第1話 寺
短編集 『あなたのとなり』
「寺」
雨宿りをするため寺に入った私。そこにいた住職と私の優しい会話劇。
雨に打たれた袖口が、体温を静かに奪っていく。
私は境内に腰掛け、雨が止むのを待っていた。
地面を赤く照らしていた西日は、とうに山の向こうに落ち、漆黒の闇があたりを包みこんでいる。
どうにか体を温めようと、私は寺の中を覗き込む。踏み込む畳が湿気を帯びていて、柱には焦げたような黒ずんだ跡があった。人影を感じさせない冷たい空気が、私の頬を撫でていった。
「寒い。凍えてしまいそう。」
まだ9月だというのに、雨に濡れた体は言うことを聞かない。暖かさを求めて体が身震いする。
「どうかなさいましたか?」
突然後ろから男性の声がした。
私は急いで袂を整え、振り向いた。
「すみません、帰る途中で急な雨に降られたもので、雨宿りをさせていただいておりました。」
「そうですか。大丈夫ですよ。なにもない寺でございますが、ゆっくりしていってください。」
見た感じ、四十代くらいだろうか。住職と思われる男性はそう言うと、寺の奥へと消えていった。
「優しい住職さまで良かった。」
私は、降り続く雨を見ながら縁側で軽く伸びをした。スマホを取り出し、天気予報を見る。雨雲レーダーは朝方まで降り続く予報だった。
朝の天気予報では快晴だった。傘を持ってくるなんて考えもしなかった。
「お茶でもどうですか?」
先程の住職が、湯気が立ったお茶を運んできてくれた。
「いただいてもよろしいのですか?」
「もちろん、体冷えていますよね。」
となりに腰掛けた住職の優しさに感謝し、私はありがたくごちそうになった。
「あたたかくておいしい……。」
お茶の渋みと甘みが、冷えた身体に染み渡る。
「どうしてこのお寺に?」
住職が自分のお茶を飲みながら、訝しげに問う。
「私、営業でこの地域を担当しているのですが、周りが田んぼだらけじゃないですか。突然の雨で他の建物へ入ろうと思ったのですが、近くにここしかなくて。」
「言われてみればそうですね。」
「申し訳ないと思いながらも、体がここまで冷えるなんて思わなかったので、縁側で休ませていただけないかと。」
「そうですか。いや、なかなかこの寺に来る人もいないもので、人がいるのも驚きましたが、それは大変でしたね。」
住職は、参道の入口を懐かしむように言った。
私と住職との間に、境内の雨音が割って入る。
沈黙に耐えかねた私は、住職に尋ねた。
「このお寺って古いですよね。いつ頃から建っているんですか?」
「この寺ですか?1892年建立なので134年になりますね。まあ、ところどころ改築などはしておりますが。」
「134年ですか!そんなに古かったんですね。」
「しかし一度、戦争でこの寺も含めて周り一帯焼け野原になったんですよ。そもそもあまり建物はなかったのですが、疎開されてきた方々をこの寺で匿っていたのです。」
「そんな歴史があったなんて。」
私は住職の話に耳を傾け、境内に目を配らせた。だからところどころ、焦げたような跡が寺に残っているわけだ。
「多くの人が亡くなりました。まさかこんなところにまで、戦火が来るとは思ってませんでしたから。」
住職は思い出をたぐり寄せるように言葉を紡いでいた。
「なので私も、まだここを離れられないんですよ……。」
私は住職のその意図が分からず、首を傾げる。
「どういうことですか?」
「私は供養しなければならないんですよ。戦争で亡くなった人々のことを。私も含めて。」
—
気づくと私は、朽ちた寺の境内に横になっていた。
朝日が雨上がりの参道を照らしている。湿気を含んだ空気が、肌にまとわりついていた。
昨日の出来事は夢だったのだろうか。しかし妙に生々しく、現実味を帯びた背筋が凍る夢だった。
私は今日の予定を確認しようとスマホを取り出した。
スマホ画面に映る自分の姿。
その隣には、昨日の住職が立っていた。
今回はホラーの短編を書いてみました。
短編集『あなたのとなり』は思いついた時、不定期に更新する短編として投稿していきます。
読んでもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。




