第九話 住宅街にて
カロルフォレストの中でも比較的中心部から外れた場所にある住宅街。
そこは中心にある商店街ほどではないにしろそれなりに活気にあふれていた。
何か用事があるというわけではなかったのだが、シルクは路地裏の道を一人歩いていた。
どうせなら商店が並んでいる場所で買い物を楽しみたかったのだが、途中で妙な店主につかまってネックレスを買わされそうになったのでその気がうせてしまったのだ。
ただし、今のシルクの恰好は全身を黒いローブで覆っているという見るからに怪しいモノである。それもあってか、路地裏を歩く人々はシルクの姿を認めるなり、左右によけて道を開ける。
そういったことにはすっかり慣れっこなのでシルクは特に気に留める様子もなく住宅街の奥へと進んでいった。
見る限り、この町での暮らしぶりは比較的いいようだ。
さすがに初代領主ということもあって、統一国側もそれなりの人材を用意したということなのだろう。
その結果、元からの貴族がここの領主のみになってしまったのなら笑い話にすらならないが……
そんなことを考えながら歩いていると、誰かがシルクの肩をトントンとたたいた。
「はい。なんでしょうか?」
シルクが振り返ると、そこには警備兵と思われる男が二人立っていた。
その様子を見る限り、街中を歩く見るからに怪しい不審者に声をかけたとかそんなところだろう。
彼らは互いに何かしらのアイコンタクトを送ってから口を開く。
「呼び止めて申し訳ございません。住民より不審な者がいるという通報を受けまして……そのローブを取ったうえで身分を証明できるようなモノを出していただけるとありがたいのですが」
「身分証だけではだめですか?」
身分証に関してはちゃんとしたモノが用意されているからいいのだが、すっかりと油断して魔法を使っていなかったため、今ローブを取ればエルフ特有の耳があらわになってしまう。
とりあえず、警備兵に気づかれないように花雪と呼ばれる花びらのような形をした魔法陣が書かれている紙を取り出して魔法を発動させたが、ちゃんと効くまで少し時間がある。
シルクは身分証を探すふりをしながらその時間をどうごまかすか必死に考えていた。
「どうした? 早く出さないか」
「あぁ申し訳ありません。お恥ずかしながらカバンの中がちゃんと整理できていなくて……どこに行ったのかしら?」
そんな風にごまかしながらシルクはカバンの中を探る動作をする。
しかし、それもそろそろ限界だろう。
次の施策はどうしようかと考え始めたその時、警備兵の向こうからがっしりとした雰囲気の男性が手を振りながら歩いてきた。
「これはこれはシルクさんじゃありませんか」
少なくとも知り合いではない。
そう考えたシルクは警戒を強めるが、ここで下手に騒ぎを起こすようなことがあれば、事態は悪い方向へと傾いてしまうだろう。
ここは彼の知り合いのふりをするべきか、それとも知り合いではないと否定すべきだろうか……
そういった形で情報を整理しだしたのだが、それが完了する間もなく問題は解決してしまった。
「失礼いたしました。ダート様の知り合いとは知らずに……私共はこれにて失礼いたします」
男性の顔を見た警備兵たちが身分証の提示云々を言うのをやめてすぐに立ち去ってしまったのだ。
その状況と警備兵が彼を“ダート様”と呼んでいたことから彼の正体はなんとなく察しがついていた。
「……カルロ領主のダート・カルロッテですよね? どうして、私を?」
「んーまぁ貴方個人と面識がないのは認めますけれどね。そうじゃないと何かと困るので」
言いながら、彼は黄金の片翼の翼が刺しゅうされている上着を取り出した。
「十六翼評議会か……」
「そうだ。ミルのことがあるから助けただけだ。あまり、あの子から目を離さないでくれ」
ダートは自分が言いたいことだけ言うと、これ以上用はないといわんばかりに踵を返して立ち去っていく。
「待ってください。あなたたちは……十六翼評議会の目的はなんなんですか?」
シルクの言葉にダートは立ち止まった。
そして、彼は振り返ることもなく答える。
「我々十六翼議会はこの世界の全人類の発展に寄与する。ただ、それだけだ」
「亜人追放令も含めてですか?」
「……そうだ」
短く答えた彼は、今度こそ足早にその場から立ち去っていく。
シルクはその背中が見えなくなるまでその場に立っていたが、それが見えなくなると彼女もまたその場所を背にミルがいるであろう商店街の方へと歩き始める。
そういている彼女の頭の中ではある可能性が浮上していた。
旧妖精国を解体して誕生した十六の領と州。そして、新たに就任した十六人の領主……そのうち三人が十六翼評議会の議員、またはその関係者だった。そう考えると、残りの十三人も何かしらの形で十六翼議会と関わっている可能性が高い。
そう考えると、メロ州へついてからもこのようなことがあるかもしれない。
どこか上の空と言った様子のシルクは住宅街から商店街の方向へと消えて行った。
*
カロルフォレストの住宅街の一番端にある空家。
そこにダート・カルロッテとマミ・シャルロッテ、オリーブ・シャララッテの姿があった。
そこに一人の少女が入ってくる。
「……遅い」
その少女の姿を認めるなり、ダートが口を開く。
しかし、少女は悪びれる様子もなく笑顔を浮かべたまま壁際に座った。
「いやーわるかった。少々わっちが乗っておった馬車の調子が悪くてのう。すこし遅れてしまった」
「なーにが馬車の不調だ。どうせ、寄り道してたんだろ」
「だまりんす! 馬車が不調だったといっておろうが! ぬしはわっちの言葉を信じられぬのか!」
「これまでまともに真実を言ったことがあるのか?」
「何を言うか!」
「こらこら、私たち喧嘩するために集まったわけじゃないでしょう?」
険悪な雰囲気になり始めていたダートと少女の間にマミが割って入る。
二人は互いに何か言いたそうな表情を浮かべていたが、マミの言葉に従って素直に口をとざす。
それを確認したマミは安心したように小さくため息を漏らし、一枚の紙を中心に置く。
「なんじゃそれは?」
「お前な。手紙を読んでいないのか?」
「何を言う。ちゃんとこの場所に集合という内容は理解しているぞ」
「それ以外の部分だよ」
「何を言い出すのじゃ!」
「まぁまぁ二人とも……」
再び喧嘩になりそうな雰囲気にマミの制止が入る。
それを見て、オリーブは一人不安になっていたのだが、そのようなことお構いなしだといわんばかりにマミは強引に話を再開した。
「まぁそれで、これが例の計画が書いてある紙なんだけど……」
「おーこれはなかなか上質の紙ではないか!」
「お前は人の話を聞け!」
その後もこのような騒がしい状態が続き、結果的にマミがこの話題について話すことができたのは約一時間後になるのだが、この場で騒ぐ彼女たちはその事実をまだ知る由もない。




