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第十話 アジンとニンゲン

 カルロフォレストで食料等の補給を終えたシルクはミルを馬車に乗せて再びメロ州を目指して出発した。

 とりあえず、この町のあとはシャラ領に入るまで小さな宿場町が続くだけなので出発前の準備とチェックは入念に行った。


 ミルはカルロフォレストの店で買ってもらったガラスペンを大事そうに抱えている。


 透明できれいならせん状を描くそのペンには緑色のラインが入っていて、とても美しい。


 彼女にはいっていないが、かなり値が張るものだ。

 言わなかったからと言って彼女がむげに扱うとは思えないし、逆に値が張るなんて言ったら謙遜して使えないのではないかとすら思える。


 シルクは予定に遅れが出ないようにと考える一方でミルのことを考えていた。


 最初、無愛想でどこか不思議な雰囲気を持つ少女だと思っていた彼女は現在、少しずつではあるが表情豊かになってきている。

 彼女を拾ってきたカシミアは孤児院から引き取ったといっていたが、おそらく彼女の事情というのはそれだけではないのだろう。でなければ、わざわざ孤児院から人間を連れてくることなんてないだろうし、十六翼議会を名乗る連中が自分たちを監視しているというのもなんだか引っ掛かる。


 そこからミルはただの人間ではないという結論を導き出すのはあまりにも簡単だ。


 おそらく、これでもミルはただの人間ですと言い張れるのはその現実を直視したくないからとしか言いようがない。

 それほどまでにミルに事情があるというのは明らかなのだ。


 可能性があるとすれば、誰か重要人物の娘である可能性と彼女自身が十六翼議会で推進する何かしらの計画の要となっているかというあたりだろうか?

 そもそも、エルフ商会という存在もあまりにも怪しすぎる。


 これが設立されたのは亜人追放令がだされる少し前なのだが、まるで亜人追放令がだされるのがわかっていたかのように路地裏にひっそりと本部が建てられている。


 これだけでエルフ商会と十六翼議会が何かしらの形でつながっているのではないかと考えるのは安直かもしれないが、あぁ見えて意外とちゃっかりしているカシミアならばそれぐらいやりかねない。

 シルクの中にはこれまでの経験から導き出されるある種の確信のようなものがあった。


 そうなると、自分とミルを一緒にメロ州へ送るというのも彼女の何かしらの思惑のうちに入っているのだろう。

 いったい、どこまでがカシミアの思惑通りなのか理解できないが、一度考えだしてしまうとすべてが疑わしく思えてきてしまう。


 これは自分の悪い癖なのかもしれないが、物事を常に最悪の可能性を念頭に考えるようにしていけば、最悪の事態に巻き込まれないというのがシルクの考え方の一つである。

 それに基づいて考えれば、ここは下手に探りを入れないで彼女の思惑通りに動いている方がいいのではないかという結論が導き出される。


 まず、行動するためには情報が足りなさすぎる。動いてみて単なる思い過ごしだったとしてもそれはそれで損害というのは発生する。何よりも、動いてみたら自分の手に負えないような闇に引き込まれた場合だ。

 そうなれば、今後普通に生きていくことはできないだろう。


 シルクは大きく息を吐いて頭をかく。


 もう考えるのをやめよう。今まで一緒にいて、ミルに害はなかった。


 もうそれでいいのかもしれない。


 いくらシルクががんばったところで情報は手に入らない。そう考えたら、無力感にさいなまれてしまうので考えないようにしたいというのが本心なのかもしれない。


 シルクは今一度深くため息をつく。


「シルク様。どうかしましたか?」


 どうやらため息をつきすぎたらしい。


 ミルが心配したような様子で馬車から顔を出す。


「心配するな。大丈夫だ」

「そうですか。ならいいですが、なにか不安……特にこの先の旅路に心配があるのなら早くいってください。そういったものはちゃんと共有した方がいいと思うので」

「わかった」


 ミルと短い会話を済ませると、再びシルクは馬車を進めることに集中する。


 北大街道の中でも比較的道幅が狭いこの場所では馬車のすれ違い一つでも気を使わなければならない。


 ちゃんと集中しないといけないのだから、他事など考えている暇はない。


 シルクは自分にそう言い聞かせながら次の宿場町を目指した。




 *




 宿場町に到着すると、すぐに受付を済ませて食事をとりはじめる。

 向かう合うような形で座り食事をとっているミルは小さく息を吐いた。


「珍しいな。どうかしたのか?」

「……いえ、前々から気になっていたんですけれど、なんで亜人追放令なんてモノが発布されたのかなと……それまでの世界は亜人とニンゲンが共存にしていたのに……あのガラスペンもエルフが作ったものだし、私が昔接していた魔族もあまり悪い人だとは思えなかった……あなたと一緒にいて、カルロフォレストの町を歩いて、ガラスペンという存在を知ってそんなことを想ったんです……関係のない話をして申し訳ありません」


 ハッと気づいたようにミルが急いで頭を下げる。

 シルクは柔らかい笑みを浮かべながらその頭に手を置いた。


「そんなことは気にしなくてもいい。長い旅なんだ……仕事さえちゃんとやっていれば無駄話の一つや二つ問題ないさ。まぁそれよりもだ。どうして急にそんなことが気になったのか聞いてもいいか?」

「はい。なんといいますか……カルロフォレストを出てからシルク様の顔色がすぐれないので何かあったのかと思いまして……ガラスペンの事もありますし、人間と亜人のことについて考えていたのかと……」

「そうか……」


 彼女に指摘されて初めて気づいたのだが、自分でも気づかぬ間に顔色が悪くなっていたらしい。

 だからこそ、彼女は途中で心配して声をかけたのかもしれない。


 まったく、彼女に心配されるなんてなと考えながらシルクは自嘲的な笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。私はどこも悪くないし、カルロフォレストでも特に何もなかった。それに亜人追放令なんてくだらない悪法(ルール)はそのうち淘汰されていくさ」


 そう言いながらシルクは優しくミルの頭をなでる。


「ほら、せっかくの食事が冷めるといけないし、明日も早いから早く食べるぞ」

「はい」


 その後はチラホラと会話を交わしながらシルクとミルは食事をとる。


 こんな平和な日々が続くといいなとこの時、シルクは心の底からそう考えていた。

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