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こちらコンプライアンス室 ~令和が歪める戦国絵巻~  作者:
第1部:コンプライアンス室爆誕~歴女の覚悟~

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第1章 第9話:事後処理の悲哀と、くノ一のキャラ崩壊

凄惨(?)を極めた「カフェ・ド・川中島」の戦い。2人のナンバー2が立ち上がる。

激闘の爪痕が色濃く残る、長野の朝。


『カフェ・ド・川中島』を巡る、日ノ本商事の甲斐支社と越後支社の熾烈なプレゼン合戦は、「両支社によるコラボメニューの共同開発」という、まさかの痛み分け(共同契約)という形で幕を閉じた。


日ノ本商事全体から見れば、長野の巨大な飲食ルートを確保した大戦果である。本社の足利社長も、ハワイの不動産カタログを眺めながらさぞかし喜ぶことだろう。


……しかし。


現場に残された被害は、あまりにも甚大だった。


まず、甲斐支社の知恵袋であった昭和のアナログ軍師・山本勘助が、徹夜での手書き資料作成とスイーツのヤケ食いの果てに、「早期退職」という名目で戦線離脱を果たしてしまった。


さらに、武田・上杉の両大将を含む全社員が、冷たくて甘いスイーツと、激辛油ギトギトほうとうの最悪な食べ合わせにより、絶望的な胃腸の崩壊(下痢)に見舞われた。今もなお、店舗のトイレからは悲痛なうめき声が絶え間なく聞こえてくる。


そして何よりヤバいのが、近隣住民からの猛烈なクレームである。


『早朝から尋常じゃないニンニク臭と豆板醤の匂いが漂ってきて、洗濯物に匂いがついた』


『いい年したスーツ姿の大人たちが、キャスター付きの椅子に乗って爆音を立てながら「覚悟ぉ!」とか叫んで遊んでいる。非常に気味が悪い』


完全に警察沙汰……いや、日ノ本商事のコンプライアンス的に一発アウトの事態だった。


◇◇◇


そんな死屍累々の茶臼本店で。


一人静かに、そして必死に事後処理に奔走する男の姿があった。


「……ふぅ。……ゴクッ」


越後支社の事務方トップであり、上杉の右腕である直江が、ペットボトルの水で強い胃薬を流し込み、深く、深くため息をついた。彼の足元には、空っぽになった高級菓子折りの紙袋がいくつも転がっている。


「……近隣住民への謝罪は、終わりました……」


直江は、死んだ魚のような、一切の光を宿さない目で、隣の席でノートPCを高速で叩いている女性に報告した。


「本当に申し訳ありません、早朝に社員が奇行に走ってお騒がせしてしまって……と、一軒一軒、四十五度の角度で頭を下げて回りましたよ。お詫びの品に、カフェの高級焼き菓子と、……なぜか大量に余っていた『山梨名産の種あり巨峰』を添えてね」


「……お疲れ様です……こちらもなんとかバレなくて済みそうです……」


虚ろな声で答えたのは、甲斐支社の営業主任・望月先輩だった。


彼女もまた、普段の艶やかなメイクが崩れ、目の下にひどいクマを作りながら、超高速でタイピングを続けている。


「本社……というか、あの明智秘書の恐ろしい監視網を掻い潜るために、経費の改ざんと、器物破損スレスレの騒音トラブルを『早朝の熱血店舗清掃ボランティア活動』という名目に捏造して、報告書をでっち上げました……。これでコンプラ室には目をつけられないはずです……」


「……お互い、上に立つ大将がアレだと苦労しますね」


「……ええ。本当に」


組織の垣根を越え、そこに生まれたのは、間違いなく『中間管理職(しりぬぐい要員)同士の熱い絆』だった。


私は部屋の隅っこで、大企業で働くことのリアルな悲哀をひしひしと感じていた。


◇◇◇


そう、新卒の私は完全に放置されていたのである。


コンペが終わり、社員たちは全滅(あるいはトイレに籠城中)、ナンバー2たちは事後処理でギリギリの精神状態。新卒の教育などやっている余裕は、今の甲斐支社には1ミリも残されていなかったのだ。


カタカタと報告書を送信し終え、エンターキーをターン!と叩いた望月先輩が、ふらつきながら私のもとへ歩み寄ってきた。


「ごめんね、優奈葉ちゃん……」


望月先輩は、疲労困憊で倒れる寸前のはずなのに、無理をして大人の余裕たっぷりの微笑みを浮かべた。色っぽい流し目と、甘い香水の匂いだけはなんとか維持しているようだ。


「私としたことが、事後処理に追われて、優奈葉ちゃんの教育どころじゃなくなっちゃったわ。せっかく手取り足取り、色んなことを教えてあげようと思ってたのに」


「い、いえ! お気になさらず! 私は無事ですから!」


「だからさ……」


望月先輩は、ポンッと私の背中を優しく押した。


「武田支社長が信頼している『真田さん』のところが、ここから近い長野の山奥にあるの。信濃支社っていうんだけど……ちょっとの間、そこに行っててくれない? 向こうの支社長には、私から連絡を入れておくから」


(おお……! ついに真田一門! 六文銭の旗印で有名な、あの表裏比興の者・真田昌幸とか、日本一の兵と呼ばれる真田幸村がいるところだよね!? 歴女としてはめちゃくちゃテンション上がる!)


私は目を輝かせた。


「わかりました! 望月先輩も、あまり無理しないでくださいね。先輩の完璧でクールなくノ一ぶり、私、心から尊敬してますから!」


私が元気にそう答えた、まさに次の瞬間だった。


「……うぅっ……」


「え?」


突然、私の背中に、重たいものがドスッと寄りかかってきた。


振り返ると、さっきまで大人の余裕を完璧に保っていたはずの望月先輩が、私の背中に顔をうずめて、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めたのだ。


「もうやだぁぁぁ……!!」


「ちょっ、先輩!? 突然どうしたんですか!?」


「明智さんにバレたら私クビになっちゃうよぉ……! 毎日毎日ニンニク臭いし! 直江さんはずっと胃薬ばっかり飲んで死にそうな顔してるし! こんなの私の思い描いてたスマートな丸の内OLライフじゃないぃぃぃ!!」


大人の余裕ゼロ。


クールなくノ一お姉さんの皮がベリベリと剥がれ落ち、そこから出てきたのは、キャパシティを完全に超えて限界突破した、ただの泣き虫なポンコツOLだった。


「しっかりしてくださいよ〜! 先輩が泣いたら、直江さんがまた共感して胃薬飲んじゃいますって!」


私が慌てて背中をさすろうとすると、望月先輩は私の腰にギュッと抱きついてきて、さらに涙でぐしゃぐしゃの顔をぐりぐりと押し付けてきた。


「ぐすんっ! 毎日LINEしてね!? なにかあったらすぐ言うのよ!? 長野の山奥なんて危ないんだから! 優奈葉ちゃんになにかあったらあたし! あたしぃ〜!! うわぁぁぁん!!」


「いや、だから近隣の支社に出向するだけですよね!? 今生の別れみたいに号泣しないでくださいよ!」


完全にキャラ崩壊を起こし、なりふり構わず新卒の後輩に泣きつくセクシー(だった)くノ一。


私は、涙と鼻水でスーツの背中をビショビショにされながらも、どこか憎めないこの先輩の頭をポンポンと撫でてあげた。


「……はぁ。日ノ本商事、本当にヤバい人しかいないな……」


そんなツッコミを心の中でつぶやきながら。

私は限界突破した望月先輩をなんとか宥め、直江さんに見送られながら、逃げるようにして次の出向先――長野の山奥にあるという『信濃支社』へと向かうのだった。


待ち受ける真田一門が、少しでも「まともな大人」であることを祈りながら。


(第11話・了)

読んでいただきありがとうございます!

ナンバー2の実力を遺憾無く発揮してもらいました。そして、一旦の甲斐、越後支社との別れを経て真田の本拠地へ向かう…。

次回8月25日06:50投稿です!

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