幕間 オリーブとマミ
「さて、これで無事にミッション達成。といったところですかねー」
薄暗い地下迷宮の中。
こちらを振り向かずに去っていくシルクの姿を見て、オリーブは独り言ちる。
「……あら、どんなミッションが達成されたのかしら?」
そんな彼女の背後から聞こえてくるのはこの地下迷宮の本来の主にして、十六翼評議会の絶対的な権力の声だ。
「おやおやぁマミさんですかーこれはどうもー」
のんびりとあいさつをしつつも、オリーブは内心焦っていた。
なぜ、彼女がこのような場所にいるのだろうか? なぜ、彼女は不敵な笑みを浮かべて立っているのだろうか? なぜ、なぜ、なぜ……
いくつものなぜがオリーブの頭の中に浮かんでは消えを繰り返すと同時に、一歩一歩と彼女を後ろへと後退させる。
これはまずい。あまりよろしい状況ではない。
「さて、地下迷宮への一般人の侵入。これぐらいなら排除するだけの話ですけれど、あなたが招いたうえで箕形下となれば話は違います。一体どういうつもりでしょうか?」
オリーブを壁まで追いつめて、目の前に立ったマミが問いただす。
「そっそれは……」
どうやって言い訳をしたものだろうか。オリーブとしては、彼女に危害が及ぶことがないようにと考えてこのような行動に出たつもりだったのだが、どうやら逆効果だったらしい。
どういうルート化はわからないが、何かしらの理由からマミにこの情報が洩れ、彼女は自らここに足を運んでいる。
「……彼女にミルのことをあきらめさせるために……」
「あきらめさせる? あれがどういう玉かはわからないけれど、あきらめずに追いかけるようなことがあったらどうするの? いい? 私たちが亜人にかかわっていることが知れたら、大変なことになるわよ」
「それは……」
今、この世界には十六翼評議会の名のもとに亜人追放令が発布され、統一国全土へと広がっている状況だ。
そんな中で十六翼評議会の議長にして、シャルロ領主マミ・シャルロッテのおひざ元ともいえる旧妖精国内で亜人と領主たちのかかわりがあったとなれば、それは大きな問題になって当然だ。下手をすれば、こちらの考えに賛同して、もしくは強制されて亜人追放令を発布している領州がそれを理由に手のひらを返してしまうことになる。そうなれば、非常にまずい事態だといえるだろう。
「まぁだからといってどうするというつもりはないけれどね。おそらく、人目を気にしてこの場所を選択したのでしょうし、何よりもあのエルフには適度に警告を与えるべきだった。そういった意味では合格よ」
「……ありがとうございます」
すっかりと何かしらの処分が下ると考えていたオリーブからすれば、マミの言葉は救いに近いようなもので、内心少しホッとする。
「……ただし」
しかし、それを否定するかのようにマミの声が響く。
「今回の件を完全に見逃すということはできません。何かしらの処分が下ると考えていてください。それでは失礼します」
残念ながら、何の処分もないということはないらしい。
マミの言い草からして、命にかかわるようなことはないだろうが、それでもこれから起こることに関して少なからず不安を感じてしまう。
「……はぁ帰りますか」
マミの背中を見送った後、オリーブは深くため息をついてから立ち去っていく。
周りにいた人々もそれに従って、彼女の背中を追うような形で地下迷宮の奥へと消えていった。
*
地下迷宮の入り口から少し離れた路地裏。
マミは鼻歌を歌いながらそこを離れていた。
裏路地というのはどこの世界でも共通して、あまり治安のいいところではないのだが、マミはそのようなことを気にする気配もなく、まるで観光地でも歩いているかのようにのんびりと歩いていた。
「さて、これからどうしましょうか」
鼻歌を歌うのをやめたマミは楽しそうにつぶやく。
そんな彼女の瞳には希望の色があふれていて、まるでこの先の楽しい未来を夢見る少女のような輝いた瞳で空を見上げる。
その姿は、周りから見れば希望に満ち溢れた少女のそれなのだが、現実的にはそうではない。
実際問題、彼女の心の中では様々な感情が入り乱れ、散乱し、どろどろとした野望を形成しているのだろう。
しかし、それを知るのは本人のみであり、道行く通行人やもっと言えば先ほどまで会話をしていた相手であるオリーブですら知る由もないだろう。
彼女は鼻歌に、軽快なステップまで加えて、町の喧騒の中へと消えていった。
*
シャラブールの町に一角。
本来の自宅とは別にある隠れ家的な一軒家の一室で、外を見ながらオリーブは深くため息をつく。
旧妖精国の編入後に作られたこの町はどこまでの整然としていて人工的だ。
そんな街の計画を一瞬で作り上げて、異常ともいえるようなペースでたくさんの街を作り、そこに人々を入植させたマミ・シャルロッテ。表向きにはこのあたりのことは帝国がやったことになっているのだが、実行したのはマミ・シャルロッテその人であるということは周知の事実である。
その人物は何を思って、ミルという少女のことを気にかけているのだろうか?
わからない。
なぜ、マミがミルを連れまわし、亜人に預け、また回収するのか。
何が目的なのだろうか?
オリーブは窓の外に広がる光景を見ながら施行を巡らせる。
しかし、その考えに答えが提示されることはない。
考えてみれば、マミの行動には謎が多い。
このシャラブールの街の地下に広がる謎の地下迷宮もそうだ。
彼女は何を思ってこの町の地下に広大な迷宮を築き上げたのだろうか? 彼女の性格からして、わざわざ意味のないものを作るとは思えないので、何かしらの意図はあるのだろうが、今のところオリーブにその答えが提示されたことはない。
よくよく考えてみれば、マミの行動は一見筋が通っているようで謎が多い。もっと言えば、議員全員の行動を監視しているのではないかと思えるほどにタイミングよくあらわれたりもする。行動を監視しているというのは言い過ぎかもしれないが、彼女が洞察力に優れていて、こちらの行動一つ一つを予想して先回りをしているというのが事実なのかもしれないが……
「……まぁ考えるのはやめましょうか」
そこまで思考をしたうえで、オリーブはそこまでの考えを放棄する。
これ以上は考えていても仕方がない。
マミの行動の答えが提示されるわけでもないし、マミの行動の謎が解明されるようなヒントが転がっているわけでもないからだ。
そういえば、謎といえばいつかのダートの行動も謎といえば謎だ。
どういうわけか、なんも予告もなくシャラハーフェンに姿を現した彼は、結局オリーブの前に姿を現すことなく帰ってしまい、事情の説明を一切受けれていない。
これに関しては、次の議会であった時にでもじっくりと追及した方がいいかもしれない。
「そう考えると、ちょっと楽しくなってきたわね」
ここにきて、ようやくオリーブは笑顔を浮かべる。
こういったことが楽しみだということは、自分も少々性格の悪い人間なのかもしれない。
オリーブはそこまで考えてから、窓の外から視線を外し立ち上がる。
そのまま彼女はゆっくりとした足取りで部屋から出ていった。
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