれると、作った身としてはとても嬉しい。

 俺の視線に気づいたのか、蘭は「ん?」と顔を上げ、首をかしげた。


「なーに、はるにぃ?」


 ウインナーはいらないけど……と先程の話を蒸し返す蘭に、自然と口角が上がる。


「いやー?幸せそうにご飯を食べる蘭は見ていて気持ちがいいなぁと」


「んー若干キモイかな」


「ひでぇな」


 笑いながら言うと、蘭もつられてふふっと笑った。頬っぺが炒飯で膨らんでいるのが、なんだか余計に愛らしく見える。

 うん、うちの妹は今日も可愛い。


「あ、やば」


 少しのんびりとした時間が流れていたところで、蘭は我に返ったように時計を見た。

 つられて俺も時計を見ると、もう出かける時間に差し掛かろうとしている。

 蘭は慌てて残りのご飯を掻き込み、皿をテーブルの上に置いた。カランと、空の器の中でスプーンが音を鳴らす。


「ご馳走さま!ごめん、お皿このままにしてく!」


「はいよー」


 蘭はそのままガタンと音をたて椅子から立ち上がり、玄関に向かって行った。よしよし、ちゃんと水筒は持ったな。

 俺は蘭を見送るべく、蘭の後ろをゆっくりと追う。


「いってきます!」


 茶色のローファーに足を突っ込み、エナメルを肩に引っかけるという完全に慌てた格好で、蘭は玄関の扉を開けた。カラン、と水筒に入れた氷のぶつかる音が、ピンクのエナメルから鳴る。


「いってらっしゃい」


 慌てながらも、顔だけはしっかりこちらに向けた蘭を、俺はにこやかに送り出した。

 バタンと勢いよく閉まる扉の音。わりといつも通りである慌ただしい昼に、あーめっちゃ平和……なんてぼんやり思う。

 …………俺も炒飯食うか。

 なんだかいつもの土曜日を平和と感じてしまったことに微妙な気持ちになった。俺はそんな気持ちを頭の隅に追いやって、リビングに向かおうと体を反転させる。すると――


「おい、妹は行ったか」


 目の前にぬいぐるみが現れた。


「おおう!!?」


 驚いて変な声を上げてしまう。

 いや、というか急に出てきたら誰でもビックリするだろーが!?いつからいた!?


「オーバーすぎるぞ、キミ。そろそろ慣れたらどうなんだ?」


 俺が驚いたのを見て、ぬいぐるみ――もといアクアンはふっと鼻で笑った。その顔に浮かべる表情は完全にこっちを馬鹿にしているものだ。死ぬほどパーツが単純な顔のくせに。

 だーもう、むっかつくな!


「うるせぇな!いきなり出てくる方が悪いんじゃねーか!」


「バカかキミ。いや、バカだったな。家族のいる前で出て行くわけにはいかないだろう?」


「んぐ……!」


「それよりもボクのご飯はまだか?そろそろお昼だろう?」


「あーくっそぉ!」


 このぬいぐるみアクアンは、二日前に出会ったあの日から、なんでか家に居座っている。

 なんでも「これからはキミと行動を共にするんだ。それなら拠点は同じ方がいいだろう?それともなんだ、あの悪魔に追われているボクを、キミは放り出そうというのか?このひ弱なボクを?キミはそんなに人でなしなのか?」とのことだ。死ぬほどムカついたしぶん投げてやろうと思ったが、後半の内容的に飲み込むしかなかった。自分で言うのもあれだけど、俺けっこういいやつだと思う。

 そしてアクアンはそのまま俺の部屋に住み着き、飯を要求してくる。化身のご飯が日本の一般家庭の飯でいいのかよと思ったが、わりとうまそうに食っていた。……ちょっと嬉しかったのは秘密だ。

 アクアンは基本的に俺の部屋から出て来ず、家族の前に姿を見せることもない。ただ、家に俺以外の人がいないと、さっきみたいに目の前に出てくるのだ。しかも急に。もう、なんにもない場所から浮き出てくるように。正直毎回ビビるからやめてほしい。


「あいよ」


 残念ながらサイズの合う椅子が家にないため机に座るアクアンの前に、少し小さめの器に盛った炒飯を置いた。

 アクアンは醤油とバターの香りに一瞬輝いた瞳を見せる。小さめの(というか子供用の)スプーンを差し出すと、アクアンはいただきますも無しに食べ始めた。どうやら天界には『いただきます』や『ごちそうさま』の習慣はないらしい。

 もぐもぐと一生懸命小さい口で食べるアクアンの様子を見ながら、俺もアクアンの向かい側に座り、「いただきます」と手を合わせてから食べ始めた。

 大きいスプーンで一掬い。それを口に運んでパクリといただく。少し塩気のある卵の味と醤油の風味、鼻にぬける焼けたバターの匂い、そして、いい感じにきいたコショウを感じて、よしよし上出来と気分が良くなった。


「味どうだ、アクアン?」


 さっきから無言で食べ続けているアクアンに声をかけると、アクアンは「うん」と口をもごもごさせた。まだ口に入っていたであろう炒飯を飲み込んで一言。


「まあまあだな」


 ……そのわりに一生懸命食ってるけどな。

 それを言うとまた五月蝿そうなので、このツッコミは炒飯と一緒に飲み込むこととした。


「で、そーいやさ、他の化身とは連絡ついたのかよ?」


 二日前、俺の部屋に腰を落ち着けると、アクアンは「他の化身と連絡をとる」と言った。

 どうやら他にあと五匹(体?)いる化身とは通信ができるらしい。なんで通信できるかは知らねーけど……なんだろ、テレパシー的なあれかな。まぁとりあえず他の化身と連絡を取って、無事やらこの先どうするだとかやらを確認したいとのこと。

 俺の問いに、アクアンは「いや……」と渋い声を出した。


「あれから一定の時間毎に試みてはいるんだが、未だに繋がらない」


「そうか……」


「逃走中のためこちらに意識を割けないのか、何らかの事情があるのか……もう、悪魔に捕まったか」


 トーンを落として告げるアクアンに、背筋がひやっとした。


「で、でも、まだ分からないんだろ?」


「あぁ、あくまで可能性の話だ。今はそれよりも、ボク達の話をしないとな。鍵をキミが持っていることは悪魔側も分かっているはずだ。いつ狙われてもおかしくない」


「あぁ……」


 この前のミントグリーン野郎とのあれこれを思い出す。あの時は勢いでどうにか感あったけど、もう一回となると普通に嫌だ。多分俺死んじゃう。


「あ、でもあれだろ?悪魔は檻の中にある力は使えないんだろ?なら俺の方が有利なんじゃ……」


 アクアンは確か、『現世に住むものは六つの檻を持っている』って言った。それなら、悪魔は檻がねーってことだろ?


「バカかキミ」


 俺の言葉を、アクアンはピシャリと両断した。


「悪魔も檻を持っているぞ。人間と違い一つだけだが」


「え、あんの!?」


「あるぞ。悪魔だけでなく、ボクら天界に住むものも……まぁ、それも鍵がなければ意味がないからな、今は無視していい。それよりも、だ」


 アクアンはそこで炒飯を口に運び、もぐもぐごきゅんと飲み込んだ。


「確かに檻の力は使えないだろうが、やつらは魔法を使うんだぞ?」


「………………は?」


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