第八話 カルロフォレスト
シルクがマミたちと接触した翌日。
すでに陽が高く昇っているというのにシルクとミルの姿はカルロフォレストの中心街にあった。
ここまで寝るのと食事以外ほとんど休憩なしで来たのだし、食料なども徐々に底をつきつつあるからだ。
当初、大量に見えた荷物であるが、その中身は大方野宿のためのテントなどであり、食料に関してはこの町で補給しなければシャラにたどり着く前に底をつきそうなのだ。
もっとも、荷物自体はシルクが用意したわけではないのでこういった前提で準備されていたのだろう。
シルクはミルを連れて食料品店を中心に町の中を周る。
昨日感じたのと同様。誰かに見られている視線を感じ続けているのだが、それはあえて無視する。
ついてくるなと言ったところで彼女たちが追跡をやめるとは思えないからだ。
おそらくいえば言うほど、彼女たちはよりわかりにくいやり方を追求してこちらから認識することが難しくなるだろう。それを裏付けるように昨日に比べて距離が遠いように感じる。
彼女たちの追跡が複雑化するといざというときに厄介なのでこのあたりで気づかないふりをしておくのがベストだろう。もっとも、彼女たちになにか頼むような事態は極力避けたいところではあるのだが……
まぁもしもの時の保険はとっておいて損はない。
ただそれだけのことだ。
「ミル。何かいいのは見つかったか?」
シルクは怪しまれないようにと前を歩くミルに声をかける。
ミルは少し空を仰いで唸り声をあげた後に首をこちらに向けた。
「そうですね。食料品の調達には困らないかと。それ以外は特に必要ないのでそれだけで十分かと」
「いや、そういうことじゃなくてさ。必要最低限のモノ以外で何か欲しいものがあるかって聞いているんだよ」
「それはありません。それを選ぶ時間があるのなら目的地に無事に着けるように思考を巡らせるべきです」
「そう固いこと言うなよ。せっかくここまで来たんだ。土産の一つや二つ買うべきだろう。まぁ帰りにも通るからそれでもいいかもしれないけどな」
シルクの提案にミルは小さくため息をついた。
彼女の態度からして断るのかと思ったのだが、彼女はそのまま無言で装飾品の店に入っていく。
どうやら、あんなことを言っておきながら彼女自身は乗り気らしい。
シルクはそんな彼女の背中を見て、小さくため息をつく。
「ミル! 待って!」
「早く来てください。時間の無駄です」
シルクが止めるのにも耳を傾ける様子もなく、彼女は店内の人ごみの向こうに消えて行く。
その人ごみをかき分けるようにして店の一番奥へと入っていくと、ミルは店内の一番奥で商品を見上げていた。
「ミル」
「あぁシルク様」
話しかけると、彼女はこちらを振り向いた。
彼女の背後を見ると、そこにはたくさんのペンが並べられている。
「ん? ペンに興味があるのか?」
「はい。あの上の方にある半透明のペン……あれってどうやって作られているんでしょうか?」
「半透明のペン?」
シルクは彼女が指を指すのに合わせて上を向く。
そこには、ガラスで造られたペンが置いてあった。
それを見てシルクは彼女の疑問の意味を納得した。
「あぁこれか……これはガラスペンっていうんだ」
言いながらシルクはそれを手に取る。
「このペンは普通には作れない。特殊な魔法が必要なんだよ。並大抵の技術じゃないからな。エルフ以外が作ることはあまり見たことがない。亜人追放令が出ている今では貴重となっている道具の一つだ」
「魔法で造られたペンですか?」
「そうだ。ガラス自体は大した魔法を使わなくてもいいかもしれないが、ガラスペンとなるとその精密さから高度な魔法が必要になる。まぁそういうわけだ」
シルクの言葉にミルは感心したように何度かうなづいた。
それを見たシルクは彼女の頭を何度かなでた後にガラスペンを棚に戻す。
「どれか一つ買ってやろうか?」
そうするのと同時にミルに尋ねてみると、彼女は驚いた様子で目を丸くした。
「いいんですか?」
「別にいいよ。これくらい。それに私もちょっと気に入った。まぁゆっくりと選びなよ。値段は気にしなくてもいいから……それじゃ、私は少し店を出るからね。帰ってくるまでここで待っていてくれればいいから」
シルクはそう言いながら棚の前から離れる。
「ありがとうございます!」
ミルの言葉を背中で聞き流し、自分はどこに行こうかと考えながら店を出る。
カルロフォレストは自然にあるものを使った装飾品が多数あると宿屋の主人が言っていたから、そういう店を周ってみるのもいいかもしれない。
シルクは自らの頭の中でどこの店へ行くかと考えながらカルロフォレストの街の中へと消えて行った。
*
木の上に造られた町であるカルロフォレストは中心の町だと呼ばれる割には規模は小さい方だ。
その特殊な建築方法から仕方のないことではあるのだろうが、何より一番の原因は産業が余りなく、領外からの人の流れがすべて通過して他へ流れてしまうということがおおきいだろう。
かつてある未開の地を開拓した時にこれと似たような現象が起きたのだという。
周辺状況もまったくもって似通ったものでもともと開発されていた場所から一番近かった領土が一番発達し、二番目に交通の要所となった場所、そして単なる通過点となってしまった場所という順番で発展していき、今もそれは維持されている。
これを旧妖精国内に当てはめてみると、最初に挙げたのがシャルロ領、二番目に挙げたのがシャラ領、最後に挙げたのがここカルロ領やメロ州といったその他の領や州といったところだろう。
もっとも、旧妖精国内に限定していえば、シャルロ領とシャラ領の場合、領主本人または近しい人物が十六翼議会なる組織に所属しているのでそこに何か関連がありそうだという点を考えると、何かありそうに見えてしまうのだが、さすがに人の流れは制御しきれないだろうし、普通に考えて発展しそうな場所なので不自然ではないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、シルクの視線に一軒の装飾品店が入ってきた。
周りと同様にツリーハウスであるその店の表には多数の木の実で作られたネックレスなどが置いてあるのだが、その中のある商品が目に留まったのだ。
シルクは店先にあるネックレスのうち一つを手に取った。
丸く切り取られた木板に模様が書かれているのだが、そこに書かれている花がエルフが魔法を使い際に描く花雪と呼ばれる魔法陣にそっくりなのだ。
それが一つであれば偶然と片付けてもいいのかもしれないが、そんなことはなくほとんどの商品にそれが描かれているところを見ると、意図的に書かれたと見ざるを得ない。
シルクがそこで商品を見ていると、中から店主らしき人物が出てくる。
顔まで覆い隠すようなローブのせいで口元しか見えないが、それのせいでシルクは自分の中にある疑いがある種確信のようなモノへと変わっていく。
「……商品が気になるようでしたら中でお話ししましょう?」
ソプラノの透き通った女性の声でローブの人物はシルクに語りかけた。