第二十二話 地下迷宮の入り口へ
シャラブール図書館で地下名空間の存在を知ってから約三日。
シルクは町中を歩き回ってその入り口を探していた。
図書館で見た地図に関しては、本自体を持ち出せるような状態になかったので手元のメモに必死に書き写し、入り口がありそうな箇所をしらみつぶしに捜索しているのだ。
しかし、結果は完全に空振りであり、事前に目星をつけていた場所もあと一ヶ所を残すのみである。
「これを外したら話は振出しに戻りそうだな……」
誰かが一緒にいるわけでもないのに思わずそんなことをつぶやいてしまう。
候補地を潰した時点である意味では話が進んでいるのかもしれないのだが、それを踏まえて改めて候補地を探すというのは大変労力が必要になる作業だ。
そんなことを考えている間にもシルクは最後の候補地の前に到達する。
その場所は住宅街の路地裏にある小さな小さな喫茶店の裏口……ということになっている場所で、周りにはいかにもそれらしいゴミ箱やら木箱やらがおかれている。
シルクがこの場所に目星をつけた理由としては、地図上には一応喫茶店の裏口として示されているものの、周辺住民からそこから店主が出入りしているところを見たことが似ないという話を聞いたからだ。
もちろん、その話を聞いた数人がたまたま見ていなかっただけかもしれないし、店主がなにかしらの理由からその裏口を使わないようにしているだけなのかもしれないが、地下迷宮の端にこの喫茶店が建っている以上は十分可能性がある。
「さて、行きますか」
もし、間違いだった場合は何かしらの理由からこの扉を締め切っている店主に怒られることになるのだろう。
そのようなこと事態はある程度なれてきているので、なんとなく謝罪の言葉まで考えておく。
そこまで踏まえて、シルクは扉を押し開ける。
すると、そこに現れたのは店の厨房……ではなく、下へと降りる階段だ。
「おっ」
これはあたりかもしれない。そんな期待と共にシルクは周りに人の気配がないことを確認してから、階段を降りていった。
*
階段を降りること約10分。
いつの間にか階段は平坦な廊下となり、ここまで降りてきた距離も考慮するといよいよここが件の地下迷宮ではないかと思えてきた。
シルクは平坦な道を慎重に進んでいく。
もし、ここが地下迷宮だとすれば、まさしく敵の根城の中であり、いつどこで敵が出てきてもおかしくはないからだ。
「……ほう。もうここまでたどり着いたか」
振り返ると、そこにはシルクに本を手渡した老人が立っていた。
「……まさかとは思っていたけれど、ただ者ではないわね」
「ふっふっふっーそうですねー」
老人の声が聞き覚えのあるものに変わる。
「……まさか」
「おやー今ごろ気づいたのですかー? まぁーまさしくそのまさかなのですけれどねー」
老人がパチンと指をならすと、その姿は麗しい少女の姿に変わっていく。
「……オリーブ・シャララッテ」
シルクは少女の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた少女はどこか意味ありげな意味を浮かべながら、シルクの方へと近寄っていく。
「ようこそー私の巣へーといってもーここの本当の使用目的はマミしか知らないのですけれどねー」
「それなのによく私の巣へとか言うな……」
あきれ多様な態度を見せながらも、シルクは内心焦っていた。
これはまずい。どう考えてもまずい。
地下迷宮にたどり着いたものの、いきなり何の対策もなしにラスボスと遭遇してしまったのだ。
彼女がこれからどういった行動に出るつもりかわからないが、こんなところで殺されでもしたら証拠すら残されずに失踪扱いにされてしまう可能性すらある。
「まぁまぁそんなに警戒しないでくださいよー私はーちょっとしたメッセージをー伝えに来ただけですからー」
「メッセージ?」
「そう。メッセージなのですよー」
ニコニコと笑っていた彼女はそこまで言って、笑顔を引っ込める。
「これ以上のかかわりを禁ず。マミからのメッセージだったりするのですよーそしてーこの迷宮にはーすでにーあなたの探し人はいないのですよーということも言っておきますねー」
「どういうことだ?」
「そのままの意味なのですよー」
この迷宮にミルはいない。彼女ははっきりとそう告げた。
しかし、その根拠はない。あるのはこの地下迷宮を自分の巣だと明言するオリーブの言葉だけだ。
「つまり、ここには何もないから帰れと? ここまで誘導しておいて?」
「えぇまぁそうなりますねー私はー彼女とのーミルとの関りを一切持たないでほしい。それを伝えに来ただけですからねー彼女にはーこれからいろいろな世界を見てもらってー一回り大きくなってもらうのですよーしかしーそれはーあなたの役割ではないのでー関係のない役者にはここで退場してもらおうかと思いましてー」
再びニコニコと笑みを浮かべながら、彼女はとんでもないことを口にする。
「退場って……」
「そのまんまの意味なのですよー今のうちに帰るかーそれとも抵抗するかでー退場の意味は大きく変わるのですよー」
今のオリーブは笑顔だ。しかし、気が付けば周りにいくつかの気配が発生していて、シルクに身の危険を感じさせる。
今のうちの退場というのは、シルクがすべてを忘れて元の生活に戻るということを意味する。その一方で抵抗してからの退場というのは、元の生活に戻れない、もしくはこの世からの退場を意味するということなのだろう。
「……ぐっ」
今の状況を考えれば圧倒的に不利だ。おそらく、ここで強行したところでミルに会うことはできないだろう。だとすれば、いったん手を引いて、じっくりと情報を集めてミルとの再会を望むべきではないだろか?
「……わかった。私は何も見なかった。そして、何事もなかったかのようにシャルロシティへ帰る。それでいいか?」
「えぇ物分かりがよくて助かりますのですよー」
シルクの回答にたいして、オリーブは満足げな表情を浮かべる。
「ただ、最後に一つだけ聞いてもいいか?」
「まぁこたえられるものならいいですよー」
「……ミルは元気にしているか?」
一つだけ気がかりだったこと。それはミルの安否だ。彼女たちの態度からして、ミルに危害を加えるようなことはしないだろうが、確認しておいて損はないだろう。
「……そうですねー元気にしていますよーこれに関してはー嘘偽りなく言えますねー」
「……そうか。ならいい」
その言葉を最後にシルクは踵を返して、階段へと向かう。
簡単に背中を見せてしまっては、彼女たちに襲われるのではないかという不安に駆られるが、現状から考えてそんなことはしないだろう。
確信はないのだが、襲われる可能性があったとしても振り向くのは得策ではないので、シルクはそのまままっすぐと前を見て歩いていく。
「それではー元気にしていてくださいねー」
のんきなオリーブの声が耳に届くころにはシルクは階段に到達していて、彼女はゆっくりとその階段を上り始める。
長い長い階段を上がり、地上に出ると、シルクは地下迷宮につながる扉をしっかりと閉めて大通りへと向かい、自分が泊っている宿屋へ向けて歩き始めた。




