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あなたのとなり〜心の隣に誰かがいる短編集〜  作者: aduchi


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10/10

第10話 時が来るまで

短編集『あなたのとなり』

 「時が来るまで」

大切に想う二人が別れる話です。




「私たち、もう別れましょう。」


 私は珀斗にそう告げた。もう、彼と共に歩む理由がなくなっていた。


「紗奈、なんでそんなこというんだ。」


 珀斗が、透き通った目で私を見ながら問いかける。突然振り始めた雨が、窓の外を叩いていた。


「だって、もう一緒にいる意味ないじゃん。新しい彼もできそうだし。」


 嘘だった。新しい彼なんてできそうもない。ただ、彼と別れるための口実だった。優しい彼を私から引き剥がすための厳しい嘘。でも、言うしかなかった。


「仲良くしてたじゃん。俺の何がいけなかったの?もっと優しくすればよかったの?」


 珀斗は、それでも自分を責めて、私に優しさを押し付ける。


「その優しさが嫌だったの!少しでも私のこと考えてた!?自分が嫌われないためにやってたんじゃないの!?私を大切にするって約束を、その変な優しさで取り繕ってるようにしか見えなかったの!」


 私は制服の裾を掴みながらまくし立てる。珀斗と過ごした幸せな日々を、わざと否定していった。そうでもしなければ、私が壊れそうだった。


「そんな……俺はただ、紗奈に幸せになってほしくて……。」

 

 彼の声が震えている。私からの言葉が効いているのだろう。彼から出てくる言葉に、私は声を重ねた。


「だったら、なんで毎回先にいくのよ!なんで私だけあなたの後ろをついていかなくちゃいけないの!?私のこと、ちゃんと見ててよ!……一緒に歩いてよ……。」


 不意に涙がこぼれる。涙を落とさないように上げた先に、赤いスイートピーが雨に打たれながら泣いていた。


「ごめんな、紗奈。そんな風に思ってたなんて、知らなかった。」


 彼が私の頬に触れようとする。私は彼の手から逃げるように、後ろを向いた。


「だから、もう一緒に歩いていけないって思ったから、あなたと別れようと思ったの。」


 溢れてくる涙を拭おうとせず、私はさらに突き放すように言い放った。私の足元を、零れ落ちた雨粒が濡らしていく。


「そうだよな。いくら優しくしても、これじゃダメだよな。」


 彼は自分の身体を見ながら言った。彼も、やっと決心がついたようだった。それを背中に感じた私は、頬を伝う雫を拭い、想いを伝える。


「でも……これだけは言わせて。あなたのことは、多分一生忘れないと思う。それだけ大切な思い出だから。私にとって、かけがえのないもの。」


「紗奈。ありがとう。俺は、紗奈のとなりにいれて、本当に幸せだったよ。」


「うん。私も。だから珀斗……私たち、もう別れましょう?離れられなくなっちゃう。」


 珀斗を見るために振り向いた私の目からは、色を失った涙が溢れていた。彼はそれを拭おうともせず、私を優しく抱きしめてくれた。


「ごめんね紗奈。幸せになって。俺がいなくなっても。」


「当たり前じゃん。珀斗より、もっともっとカッコよくて優しい男と付き合ってやるから。」


 雨上がりの空を仰ぎ見るように、赤いスイートピーは涙でぬれていた。

 涙を手で拭うと、彼は目の前から消えていた。彼と過ごした大切な思い出だけを残して。

 それが、彼と私の最後の会話だった。


「さようなら。珀斗。」

 

 彼に別れを告げた私に、涙を溶かした夕日が、優しい彼のように照らしてくれていた。

短編集『あなたのとなり』は、1話完結型でした。

これで、『あなたのとなり』という言葉を大切にした短編は完結になります。

また、読んでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。

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